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第二章 御奉公
第9話 佐倉様2
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佐倉はフンと鼻から息を吐くと、腕組みをして何事か少し考えていた。悠介は穏やかな気持ちでその様子を眺めていたが、奈津の方はソワソワと落ち着かない。
「まずそなたの希望が聞きたい。これからどうしたいと考えているのだ」
「そうですねぇ……母もいませんし、この命はもう惜しくはないんですが、お迎えが来るまではなんとかしなくちゃいけません。まずは住むところを探して、仕事をしないといけませんね」
「なぜ廓を出た? あそこなら仕事も寝る場所もあっただろう」
悠介は少し悲し気な笑った。
「あすこは春をひさぐところです。あたしは男ですからそんなことはできません。それに母の思い出がたくさん詰まったところですから」
だからこそ、そこで無駄に生き永らえるのは母に対する冒涜のような気がしたのだ。
佐倉は頷くと「住むところと仕事の希望はあるか」と言った。
「雨風が凌げればどこにだって寝られます。仕事は今までが今までなもんですから肉体労働はできないかもしれませんが、女中よりはずっと働きますよ。掃除、炊事、洗濯、布団干し、障子の張替え、なんでもできます」
黙って聞いていた佐倉は、何かを思いついたように顔を上げた。
「年寄りの相手は得意か」
「それはもう。ほとんどそれで稼ぎましたから」
「病人の世話はどうだ。下の世話もあるかもしれない」
悠介は穏やかに笑った。
「あたしは花柳病の母の世話をしてたんですよ。下の世話くらい……女郎宿を侮って貰っちゃ困ります。あそこは何でもありですよ」
挑むような表情だった。それを見て佐倉は初めてニヤリと笑った。
「悠介、ここで下男として働く気はないか?」
奈津の顔がぱあっと明るくなった。
「先月、長年この家に仕えてくれていたお芳に暇をやってからこの家は荒れ放題だ。私の妻は大店から嫁に来たので家のことが一切できない。次の女中を雇うまでお菜屋でお惣菜を買ってきて、飯だけはなんとか炊いているんだが、お前は飯炊きもできると言ったな」
「はい。貧乏人の作るものですからお口に合うかどうかはわかりませんが」
佐倉は満足げに頷くと言葉を継いだ。
「それと私の父が病気になってしまってね。大名主の佐倉と言えば父のことだったが、もう隠居して貰うことにした。それは良いのだが、病で自分の体が思うように動かないのが苛立つんだろう。誰彼かまわず当たり散らす。返事もしないから聞いているのかいないのかさっぱりわからぬ」
「気分の浮き沈みの激しいお客さまはたくさんいらっしゃいましたよ」
「伝染する病ではなく、心の臓を患ったようだ。私や奈津も顔を出すのだが、虫の居所が悪いと追い出される」
「良いじゃありませんか。機嫌のいい時はお相手をさせていただく、機嫌の悪い時は追い出されるから他の仕事ができるということです。延々と黙って愚痴を聞かされるだけで何の役にも立たない時間を作らない辺り、さすが長年大名主をされていただけのことはあります。立派な方でございます」
佐倉は何度も頷き、奈津に視線を移した。
「悠介に家の中を一通り案内しなさい」
「はい、父上!」
奈津は正座したまま飛びあがるくらい元気な声を出した。
「あの、佐倉様」
悠介は懐から全財産を出した。
「あたしの服や草履や手拭いは、ここから出しておくんなさい。あたしが持っていても使い道なんかありゃしない」
佐倉は子供が持っているには多すぎる額に少々驚いたが、素直に受け取った。
「わかった、そうしよう。一人で大変だが、急いでもう一人女中を雇うのでそれまで辛抱してくれ」
「ありがとうございます。よろしくお頼もうします」
もう一度頭を下げる悠介の手を、待ちきれないとばかりに奈津が取った。
「行きましょ。家の中を案内します」
佐倉の苦笑いを目の端に捉えながら、悠介は部屋を出た。
「まずそなたの希望が聞きたい。これからどうしたいと考えているのだ」
「そうですねぇ……母もいませんし、この命はもう惜しくはないんですが、お迎えが来るまではなんとかしなくちゃいけません。まずは住むところを探して、仕事をしないといけませんね」
「なぜ廓を出た? あそこなら仕事も寝る場所もあっただろう」
悠介は少し悲し気な笑った。
「あすこは春をひさぐところです。あたしは男ですからそんなことはできません。それに母の思い出がたくさん詰まったところですから」
だからこそ、そこで無駄に生き永らえるのは母に対する冒涜のような気がしたのだ。
佐倉は頷くと「住むところと仕事の希望はあるか」と言った。
「雨風が凌げればどこにだって寝られます。仕事は今までが今までなもんですから肉体労働はできないかもしれませんが、女中よりはずっと働きますよ。掃除、炊事、洗濯、布団干し、障子の張替え、なんでもできます」
黙って聞いていた佐倉は、何かを思いついたように顔を上げた。
「年寄りの相手は得意か」
「それはもう。ほとんどそれで稼ぎましたから」
「病人の世話はどうだ。下の世話もあるかもしれない」
悠介は穏やかに笑った。
「あたしは花柳病の母の世話をしてたんですよ。下の世話くらい……女郎宿を侮って貰っちゃ困ります。あそこは何でもありですよ」
挑むような表情だった。それを見て佐倉は初めてニヤリと笑った。
「悠介、ここで下男として働く気はないか?」
奈津の顔がぱあっと明るくなった。
「先月、長年この家に仕えてくれていたお芳に暇をやってからこの家は荒れ放題だ。私の妻は大店から嫁に来たので家のことが一切できない。次の女中を雇うまでお菜屋でお惣菜を買ってきて、飯だけはなんとか炊いているんだが、お前は飯炊きもできると言ったな」
「はい。貧乏人の作るものですからお口に合うかどうかはわかりませんが」
佐倉は満足げに頷くと言葉を継いだ。
「それと私の父が病気になってしまってね。大名主の佐倉と言えば父のことだったが、もう隠居して貰うことにした。それは良いのだが、病で自分の体が思うように動かないのが苛立つんだろう。誰彼かまわず当たり散らす。返事もしないから聞いているのかいないのかさっぱりわからぬ」
「気分の浮き沈みの激しいお客さまはたくさんいらっしゃいましたよ」
「伝染する病ではなく、心の臓を患ったようだ。私や奈津も顔を出すのだが、虫の居所が悪いと追い出される」
「良いじゃありませんか。機嫌のいい時はお相手をさせていただく、機嫌の悪い時は追い出されるから他の仕事ができるということです。延々と黙って愚痴を聞かされるだけで何の役にも立たない時間を作らない辺り、さすが長年大名主をされていただけのことはあります。立派な方でございます」
佐倉は何度も頷き、奈津に視線を移した。
「悠介に家の中を一通り案内しなさい」
「はい、父上!」
奈津は正座したまま飛びあがるくらい元気な声を出した。
「あの、佐倉様」
悠介は懐から全財産を出した。
「あたしの服や草履や手拭いは、ここから出しておくんなさい。あたしが持っていても使い道なんかありゃしない」
佐倉は子供が持っているには多すぎる額に少々驚いたが、素直に受け取った。
「わかった、そうしよう。一人で大変だが、急いでもう一人女中を雇うのでそれまで辛抱してくれ」
「ありがとうございます。よろしくお頼もうします」
もう一度頭を下げる悠介の手を、待ちきれないとばかりに奈津が取った。
「行きましょ。家の中を案内します」
佐倉の苦笑いを目の端に捉えながら、悠介は部屋を出た。
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