柿ノ木川話譚4・悠介の巻

如月芳美

文字の大きさ
上 下
47 / 54
第五章 救出

第47話 救出4

しおりを挟む
 それより少し前。
 悠介に番屋の見張りを任せた梧桐が、竹皮の包みを持って戻って来た。
「なんです、それ」
「この先のお菜屋に握り飯を作って貰った。あんまり食うと動きが鈍くなるから二個ずつだが」
 梧桐に差し出された包みを一つ受け取ると、握りたてでまだ温かいおむすびが湯気を立てていた。
「ありがとうございます。実はあたし、お腹が空いちまってて」
「そんな事だろうと思った」
 ちょうど番屋が見えるところに味噌屋があった。その軒先で暇そうに刻みをふかしている老人がいたので悠介は声をかけた。
「味噌屋さん、あたしたち旅のもんなんですけどね、ちょいとその空いた味噌樽を貸してもらえませんかね。握り飯を食べたいんですけど、立ったままってのもなんなんで」
 味噌屋の主人は「おお、好きなように使ってくれ」と味噌樽をもう一つ転がしてきた。
「すいませんね、ありがとうございます」
 味噌屋の主人が引っ込むと、梧桐がフッと鼻で笑った。
「お前は人にものを頼むのが上手いな」
「そうですかね。あの御主人がお人が良かったんじゃあないでしょうかね」
 二人が店の横で味噌樽に腰かけて握り飯にかぶりついていると、先程の主人がまたやって来た。今度は盆を手にしている。
「あんたたち、麦湯しかないがこれを飲みなさい」
「何から何までありがとうございます」
 悠介が礼を言うのと同時に梧桐も頭を下げた。
「力仕事くらいなら手伝えますよ」
「いやいや若いの、旅のもんに力仕事なんかさせられないよ。気にせんでくれ」
 二人は味噌屋の主人の厚意に甘えて、握り飯を食べながら麦湯を飲んだ。味噌屋の爺さんも気付かなかったくらいだ、他の誰が見ても二人が番屋を監視しているなどとは思わないだろう。
 猟師の梧桐と下男の悠介という組み合わせだと、どうしても飯にかける時間が短くなる。それを早々に悟ってか、梧桐は悠介になるべくゆっくり食べるように指示を出した。その方が長い時間監視できるからだ。
 とは言え、握り飯二個だ、ゆっくり食べてもたかが知れている。味噌屋の横で樽に座ってダラダラと麦湯を飲んでいるのも具合が悪い。悠介が最後の一口を口の中に放り込むのを見て、梧桐はどうしたものかと考えていた。
 その悠介が口をモゴモゴさせながら、目を見開いた。
「梧桐さん、猪助親分です」
 梧桐は目だけを動かして番屋の方を盗み見ると、小声で言った。
「お嬢さんが一緒だぞ?」
「とにかく盆を返して来ます」
 悠介が味噌屋の主人に丁寧に礼を言って盆と湯飲みを返しているそばで、梧桐が番屋を監視しながら味噌樽を元の場所に戻す。
「もういいんかね。麦湯のお変わりは要らんかね?」
 親切な主人はおかわりを持って来てくれそうな勢いだが、二人は今すぐにでも動ける体制になっていないと後が面倒なのでそこは丁重に断る。
 このまま味噌屋の前で監視していると主人に声をかけられそうなので、二人は「そろそろ出発します」とかなんとか適当な事を言って味噌屋の主人と別れ、別の場所から監視を再開した。
「それにしてもなんでお嬢さんが猪助と一緒に」
「わかりません。お嬢さんはかなりの行動派ですからねぇ。案外直接話しかけてしまったのかもしれません」
「しかし、あのお嬢さんも無茶をする。初めて俺のところに来た時も辰吉に口を割らせるために協力してくれと言ってきたんだが、そのとき『何でもしますから』なんて言いやがった」
 苦笑する梧桐に、悠介は肩を竦めて見せた。
「そりゃあいけませんね」
「お前からもちゃんと躾けておけ」
「承知いたしました」
 それにしても中で一体何をしているのだろうか。まったく動きが無いところを見ると、何か話しこんでいるのかもしれないが。
 梧桐が腕を組んだ。彼も気が気ではないのだろう、悠介は思い切って動いてみることにした。
「ちょっとあたしが様子を見て来ます。父とはぐれたと言って迷子のふりをしますから、あたしがいつまでも出て来なかったら梧桐さんが息子とはぐれたと言って番屋に乗り込んでください」
「わかった、それで行こう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

蝦夷地推理日誌【怪しい江戸者】

鈴木りん
歴史・時代
弘化二年 (1845年)、旧暦4月初旬。北西から吹き付ける冷たい風に真っ向抗うように、菅笠を盾にしながら海沿いを北に向かって黙々と進む一人の男がいた。場所は幕末の蝦夷地。松前から江差に辿り着き、さらに北に向かおうとした男が巻き込まれた事件とは――。 (なお、本作は史実を元にしたフィクションです。短編完結としますが、機会あれば続きを書きたいと思っております)

混血の守護神

篠崎流
歴史・時代
まだ歴史の記録すら曖昧な時代の日本に生まれた少女「円(まどか)」事故から偶然、大陸へ流される。 皇帝の不死の秘薬の実験体にされ、猛毒を飲まされ死にかけた彼女を救ったのは神様を自称する子供だった、交換条件で半不死者と成った彼女の、決して人の記録に残らない永久の物語。 一応世界史ベースですが完全に史実ではないです

画仙紙に揺れる影ー幕末因幡に青梅の残香

冬樹 まさ
歴史・時代
米村誠三郎は鳥取藩お抱え絵師、小畑稲升の弟子である。 文久三年(一八六三年)八月に京で起きて鳥取の地に激震が走った本圀寺事件の後、御用絵師を目指す誠三郎は画技が伸び悩んだままで心を乱していた。大事件を起こした尊攘派の一人で、藩屈指の剣士である詫間樊六は竹馬の友であった。 幕末の鳥取藩政下、水戸出身の藩主の下で若手尊皇派が庇護される形となっていた。また鳥取では、家筋を限定せず実力のある優れた画工が御用絵師として藩に召しだされる伝統があった。 ーーその因幡の地で激動する時勢のうねりに翻弄されながら、歩むべき新たな道を模索して生きる侍たちの魂の交流を描いた幕末時代小説! 作中に出てくる因幡二十士事件周辺の出来事、鳥取藩御用絵師については史実に基づいています。 1人でも多くの読者に、幕末の鳥取藩有志たちの躍動を体感していただきたいです。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

剣客居酒屋 草間の陰

松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

楽将伝

九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語 織田信長の親衛隊は 気楽な稼業と きたもんだ(嘘) 戦国史上、最もブラックな職場 「織田信長の親衛隊」 そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた 金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか) 天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

大東亜架空戦記

ソータ
歴史・時代
太平洋戦争中、日本に妻を残し、愛する人のために戦う1人の日本軍パイロットとその仲間たちの物語 ⚠️あくまで自己満です⚠️

処理中です...