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第12話 凍夜1
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母が亡くなった日よりひと月前くらいだっただろうか、母が安産祈願に行くというので凍夜もついて行った。凍夜のすぐ下の子は生まれる前に流れてしまったらしかった。それで心配になった凍夜は一緒に行くと言ったのだ。
母はお腹の子を女の子ではないかと言っていた。凍夜の時はお腹が前に突き出すように出たのに対し、今回は横に広がって出ている。お冬さんが「そりゃあ女の子だよ」と言っていたのを思い出す。凍夜は漠然と「妹が生まれる」と思っていた。
凍夜はあまりやんちゃな方ではなかったので、妹と普通に遊べると思っていた。木登りや駆けっこよりはおはじきの方が好きで、それも女の子たちのような遊び方ではなく、二つずつ、三つずつと並べたり、色や柄ごとに分けて遊んだりするのが好きだった。
今思えばそのおはじき遊びで算術の下地ができていたのかもしれない。彼はいろいろなものを理屈で分類するのが楽しかったのだ。
おはじきは細螺と呼ばれる巻貝を使うのだが、柏原には海が無く、海沿いの潮崎という町から仕入れたものを玩具屋で売っている。
凍夜は働いてこの細螺のおはじきを妹に買ってやろうと思っていた。
そんなおとなしい凍夜でも、母が一人で出かけるのは心配で、父が仕事に行っている間は自分が母を守るのだと決めていた。それで安産祈願の日もいつものようについて行ったのだ。
凍夜は母に似て肌は色白で美しい黒髪をしていた。また父に似てキリリとした眉の下には涼し気な切れ長の目があった。誰もが振り返るような美少年だったのだ。
そのうえ大きな声を出さず、あまり走り回ることもない。大人しい性格だったためか、あまり近所の男の子たちとやんちゃをすることが無かったので、少し神秘的な雰囲気を持っていた。
それが災いすることもある。変に目立っていたのだ。
安産祈願の帰り道、見知らぬ中年の女に声をかけられた。彼女は口入屋のおこうと名乗った。
「おや。随分と綺麗な子だね。歳はいくつだい?」
八つになりました、と母が言うと、おこうはにっこり笑って「そろそろ奉公に上がって躾けて貰う年頃だねぇ」と言った。
母は冗談半分に受け取って軽く笑った。
「私が身重なので、この子には家のことを手伝って貰わないといけないんですよ。ご奉公に上がるなんてまだまだ先に考えればいいことです」
「そうかい、惜しいねえ。この子ならこれだけ綺麗なんだからきっと高く売れるよ」
凍夜は驚いて固まってしまった。それは母も同じだった。
「売るですって? 私はこの子を売る気なんかありませんよ」
「ああ、ごめんよ、言葉の綾さ。お給金が弾んで貰えるってことさ」
「見た目でお給金が変わるなんてことがあるわけないでしょう。女郎宿じゃあるまいし」
「そりゃあるさ。お殿様のところなら綺麗な子の方が喜ばれる。お給金だって普通の子の倍くらいには弾んで貰えるだろうよ」
母は気分を害したようだった。
「とにかくこの子はどこにも奉公には出しません。凍夜、帰ろう」
手を引かれて、凍夜は母について行った。
「へえ。凍夜っていうのかい」
母はしまったという顔をした。振り返ると口入屋の女はニヤニヤしていた。だが、母は振り返らずに凍夜の手を引いてどんどん歩いていった。
父が死んだのはそれから数日後のことだった。
母はお腹の子を女の子ではないかと言っていた。凍夜の時はお腹が前に突き出すように出たのに対し、今回は横に広がって出ている。お冬さんが「そりゃあ女の子だよ」と言っていたのを思い出す。凍夜は漠然と「妹が生まれる」と思っていた。
凍夜はあまりやんちゃな方ではなかったので、妹と普通に遊べると思っていた。木登りや駆けっこよりはおはじきの方が好きで、それも女の子たちのような遊び方ではなく、二つずつ、三つずつと並べたり、色や柄ごとに分けて遊んだりするのが好きだった。
今思えばそのおはじき遊びで算術の下地ができていたのかもしれない。彼はいろいろなものを理屈で分類するのが楽しかったのだ。
おはじきは細螺と呼ばれる巻貝を使うのだが、柏原には海が無く、海沿いの潮崎という町から仕入れたものを玩具屋で売っている。
凍夜は働いてこの細螺のおはじきを妹に買ってやろうと思っていた。
そんなおとなしい凍夜でも、母が一人で出かけるのは心配で、父が仕事に行っている間は自分が母を守るのだと決めていた。それで安産祈願の日もいつものようについて行ったのだ。
凍夜は母に似て肌は色白で美しい黒髪をしていた。また父に似てキリリとした眉の下には涼し気な切れ長の目があった。誰もが振り返るような美少年だったのだ。
そのうえ大きな声を出さず、あまり走り回ることもない。大人しい性格だったためか、あまり近所の男の子たちとやんちゃをすることが無かったので、少し神秘的な雰囲気を持っていた。
それが災いすることもある。変に目立っていたのだ。
安産祈願の帰り道、見知らぬ中年の女に声をかけられた。彼女は口入屋のおこうと名乗った。
「おや。随分と綺麗な子だね。歳はいくつだい?」
八つになりました、と母が言うと、おこうはにっこり笑って「そろそろ奉公に上がって躾けて貰う年頃だねぇ」と言った。
母は冗談半分に受け取って軽く笑った。
「私が身重なので、この子には家のことを手伝って貰わないといけないんですよ。ご奉公に上がるなんてまだまだ先に考えればいいことです」
「そうかい、惜しいねえ。この子ならこれだけ綺麗なんだからきっと高く売れるよ」
凍夜は驚いて固まってしまった。それは母も同じだった。
「売るですって? 私はこの子を売る気なんかありませんよ」
「ああ、ごめんよ、言葉の綾さ。お給金が弾んで貰えるってことさ」
「見た目でお給金が変わるなんてことがあるわけないでしょう。女郎宿じゃあるまいし」
「そりゃあるさ。お殿様のところなら綺麗な子の方が喜ばれる。お給金だって普通の子の倍くらいには弾んで貰えるだろうよ」
母は気分を害したようだった。
「とにかくこの子はどこにも奉公には出しません。凍夜、帰ろう」
手を引かれて、凍夜は母について行った。
「へえ。凍夜っていうのかい」
母はしまったという顔をした。振り返ると口入屋の女はニヤニヤしていた。だが、母は振り返らずに凍夜の手を引いてどんどん歩いていった。
父が死んだのはそれから数日後のことだった。
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