ヒョイラレ

如月芳美

文字の大きさ
上 下
15 / 35

第十五話 やっとうに防具は必要ございません

しおりを挟む
 体育とやらの科目は剣道をやるということでした。力や体格の差がございますから、男女に分かれてやるのですが、それでも男女ともに同じ科目を習うようでございます。見学はわたくしと名倉さんだけですので、ゆっくりと話ができます。
 名倉さんは入院している間、ご両親とたくさん話をして学習したようです。わたくしは割と放っておかれたので、どうやって学習したら良いのかとんと見当もつかない状態でしたので、それはもううらやましい限りでございました。
 名倉さんの話によると、学校というのは私立と公立があり、私立というのは高度な教育を受けられる代わりに料金も発生する学校のことであり、営利えいり目的なのだそうでございます。その点、公立は町役人まちやくにんから師匠を選定せんていし、教育に発生するお金はほとんど年貢ねんぐまかなわれているということです。この町役人のことを『公務員』と言い、年貢の事は『税金』というらしいので、覚えなければなりません。公務員は人気の職業なのだそうでございます。
 さて、わたくしたちが通っているこの学校は公立なので、公務員の中でも偉い人達が決めた内容を全員が教わるのだそうです。義務ぎむ教育と言って、みんなが同じことを教えてもらえるので、商人の子も農家の子もお大名だいみょうの子も同じ教育が受けられます。もっともここにはお旗本はたもと将軍様しょうぐんさまもいらっしゃいませんが。
 ちなみにわたくし南雲太一は菓子屋の跡取あととりではなく、『ゲーム実況配信者』の息子のようです。父上が上方(恐らく大坂です)で仕事をしながら「ゲーム実況配信」とやらをやっていたら仕天堂してんどうというゲーム屋さんから直接配信依頼はいしんいらいが来たので、会社をめて父上の実家のある江戸の町へ引っ越してきたということらしいのです。ですから母上も太一殿も上方訛かみがたなまりがあったのでしょう。父上は元々江戸の人なので上方の訛りはないようでございます。
 宇部君の家は、父上殿は『あいてぃーけーのえんじにあ』で母上殿は『れじうちぱあと』とおっしゃっていましたし、名倉さんの家は父上殿は大学という学問所の先生で、母上殿は『こらむにすと』とか言う伴天連の仕事のようなものらしいです。どんなものかはとんと見当がつきませんが、名倉さんのご両親は大変かしこい人だということです。
 まさに公立の学校はどんな家柄いえがらの子でもまとめて引き受けるといったところですが、これらの情報は名倉さんから教わったものであり、わたくしだけではずっとわからないままだっただろうと思います。
 ずっとそんな話をボソボソとしながら剣道の授業をながめていたのですが……なんというか、見ていてイライラするのです。それは名倉さんも同じようで「ねえ、ちょいと」と声をかけて来ました。
「あれ、様式美ようしきびにこだわりすぎちゃいないかい? なんで始める時に初めの挨拶あいさつをしたりするんだろうねぇ。あれじゃ剣術の意味がない」
「わたくしもそれを思っておりました。背後からられることを想定していませんね」
「あんた末成うらな瓢箪びょうたんみたいな雰囲気だけど、やっとう習ったのかい?」
 わたくしは生前よく言われていた『末成り瓢箪』をここでも言われ、ちょっとムッとしてしまいました。
「わたくしも商人の跡取りです。剣術と茶の湯くらいは当然たしなんでおります」
「ごめんそうめんひやそうめん、そんなに怒らないどくれよ」
 その時、先生がこちらを振り返られました。
