柿ノ木川話譚4・悠介の巻

如月芳美

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第五章 救出

第47話 救出4

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 それより少し前。
 悠介に番屋の見張りを任せた梧桐が、竹皮の包みを持って戻って来た。
「なんです、それ」
「この先のお菜屋に握り飯を作って貰った。あんまり食うと動きが鈍くなるから二個ずつだが」
 梧桐に差し出された包みを一つ受け取ると、握りたてでまだ温かいおむすびが湯気を立てていた。
「ありがとうございます。実はあたし、お腹が空いちまってて」
「そんな事だろうと思った」
 ちょうど番屋が見えるところに味噌屋があった。その軒先で暇そうに刻みをふかしている老人がいたので悠介は声をかけた。
「味噌屋さん、あたしたち旅のもんなんですけどね、ちょいとその空いた味噌樽を貸してもらえませんかね。握り飯を食べたいんですけど、立ったままってのもなんなんで」
 味噌屋の主人は「おお、好きなように使ってくれ」と味噌樽をもう一つ転がしてきた。
「すいませんね、ありがとうございます」
 味噌屋の主人が引っ込むと、梧桐がフッと鼻で笑った。
「お前は人にものを頼むのが上手いな」
「そうですかね。あの御主人がお人が良かったんじゃあないでしょうかね」
 二人が店の横で味噌樽に腰かけて握り飯にかぶりついていると、先程の主人がまたやって来た。今度は盆を手にしている。
「あんたたち、麦湯しかないがこれを飲みなさい」
「何から何までありがとうございます」
 悠介が礼を言うのと同時に梧桐も頭を下げた。
「力仕事くらいなら手伝えますよ」
「いやいや若いの、旅のもんに力仕事なんかさせられないよ。気にせんでくれ」
 二人は味噌屋の主人の厚意に甘えて、握り飯を食べながら麦湯を飲んだ。味噌屋の爺さんも気付かなかったくらいだ、他の誰が見ても二人が番屋を監視しているなどとは思わないだろう。
 猟師の梧桐と下男の悠介という組み合わせだと、どうしても飯にかける時間が短くなる。それを早々に悟ってか、梧桐は悠介になるべくゆっくり食べるように指示を出した。その方が長い時間監視できるからだ。
 とは言え、握り飯二個だ、ゆっくり食べてもたかが知れている。味噌屋の横で樽に座ってダラダラと麦湯を飲んでいるのも具合が悪い。悠介が最後の一口を口の中に放り込むのを見て、梧桐はどうしたものかと考えていた。
 その悠介が口をモゴモゴさせながら、目を見開いた。
「梧桐さん、猪助親分です」
 梧桐は目だけを動かして番屋の方を盗み見ると、小声で言った。
「お嬢さんが一緒だぞ?」
「とにかく盆を返して来ます」
 悠介が味噌屋の主人に丁寧に礼を言って盆と湯飲みを返しているそばで、梧桐が番屋を監視しながら味噌樽を元の場所に戻す。
「もういいんかね。麦湯のお変わりは要らんかね?」
 親切な主人はおかわりを持って来てくれそうな勢いだが、二人は今すぐにでも動ける体制になっていないと後が面倒なのでそこは丁重に断る。
 このまま味噌屋の前で監視していると主人に声をかけられそうなので、二人は「そろそろ出発します」とかなんとか適当な事を言って味噌屋の主人と別れ、別の場所から監視を再開した。
「それにしてもなんでお嬢さんが猪助と一緒に」
「わかりません。お嬢さんはかなりの行動派ですからねぇ。案外直接話しかけてしまったのかもしれません」
「しかし、あのお嬢さんも無茶をする。初めて俺のところに来た時も辰吉に口を割らせるために協力してくれと言ってきたんだが、そのとき『何でもしますから』なんて言いやがった」
 苦笑する梧桐に、悠介は肩を竦めて見せた。
「そりゃあいけませんね」
「お前からもちゃんと躾けておけ」
「承知いたしました」
 それにしても中で一体何をしているのだろうか。まったく動きが無いところを見ると、何か話しこんでいるのかもしれないが。
 梧桐が腕を組んだ。彼も気が気ではないのだろう、悠介は思い切って動いてみることにした。
「ちょっとあたしが様子を見て来ます。父とはぐれたと言って迷子のふりをしますから、あたしがいつまでも出て来なかったら梧桐さんが息子とはぐれたと言って番屋に乗り込んでください」
「わかった、それで行こう」
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