六畳二間のシンデレラ

如月芳美

文字の大きさ
35 / 59
第四章 上流階級

第35話 使用人

しおりを挟む
 文化祭のアラビアンコスチューム以来、凛々子と吉本君が急接近してる。とは言っても、吉本君の方は友達としか見てないみたいで、凛々子の方が果敢に仕掛けているのは傍目にもよくわかるんだけど。
 勿論、吉本君にコクられたことは凛々子には内緒だ。そのうちに吉本君が凛々子に靡くかもしれないし、余計な火種は撒かない方がいいに決まってる。
 あたしだって、そりゃ彼氏とか欲しいけど、今のあたしにはそんな余裕はどこにもないのだ。勉強はしなきゃならないし、借金を返すためにほんのちょっとずつでも仕事して稼がなきゃならない。遊んでる暇なんかどこにも無いんだ。

 幸いなことに、あれから前川さんが十数人から注文を取って来てくれたんだ。絵本バッグとコップ袋とお弁当袋とランチョンマット、それに体操着袋と靴袋の六点セットにネームタグをつけて五千円という条件で提示して、あっさりと十件以上受注してきてくれたんだ。
 本当に困ってるんだな、子育て中のお母さんがこれだけ作るのって確かに大変かもしれない。
 アニメのキャラとかチェックにしてくれとかっていう注文はあるものの、細かいことは言わないからとにかく作ってくれって言う切羽詰まったような注文ばかり。きっと下に赤ちゃんがいたりして布地を買いに行っている暇も無いんだろう、材料を持って来る人は一人もいなくて、ざっくりと色を指定する程度であとはお任せだったから、吉本君と一緒に行った例の手芸店でまとめて布地を買い込んできた。
 今はとにかく、家政婦の仕事と自分の内職と学校の宿題に追われる毎日だ。

 そんなあたしの事情を知る由もない吉本君と凛々子はのんびりと楽しそう。期末テストが終わったから開放的になってるんだろうな。早速クリスマスに遊園地に行こうって計画で盛り上がってる。あたしはパスポートすら買うお金無いのに。

「勿論、柚木さんも行くよね?」
「ごめん、あたしは行けないんだ」
「え、スミレ行かないの? 一日くらい雇い主さんもお休みくれるんじゃない?」
「あ、うん、家政婦の仕事は土日休みくれてるからいいんだけど、他にも仕事掛け持ちしてるから」

 凛々子と吉本君が顔を見合わせる。そりゃそうだよね。何やってんだって思うよね……。

「そんなにお金に困ってるの?」
「ううん、生活費は殆ど困ってない。全部雇い主さんが出してくれるし。お父さんが借金残して死んじゃったから、その返済がね」
「え? そうだったの? なんで言ってくれないのよ、親戚じゃない、うち」

 う~、だから、お宅んちから借りたんだってば、凛々子は知らないと思うけど。

「えっと、家政婦やってるところの雇い主さんが良い人で、代わりに返済してくれたの。それで、あたしの給料から毎月少しずつ返してくれればいいからって。だけど借金の額が大きいから、一生家政婦やってても返済しきれないんだ。だから内職とかいろいろやってるの。同じマンションの人が一度に五万円分の注文取って来てくれたりして、割と協力的で助かってるんだ」
「借金ってそんなに大きい額なの?」
「一千万」

 当然だけど、吉本君が口をあんぐりしてる。凛々子の方は吉本君と違って、何か必死で考えてるようだけど。でもそれ、お宅から借りたのよ。

「ね、内職って何してるの?」
「お裁縫得意だから、幼稚園の絵本バッグ縫ったり、ベビーウェア作ったり。注文受けてから作る感じ」
「ああ、柚木さん、この前の衣装凄かったもんね」
「わかった。じゃあ、お金のかからない遊びに誘うようにする。内職のあてはこっちでも探せるかもしれないから、いくつか当たってみるよ」
「ありがと」

 まで言ったところで、廊下の角から玲央さんがこっちに来るのが見えた。よく考えたら「借金一千万」とか、図書室の前で堂々とする話じゃないよなー。
 ふと、吉本君が「じゃあさ」と、何かを思いついたように言いだした。

「初詣とかは? 神社にお参りするだけだし、お金かからないよね。年の初めを一緒に祝おうよ」
「あ、いいね! 遊びに行くわけじゃないしね。行こうよスミレ」
「うーん……」

 玲央さんがあたしたちの横を通り過ぎるとき目が合った。あたしが軽く会釈すると吉本君も気づいて玲央さんにニコッと笑顔で軽く会釈した。

「じゃ、正月二日はどう? 俺、柚木さんちの駅まで迎えに行くよ」
「その日は困ります」

 突然、後ろから声がした。通り過ぎた玲央さんが、こちらを振り返ることもなく言葉を継いだ。

「吉本君、その日は僕が柚木さんをお預かりしています」
「え? 手代木先輩がですか?」

 玲央さんはスッとこちらを振り返り、眼鏡のフレームをキュッと上げた。

「すみません、せっかく何かのご計画のようですが、正月の二日は手代木家にゆかりの者が集まります。柚木さんがいないわけにはいきませんので」
「え、でも、柚木さんと手代木先輩って、柚木さんのお母さんが手代木先輩のお婆ちゃんの担当だっただけじゃないんですか?」
「吉本君、違う」

 凛々子が小声で割り込んだ。

「手代木先輩のお爺ちゃんがスミレの後見人になったんだよ」
「後見人? それって、ただの法定代理人だろ? 縁の者って程のことじゃないよ? あれ? もしかして柚木さん、手代木家に養子縁組したんですか?」
「違っ……そんなわけないじゃん。違うんだよ、ほんと」

 どうしよう、ごめんなさい玲央さん、と思ったその時だった。当の玲央さんがとんでもないことを口にしたのだ。

「その日は大切な日なんですよ。手代木、伊集院、二階堂が集まる日です。柚木さんがいないと困るんですよ。彼女は手代木の使用人なんですから」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

私が素直になったとき……君の甘過ぎる溺愛が止まらない

朝陽七彩
恋愛
十五年ぶりに君に再開して。 止まっていた時が。 再び、動き出す―――。 *◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦* 衣川遥稀(いがわ はるき) 好きな人に素直になることができない 松尾聖志(まつお さとし) イケメンで人気者 *◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜

葉月 まい
恋愛
「どうするつもりだ?」 そう言ってグッと肩を抱いてくる 「人肌が心地良くてよく眠れた」 いやいや、私は抱き枕ですか!? 近い、とにかく近いんですって! グイグイ迫ってくる副社長と 仕事一筋の秘書の 恋の攻防戦、スタート! ✼••┈•• ♡ 登場人物 ♡••┈••✼ 里見 芹奈(27歳) …神蔵不動産 社長秘書 神蔵 翔(32歳) …神蔵不動産 副社長 社長秘書の芹奈は、パーティーで社長をかばい ドレスにワインをかけられる。 それに気づいた副社長の翔は 芹奈の肩を抱き寄せてホテルの部屋へ。 海外から帰国したばかりの翔は 何をするにもとにかく近い! 仕事一筋の芹奈は そんな翔に戸惑うばかりで……

処理中です...