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モレイラと連れ立ってバルコニーに立ったジェフは、風が運んでくる潮の匂いに眉を顰めた。
まだ夜と言うには早い時間。外気はまだ昼の熱を帯びていて、潮を含んだそれがジェフの頬に纏わり付いてくる。
触るとにちゃりとする感じがあまり好きでは無いジェフは早々にバルコニーに背を預け、モレイラの肩にそっと右腕を回して彼女の髪に顔を寄せた。そうすることで少しでも顔に風を当てないように、との思惑だ。
そんなジェフの行動をどう読んだのか、モレイラはくすぐったそうに首を竦めた。
「なあに?いきなり子供っぽいわよ。」
「髪の匂いを嗅ぐのが子供っぽい?ならここなら?」
ジェフが体の位置はそのままで右の耳の後ろをペロリと舐めた。
「もう。もう少し人目を憚って欲しいものだわ。」
笑いながら右手でジェフの体を軽く押しのけたモレイラがあら、と小さく声を出した。
彼女の視線を何気なく辿ったジェフは、そこに黒い集団がいるのに気が付いた。
会場内も妙にざわついているようだった。
「あれがローリー・ブライアン。とその取り巻き達よ。」
ぼんやりと眺めていたジェフにモレイラが耳打ちをした。
「ローリー……あの真ん中の……キュートな感じの……黒いサングラスの坊……紳士……ですか?」
ジェフのたどたどしい物言いがツボにはまったのか、モレイラが両手を口に当てて吹き出した。
「キュート……。間違いないわ。彼は神様に頼んで身長5センチ分をオツムと交換してもらったのかも。」
初めて見るローリー・ブライアンは黒髪に浅黒い肌をしていた。背は170センチを越えたくらいだろう。ヒスパニック系の平均と言えば平均的だ。サングラスのせいで目の色は分からないがおそらくブラウンだろう。
「いついかなる時も手離さないサングラス。そして手袋。それが彼のトレードマークよ。」
モレイラに言われてジェフは彼の手元に注目した。
確かに黒い手袋をはめている。
「今夜は黒の革手袋のようね。」
「普段は違う?」
「白の綿の時もあるわ。どっちにしろあまり顔を出さないから良くは分からないけど。」
モレイラが、おどけてお手上げポーズを取った。その様子があまりにも無垢でかわいかったので、ジェフは思わず微笑んだ。
ジェフは彼女の右の手を取り、レースの手袋越しにその甲に頬ずりした。
「他の男の話題はその位にしましょうよ。嫉妬で胸が張り裂けそうだ。」
自分でも歯の浮くようなセリフが次々と口先から飛び出していく。それこそ飯の種。リップサービスは得意中の得意だ。
「そんな嬉しい台詞、久しぶりよ。」
満更でもなさそうなモレイラを見て、嘘つきな唇だなと独り言のように呟いた。
モレイラは軽く拗ねた様子を見せるジェフがお気に召したようだ。
「私の部屋に来る?」
ーー捕まえた。
ジェフは腹の中でガッツポーズを取りながら、顔には残念そうな表情を貼り付けた。
「今夜はエスコートがあるから。」
「なら、明日の昼にでもいらっしゃい。ゴードンホテルの32階。昼食を一緒にどうかしら。」
是が非にでも、と目が言っている。
ジェフがモレイラの腰に緩く手を回した。
本当は今夜からでも部屋には行ける。だが焦ってはいけない。最初から主導権を彼女に握らせては安いヤツと思われてしまう。
だから一晩、待たせることにした。
ーーご注文は速やかに。発送は今暫くお待ちください、だ。
自分を商品に例えたことに内心自嘲する。そんなことはおくびにも出さず、ジェフは小首を傾げ、モレイラに向かって呟いた。
「待っていてくれる?明日ホテルの人間に追い返されたりしないかな?」
少し馴れ馴れしく。そして図々しく。だけど小心者のようにおどおどと。
「しないわ。フロントで私の名前を言って。部屋まで直通のエレベーターがあるから。」
年上の女の好む甘えん坊をさり気なく演出するジェフにモレイラはすっかりほだされたようだった。
少なくとも表面上は。
ーー今はそれでもいいさ。全ては明日。
「約束だよ。モレイラ」
既に潮の匂いなど気にならなかった。
上手くいけば、明日からは温かいベッドでゆっくり眠れる。