「おい、南雲、名倉。お前たちおしゃべりするほど元気なら剣道やってもいいんだぞ」
 ちょっと厭味いやみの入った先生の言い方に、いきなり名倉さんが立ち上がりました。
「じゃあ、やらせてもらうよ」
 おどろいたイヌがわたくしの頭の上で「にゃ」と鳴きます。
 周りがざわついています。名倉小桃さんはそういう人ではなかったようで、いつも下を向いてモゾモゾしている人だと聞きました。これは確かに驚くでしょう。ですが、中身は小梅さんです。
「名倉さん大丈夫? わたしの防具貸そうか?」
 葛城さんという女子が声をかけて来ました。確か副委員長さんです。
ありたいなら芋虫ゃくじららぬお世話の焼き豆腐。剣だけありゃいいさ」
 そのような地口じぐちはこの時代の人には通用しないかと。普通に「ありがとう」でよろしいのでは?
「相手は男子にしとくれ。嫁入り前の娘の顔にきずでもつけちゃあ大変だ」
「じゃ、俺が」
 宇部君です。いきなり防具なしでやろうという名倉さんに強い人が対戦をいどんだりしないようにという配慮はいりょでしょう。宇部君、良い人すぎます。これぞおとこです。れました。
 宇部君は軽くちょんちょんと竹刀しないを振ってきましたが、名倉さんは抜くと同時にその竹刀をパァンと払って、返す刀で宇部君の胴をぎ払ったのです。
 これには全員が呆然自失ぼうぜんじしつていでございまして、当の宇部君も「え?」と言ったまま固まっておられます。ですが、わたくしでもあの宇部君の脚運あしはこびを見ていたら同じ事をしていたでしょう。つまりわたくしどもが凄いのではなく、みなさんが初心者なのでございます。
「みんなやっとうは始めたばかりかい? やったことのある人はいないのかい?」
 あああ、名倉さん。だからってあおっちゃいけません! ほら、言わんこっちゃない、体格の良い男子が立ち上がったではありませんか。しかも彼の姿勢はなかなかに決まっています。
「あの! わたくしが代わってもよろしゅうございますでしょうか。名倉さんは女子ですし、さすがに体格差がありすぎると思われます。名倉さんに代わり、わたくしがお相手つかまつります」
「南雲、お前いつも剣道の時間、へっぴり腰で逃げ回ってたじゃん。名倉にいいとこ見せようっての?」
「えー、南雲まさか名倉とイイ関係?」
 なぜかイヌが「にゃあああああ!」とうなっています。へっぴり腰だったのをバラされて怒っているのでしょうか。
「よくわかりませんが、とにかくわたくしが代わります。防具はわたくしも要りません。さあ、やりましょう」
 わたくしが竹刀を手にして名倉さんを下がらせると、彼は小刻みに前後に足を動かします。こんなふうにするのを見たことがありませんが、この時代のやっとうはそうするのが基本なのかもしれません。
 などと考えていると、いきなり彼が上段じょうだんからり込んできました。わたくしはその刀を右に払いながら左足で踏み込んで、振り返りざま彼を袈裟懸けさがけにてました。と言っても竹刀ですが。
「痛っっってえええ! 背中を攻撃するとかありかよ」
 彼は痛がりながら笑っています。
「すみません。背中側に防具が無いことを知らなかったものですから」
「え?」
 全員がきょとんとしています。なぜかはちょっとわかりませんが。
 そしてわたくしはお昼休みに宇部君から教えられるまで気づかなかったのです。
 名倉さんとわたくしを見るみなさんの目が、この体育の授業で明らかに変化したということを。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

