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第44話 結1
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凍夜としのぶと孫六が峠の団子屋につく頃にはすっかり日は落ちていた。それでも良く晴れた日だったので月明かりがお天道様のように明るかった。
帰り道、凍夜もしのぶも口数が少なかった。孫六はそもそも無口だが、しのぶは凍夜が口を開かない限り自分から声をかけることはしなかった。
家族の仇を討った時、凍夜は本当の意味で凍夜という名を捨てたのだ。そして殺し屋の鬼火として人生を歩み始めた。
彼は初仕事にして、仇を含め七人をまとめて葬ったのだ。善良な少年が殺し屋として羽化した瞬間に立ち会ったしのぶは、鬼火の複雑な気持ちを考えるとどうしても声をかけられなかった。
塒に戻るとお藤が明るく出迎えてくれた。
「みんなお帰り。さあ、お祝いだよ」
かまどに乗せた鍋には、稗と零余子の粥が並々と入っていた。
「今日は仕事が成功したからね。あんたたちが帰って来るのを待ってたんだよ。もうお腹がペコペコさ。佐平治が空腹で死んじまわないうちに夕食にするよ」
ここへ来てやっとしのぶが鬼火に囁いた。
「お頭に報告して来るんだ」
普段「お爺ちゃん」と呼んでいる茂助を、しのぶは「お頭」と言った。仕事は仕事できっちり分けろという先輩からの教示だと気づいた鬼火は、「はい」と返事をして茂助の下へ向かった。
「お頭。『凍夜』から請け負った仕事、完了しました。口入屋のおこうとその手下六人を仕留めて来ました」
「どうやって」
「全員牢にぶち込んで火をつけて来ました」
「そうか。よくやった。これで鬼火も一人前の殺し屋だ」
茂助は御猪口に酒を入れて鬼火に渡した。
「全部飲む必要はねえ。ちょっと舐めりゃいいぞ」
みんなの見守る中、鬼火は御猪口の酒を干した。
「よし、これで鬼火は本当の仲間だ。今日だけは凍夜と家族のために泣いていい。明日からは凍夜のことは忘れろ」
「さ、佐平次が死なないうちにご飯だよ」
殺し屋たちは思い思いに粥を頬張った。
夜、鬼火が昼間の興奮でなかなか寝付けずに外に出ると、既に先客がいた。しのぶだった。いつかのように薪割り用の切り株の上に座っていたが、あの時のように驚いたりはしなかった。しのぶの気配がわかるようになったのだと自分で納得した。
「鬼火、眠れないの?」
「ああ」
「そりゃそうよね」
あの日のように背中合わせで座った。
「いつだったか、お藤さんとしのぶに言われたこと、わかった気がする」
「なんだっけ」
「恨みの気持ちは捨てちまえって。敵討ちをしたって家族が帰ってくるわけじゃねえし、時間も戻らねえ。虚しいだけだ」
「うん」
「だけど、恨みを晴らさないと前に進めねえし、その後に来るこの虚しさもずっとわからねえ。だから俺たち殺し屋がいる」
「うん」
「俺たち殺し屋は恨みの気持ちを知って、それでも恨みは捨てて、生きて行かなきゃなんねえ」
「うん」
鬼火はちょっと笑った。
「殺し屋の仕事なんて無いに越したことはねえな」
「そうだね」
「だけど俺、殺し屋として生きていく覚悟ができたよ。虚しいけど、それでもおこうのように人を不幸にするやつを野放しにはしておけねえ」
「それでいいんじゃない? 殺し屋にはそれぞれ自分の中の正義とか理屈とか、なんかそんなものがあるよ。それがみんな同じである必要はないよ。考えが変われば殺し屋なんて辞めたっていいんだし」
鬼火は思わず振り返った。しのぶは背中をこちらに向けたまま笑った。
「ほら、お藤さんの先輩、足洗ったって言ってたじゃない」
「それもそうだな」
しのぶが体ごと振り返った。
「鬼火は案外本当にお城にお仕えするのが合ってるような気もするよ」
「悪くないな。でも潮崎は嫌だな」