ジェフは約束の印にモレイラの額に軽くキスをした。
まだ夜と言うには早い時間。外気はまだ昼の熱を帯びていて、潮を含んだそれがジェフの頬に纏わり付いてくる。
触るとにちゃりとする感じがあまり好きでは無いジェフは早々にバルコニーに背を預け、モレイラの肩にそっと右腕を回して彼女の髪に顔を寄せた。そうすることで少しでも顔に風を当てないように、との思惑だ。
そんなジェフの行動をどう読んだのか、モレイラはくすぐったそうに首を竦めた。
「なあに?いきなり子供っぽいわよ。」
「髪の匂いを嗅ぐのが子供っぽい?ならここなら?」
ジェフが体の位置はそのままで右の耳の後ろをペロリと舐めた。
「もう。もう少し人目を憚って欲しいものだわ。」
笑いながら右手でジェフの体を軽く押しのけたモレイラがあら、と小さく声を出した。
彼女の視線を何気なく辿ったジェフは、そこに黒い集団がいるのに気が付いた。
会場内も妙にざわついているようだった。
「あれがローリー・ブライアン。とその取り巻き達よ。」
ぼんやりと眺めていたジェフにモレイラが耳打ちをした。
「ローリー……あの真ん中の……キュートな感じの……黒いサングラスの坊……紳士……ですか?」
ジェフのたどたどしい物言いがツボにはまったのか、モレイラが両手を口に当てて吹き出した。
「キュート……。間違いないわ。彼は神様に頼んで身長5センチ分をオツムと交換してもらったのかも。」
初めて見るローリー・ブライアンは黒髪に浅黒い肌をしていた。背は170センチを越えたくらいだろう。ヒスパニック系の平均と言えば平均的だ。サングラスのせいで目の色は分からないがおそらくブラウンだろう。
「いついかなる時も手離さないサングラス。そして手袋。それが彼のトレードマークよ。」
モレイラに言われてジェフは彼の手元に注目した。
確かに黒い手袋をはめている。
「今夜は黒の革手袋のようね。」
「普段は違う?」
「白の綿の時もあるわ。どっちにしろあまり顔を出さないから良くは分からないけど。」
モレイラが、おどけてお手上げポーズを取った。その様子があまりにも無垢でかわいかったので、ジェフは思わず微笑んだ。
ジェフは彼女の右の手を取り、レースの手袋越しにその甲に頬ずりした。
「他の男の話題はその位にしましょうよ。嫉妬で胸が張り裂けそうだ。」
自分でも歯の浮くようなセリフが次々と口先から飛び出していく。それこそ飯の種。リップサービスは得意中の得意だ。
「そんな嬉しい台詞、久しぶりよ。」
満更でもなさそうなモレイラを見て、嘘つきな唇だなと独り言のように呟いた。
モレイラは軽く拗ねた様子を見せるジェフがお気に召したようだ。
「私の部屋に来る?」
ーー捕まえた。
ジェフは腹の中でガッツポーズを取りながら、顔には残念そうな表情を貼り付けた。
「今夜はエスコートがあるから。」
「なら、明日の昼にでもいらっしゃい。ゴードンホテルの32階。昼食を一緒にどうかしら。」
是が非にでも、と目が言っている。
ジェフがモレイラの腰に緩く手を回した。
本当は今夜からでも部屋には行ける。だが焦ってはいけない。最初から主導権を彼女に握らせては安いヤツと思われてしまう。
だから一晩、待たせることにした。
ーーご注文は速やかに。発送は今暫くお待ちください、だ。
自分を商品に例えたことに内心自嘲する。そんなことはおくびにも出さず、ジェフは小首を傾げ、モレイラに向かって呟いた。
「待っていてくれる?明日ホテルの人間に追い返されたりしないかな?」
少し馴れ馴れしく。そして図々しく。だけど小心者のようにおどおどと。
「しないわ。フロントで私の名前を言って。部屋まで直通のエレベーターがあるから。」
年上の女の好む甘えん坊をさり気なく演出するジェフにモレイラはすっかりほだされたようだった。
少なくとも表面上は。
ーー今はそれでもいいさ。全ては明日。
「約束だよ。モレイラ」
既に潮の匂いなど気にならなかった。
上手くいけば、明日からは温かいベッドでゆっくり眠れる。
ジェフは約束の印にモレイラの額に軽くキスをした。
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