児童絵本館のオオカミ

火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。

【完】ことうの怪物いっか ~夏休みに親子で漂流したのは怪物島!? 吸血鬼と人造人間に育てられた女の子を救出せよ! ~

丹斗大巴
児童書・童話
 どきどきヒヤヒヤの夏休み!小学生とその両親が流れ着いたのは、モンスターの住む孤島!? *☆* *☆* *☆* *☆* *☆* *☆* *☆*   夏休み、家族で出掛けた先でクルーザーが転覆し、漂流した青山親子の3人。とある島に流れ着くと、古風で顔色の悪い外国人と、大怪我を負ったという気味の悪い執事、そしてあどけない少女が住んでいた。なんと、彼らの正体は吸血鬼と、その吸血鬼に作られた人造人間! 人間の少女を救い出し、無事に島から脱出できるのか……!?  *☆* *☆* *☆* *☆* *☆* *☆* *☆* 家族のきずなと種を超えた友情の物語。

おっとりドンの童歌

花田 一劫
児童書・童話
いつもおっとりしているドン(道明寺僚) が、通学途中で暴走車に引かれてしまった。 意識を失い気が付くと、この世では見たことのない奇妙な部屋の中。 「どこ。どこ。ここはどこ?」と自問していたら、こっちに雀が近づいて来た。 なんと、その雀は歌をうたい狂ったように踊って(跳ねて)いた。 「チュン。チュン。はあ~。らっせーら。らっせいら。らせらせ、らせーら。」と。 その雀が言うことには、ドンが死んだことを(津軽弁や古いギャグを交えて)伝えに来た者だという。 道明寺が下の世界を覗くと、テレビのドラマで観た昔話の風景のようだった。 その中には、自分と瓜二つのドン助や同級生の瓜二つのハナちゃん、ヤーミ、イート、ヨウカイ、カトッぺがいた。 みんながいる村では、ヌエという妖怪がいた。 ヌエとは、顔は鬼、身体は熊、虎の手や足をもち、何とシッポの先に大蛇の頭がついてあり、人を食べる恐ろしい妖怪のことだった。 ある時、ハナちゃんがヌエに攫われて、ドン助とヤーミがヌエを退治に行くことになるが、天界からドラマを観るように楽しんで鑑賞していた道明寺だったが、道明寺の体は消え、意識はドン助の体と同化していった。 ドン助とヤーミは、ハナちゃんを救出できたのか?恐ろしいヌエは退治できたのか?

放課後モンスタークラブ

まめつぶいちご
児童書・童話
タイトル変更しました!20230704 ------ カクヨムの児童向け異世界転移ファンタジー応募企画用に書いた話です。 ・12000文字以内 ・長編に出来そうな種を持った短編 ・わくわくする展開 というコンセプトでした。 こちらにも置いておきます。 評判が良ければ長編として続き書きたいです。 長編時のプロットはカクヨムのあらすじに書いてあります --------- あらすじ --------- 「えええ?! 私! 兎の獣人になってるぅー!?」 ある日、柚乃は旧図書室へ消えていく先生の後を追って……気が付いたら異世界へ転移していた。 見たこともない光景に圧倒される柚乃。 しかし、よく見ると自分が兎の獣人になっていることに気付く。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

こちら御神楽学園心霊部!

緒方あきら
児童書・童話
取りつかれ体質の主人公、月城灯里が霊に憑かれた事を切っ掛けに心霊部に入部する。そこに数々の心霊体験が舞い込んでくる。事件を解決するごとに部員との絆は深まっていく。けれど、彼らにやってくる心霊事件は身の毛がよだつ恐ろしいものばかりで――。 灯里は取りつかれ体質で、事あるごとに幽霊に取りつかれる。 それがきっかけで学校の心霊部に入部する事になったが、いくつもの事件がやってきて――。 。 部屋に異音がなり、主人公を怯えさせる【トッテさん】。 前世から続く呪いにより死に導かれる生徒を救うが、彼にあげたお札は一週間でボロボロになってしまう【前世の名前】。 通ってはいけない道を通り、自分の影を失い、荒れた祠を修復し祈りを捧げて解決を試みる【竹林の道】。 どこまでもついて来る影が、家まで辿り着いたと安心した主人公の耳元に突然囁きかけてさっていく【楽しかった?】。 封印されていたものを解き放つと、それは江戸時代に封じられた幽霊。彼は門吉と名乗り主人公たちは土地神にするべく扱う【首無し地蔵】。 決して話してはいけない怪談を話してしまい、クラスメイトの背中に危険な影が現れ、咄嗟にこの話は嘘だったと弁明し霊を払う【嘘つき先生】。 事故死してさ迷う亡霊と出くわしてしまう。気付かぬふりをしてやり過ごすがすれ違い様に「見えてるくせに」と囁かれ襲われる【交差点】。 ひたすら振返らせようとする霊、駅まで着いたがトンネルを走る窓が鏡のようになり憑りついた霊の禍々しい姿を見る事になる【うしろ】。 都市伝説の噂を元に、エレベーターで消えてしまった生徒。記憶からさえもその存在を消す神隠し。心霊部は総出で生徒の救出を行った【異世界エレベーター】。 延々と名前を問う不気味な声【名前】。 10の怪異譚からなる心霊ホラー。心霊部の活躍は続いていく。 

湯本の医者と悪戯河童

関シラズ
児童書・童話
 赤岩村の医者・湯本開斎は雨降る晩に、出立橋の上で河童に襲われるが…… ‪     ‪*‬  群馬県の中之条町にあった旧六合村(クニムラ)をモチーフに構想した物語です。

稲の精しーちゃんと旅の僧

MIKAN🍊
児童書・童話
「しーちゃん!しーちゃん!」と連呼しながら野原を駆け回る掌サイズの小さな女の子。その正体は五穀豊穣の神の使いだった。 四季を通して紡がれる、稲の精しーちゃんと若き旅の僧の心温まる物語。

処理中です...