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第二話 黄泉は不思議なところにございます
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わたくしは今まで何をしていたのでしたっけ?
ええと、母上のお使いでロウソクの注文をしに茜屋さんに行って、それから小豆を買いに……。
あ、思い出しました。赤子を背負った母御の手を振りほどいて走って行った幼子が掘割に転落して、わたくしはその子を助けようと飛び込んだのでした。それからどうしましたっけ。その子を抱え上げて、近くを通りかかった方に引き上げていただいて……ああ、わたくしはそのまま沈んで行ったような記憶がございますね。
つまりわたくしは溺れたのでございましょうか。死んだのかもしれませんね。父上母上には大変申し訳ないとは思いますが、御菓子処・南雲屋の跡取りが幼子を助けて亡くなったとなれば、それはそれで悪い方には転びませんでしょう。南雲屋の後継者が気になるところではありますが、こうなっては致仕方ございません。
それにしても。
黄泉というところは不思議なところでございます。和尚様から聞いた話とずいぶん違うように感じます。
天井も壁も見渡す限り真っ白。不思議な部屋に寝かされておりますが、仏になる時は皆このようなところに一度寝かされるのでありましょうか。
と、そこに白い不思議な服をお召しになった方がいらっしゃいました。
「あら、南雲さん、目が覚めたんですね。ご気分はいかがですか」
「はい、おかげさまで大変よろしゅうございます。少々声がおかしな感じが致しますが」
黄泉の方はわたくしが南雲屋の跡取りであることをご存じなのですね。
「じゃあ、ちょっと起き上がってみましょうか。肩の打撲だけであとは脳震盪を起こしていただけみたいだから大丈夫だと思うけど。念のためMRI撮っておいたけど、特に脳に異常は無さそうでしたよ」
「はぁ、えむあーるあいですか。よくわかりませんが」
「わかんなくてもいいのよ。とにかく大丈夫だったってこと」
起き上がってみると、わたくしはどうやら不思議な服を着せられているようです。その他にも腕に何か紐のようなものがついています。
「これは?」
「あ、点滴。痛み止め入れておいたから。もうすぐ親御さんが迎えに来るから、その時に抜きましょうね」
「母上が迎えに? とんでもない、一人で帰れます」
なぜか彼女はぶんぶんと首を振ります。
「いけません。お医者様が安静にしてくださいと言ってますからね。お母さんにもちゃんとご説明しないと」
「はあ、お医者様がでございますか。泣く子とお医者様には勝てないと申します、南雲屋太一郎、年貢の納め時のようでございますね。母上に何とお詫びしたらよいか」
そこへ、同じような不思議な服を着た別の方がいらっしゃいました。
「南雲さん、お母さんがお迎えに来てくれましたよ」
後ろからついて来た母上は……いえ、確かに顔は母上でございますが、なんと申しますか、虎のような柄の不思議な服を着て、髪も結わずにクルクルとおかしな寝癖をつけたまま。こちらが恥ずかしくなってしまいます。
「どうしたのですか母上、そのおかしな恰好は。父上に何も言われなかったのですか?」
すると、母上は先程の黄泉の方と共に顔を見合わせ……あれ?
「なぜ母上が黄泉にいるのです? 死んだのはわたくしだけではなかったのですか?」
「この子、やっぱりどこかアタマぶつけておかしなったんちゃいますか?」
「いえ、MRIでは異常は見られませんでした」
「お待ちください母上、わたくしには何のことやらさっぱり」
「ええかげんにしいや。いつまでもふざけとるとシバキ倒すで。お母ちゃんも忙しいんや。アンタの遊びに付き合うとるヒマはないねん」
「もしかして小豆を炊いている最中でしたでしょうか」
「韓流ドラマ見放題は今日までなんや、どうしてくれるんじゃボケ」
「あの……もうお帰り頂いて結構ですので」
どうやら黄泉の人は帰って欲しいようです。ですがどこへ?
ええと、母上のお使いでロウソクの注文をしに茜屋さんに行って、それから小豆を買いに……。
あ、思い出しました。赤子を背負った母御の手を振りほどいて走って行った幼子が掘割に転落して、わたくしはその子を助けようと飛び込んだのでした。それからどうしましたっけ。その子を抱え上げて、近くを通りかかった方に引き上げていただいて……ああ、わたくしはそのまま沈んで行ったような記憶がございますね。
つまりわたくしは溺れたのでございましょうか。死んだのかもしれませんね。父上母上には大変申し訳ないとは思いますが、御菓子処・南雲屋の跡取りが幼子を助けて亡くなったとなれば、それはそれで悪い方には転びませんでしょう。南雲屋の後継者が気になるところではありますが、こうなっては致仕方ございません。
それにしても。
黄泉というところは不思議なところでございます。和尚様から聞いた話とずいぶん違うように感じます。
天井も壁も見渡す限り真っ白。不思議な部屋に寝かされておりますが、仏になる時は皆このようなところに一度寝かされるのでありましょうか。
と、そこに白い不思議な服をお召しになった方がいらっしゃいました。
「あら、南雲さん、目が覚めたんですね。ご気分はいかがですか」
「はい、おかげさまで大変よろしゅうございます。少々声がおかしな感じが致しますが」
黄泉の方はわたくしが南雲屋の跡取りであることをご存じなのですね。
「じゃあ、ちょっと起き上がってみましょうか。肩の打撲だけであとは脳震盪を起こしていただけみたいだから大丈夫だと思うけど。念のためMRI撮っておいたけど、特に脳に異常は無さそうでしたよ」
「はぁ、えむあーるあいですか。よくわかりませんが」
「わかんなくてもいいのよ。とにかく大丈夫だったってこと」
起き上がってみると、わたくしはどうやら不思議な服を着せられているようです。その他にも腕に何か紐のようなものがついています。
「これは?」
「あ、点滴。痛み止め入れておいたから。もうすぐ親御さんが迎えに来るから、その時に抜きましょうね」
「母上が迎えに? とんでもない、一人で帰れます」
なぜか彼女はぶんぶんと首を振ります。
「いけません。お医者様が安静にしてくださいと言ってますからね。お母さんにもちゃんとご説明しないと」
「はあ、お医者様がでございますか。泣く子とお医者様には勝てないと申します、南雲屋太一郎、年貢の納め時のようでございますね。母上に何とお詫びしたらよいか」
そこへ、同じような不思議な服を着た別の方がいらっしゃいました。
「南雲さん、お母さんがお迎えに来てくれましたよ」
後ろからついて来た母上は……いえ、確かに顔は母上でございますが、なんと申しますか、虎のような柄の不思議な服を着て、髪も結わずにクルクルとおかしな寝癖をつけたまま。こちらが恥ずかしくなってしまいます。
「どうしたのですか母上、そのおかしな恰好は。父上に何も言われなかったのですか?」
すると、母上は先程の黄泉の方と共に顔を見合わせ……あれ?
「なぜ母上が黄泉にいるのです? 死んだのはわたくしだけではなかったのですか?」
「この子、やっぱりどこかアタマぶつけておかしなったんちゃいますか?」
「いえ、MRIでは異常は見られませんでした」
「お待ちください母上、わたくしには何のことやらさっぱり」
「ええかげんにしいや。いつまでもふざけとるとシバキ倒すで。お母ちゃんも忙しいんや。アンタの遊びに付き合うとるヒマはないねん」
「もしかして小豆を炊いている最中でしたでしょうか」
「韓流ドラマ見放題は今日までなんや、どうしてくれるんじゃボケ」
「あの……もうお帰り頂いて結構ですので」
どうやら黄泉の人は帰って欲しいようです。ですがどこへ?
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