二人はくすくすと笑った。
いずれ鬼火が橘《たちばな》と名を変えて木槿山でお城勤めをすることになろうとは、この時は露ほども思わなかった。
帰り道、凍夜もしのぶも口数が少なかった。孫六はそもそも無口だが、しのぶは凍夜が口を開かない限り自分から声をかけることはしなかった。
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彼は初仕事にして、仇を含め七人をまとめて葬ったのだ。善良な少年が殺し屋として羽化した瞬間に立ち会ったしのぶは、鬼火の複雑な気持ちを考えるとどうしても声をかけられなかった。
塒に戻るとお藤が明るく出迎えてくれた。
「みんなお帰り。さあ、お祝いだよ」
かまどに乗せた鍋には、稗と零余子の粥が並々と入っていた。
「今日は仕事が成功したからね。あんたたちが帰って来るのを待ってたんだよ。もうお腹がペコペコさ。佐平治が空腹で死んじまわないうちに夕食にするよ」
ここへ来てやっとしのぶが鬼火に囁いた。
「お頭に報告して来るんだ」
普段「お爺ちゃん」と呼んでいる茂助を、しのぶは「お頭」と言った。仕事は仕事できっちり分けろという先輩からの教示だと気づいた鬼火は、「はい」と返事をして茂助の下へ向かった。
「お頭。『凍夜』から請け負った仕事、完了しました。口入屋のおこうとその手下六人を仕留めて来ました」
「どうやって」
「全員牢にぶち込んで火をつけて来ました」
「そうか。よくやった。これで鬼火も一人前の殺し屋だ」
茂助は御猪口に酒を入れて鬼火に渡した。
「全部飲む必要はねえ。ちょっと舐めりゃいいぞ」
みんなの見守る中、鬼火は御猪口の酒を干した。
「よし、これで鬼火は本当の仲間だ。今日だけは凍夜と家族のために泣いていい。明日からは凍夜のことは忘れろ」
「さ、佐平次が死なないうちにご飯だよ」
殺し屋たちは思い思いに粥を頬張った。
夜、鬼火が昼間の興奮でなかなか寝付けずに外に出ると、既に先客がいた。しのぶだった。いつかのように薪割り用の切り株の上に座っていたが、あの時のように驚いたりはしなかった。しのぶの気配がわかるようになったのだと自分で納得した。
「鬼火、眠れないの?」
「ああ」
「そりゃそうよね」
あの日のように背中合わせで座った。
「いつだったか、お藤さんとしのぶに言われたこと、わかった気がする」
「なんだっけ」
「恨みの気持ちは捨てちまえって。敵討ちをしたって家族が帰ってくるわけじゃねえし、時間も戻らねえ。虚しいだけだ」
「うん」
「だけど、恨みを晴らさないと前に進めねえし、その後に来るこの虚しさもずっとわからねえ。だから俺たち殺し屋がいる」
「うん」
「俺たち殺し屋は恨みの気持ちを知って、それでも恨みは捨てて、生きて行かなきゃなんねえ」
「うん」
鬼火はちょっと笑った。
「殺し屋の仕事なんて無いに越したことはねえな」
「そうだね」
「だけど俺、殺し屋として生きていく覚悟ができたよ。虚しいけど、それでもおこうのように人を不幸にするやつを野放しにはしておけねえ」
「それでいいんじゃない? 殺し屋にはそれぞれ自分の中の正義とか理屈とか、なんかそんなものがあるよ。それがみんな同じである必要はないよ。考えが変われば殺し屋なんて辞めたっていいんだし」
鬼火は思わず振り返った。しのぶは背中をこちらに向けたまま笑った。
「ほら、お藤さんの先輩、足洗ったって言ってたじゃない」
「それもそうだな」
しのぶが体ごと振り返った。
「鬼火は案外本当にお城にお仕えするのが合ってるような気もするよ」
「悪くないな。でも潮崎は嫌だな」
二人はくすくすと笑った。
いずれ鬼火が橘《たちばな》と名を変えて木槿山でお城勤めをすることになろうとは、この時は露ほども思わなかった。
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