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「それじゃここで別行動ね。」
「頑張れよ。」
シルビアがジェフに向かってリップ音を鳴らす。
ジェフはウェイターの持つトレイからシャンパングラスを取り、彼女の背中を見送りながら喉に流し込んだ。
ジェフの施したトリートメントの効果が出ているのか、彼女のむき出しの背中はほんのりとピンクに染まり、更に白のドレスがそれを引き立たせている。
シルビアは会場内の知り合いと軽い会釈を交わしながら、目的の男を探し始めた。
彼女の振りまくフェロモンが会場にいる男達の嗅覚を刺激するのか、彼女が傍を通ると次々に視線が絡みつく。
ーいい女だよな。
タイトなドレスは豊かなヒップラインを見事に描き出している。
ーあれでお目当ての社長落ちなかったら、頭イカレてるね。
保護者宜しくこっそりほくそ笑むと、ジェフはグラスを片手に会場を見渡した。
シルビアをエスコートした後は、彼女がこの場に飽きるまでここで待機することになる。だがジェフとしても、こんな良質な狩り場でただひたすら飲み食いするつもりはない。
美しく着飾ったご婦人方がチラチラとジェフを見る。
ジェフは口元に薄く微笑みを刷きながら、壁にもたれ掛かった。
ー焦ることはない。じっくり獲物を探そう。時間はたっぷりある。
シルビアの姿が見えなくなった。早くもお目当ての殿方に出会えたのだろうか。
ここに来る前に見せられた男のレジュメを思い起こす。
『ローリー・ブライアン』
ブライアン製薬はジェネリック医薬品で急成長した会社だ。15年前まではマイアミで防虫剤を生産する小さな工場だった。
創始者のリチャード・ブライアンがミシガン湖の潰れた自動車工場を買い取り、ジェネリック医薬品の生産を開始。今では世界規模の大企業にのし上がった。
オリジナルより効くのでは、と評判の降圧剤は、だが創始者本人は使うことなく終わった。何故なら彼は病気以外の死因でこの世を去ったからだ。
1年前、リチャードは交通事故で転落死した。原因は運転中に心筋梗塞を起こしたことだった。その車には運悪く一人息子が同乗していた。息子のローリーも重傷を負いはしたが助かった。
ー一ヶ月後には職場復帰。というか、社長就任、と。
若干28のローリーの就任に対して、社内でも株主総会に置いても反対の意見は挙がらなかったのには理由がある。
ージェネリック医薬品の開発リーダー、ね。しかも関わり始めたのが15年前って。つまり、最初からってことじゃないか。
天才児が会社を大きくした、というのが周囲の認識らしかった。しかもこの天才はかなり風変わりで、余程のことがない限り滅多にラボから出ることがなかった。流石に社長就任後はそういうわけにもいかなくなったが。
だが事故の後遺症もあり、ここ半年ばかり顔を出すのは会社の社長室と会議室、取引相手との会見程度だ。
今回のパーティー出席はそれ故マイアミの社交界でも珍事のレベルを超える大事件になった。噂は未婚の女性の間で瞬く間に広まり、実際今夜は若い女性がわんさかと出席していて大盛況だ。
「いいわねえ、若い人達は夢が見られて。」
ハスキーな女性の声がジェフに語りかけてきた。
ジェフが声の主に視線を向ける。
そこには黒サテンのドレスに身を包んだふくよかな婦人が、殆ど空になっているワイングラスを手の中で弄んでいた。
彼女の視線は明らかにジェフを品定めしていた。
ー中々いいじゃん、六十手前くらいかな?
厚化粧ながら嫌みの無い顔の作りに、アッシュグレイのウェービーヘア。
肌は衰えが見えるものの手入れが行き届いていて、同年代の女性とは比べものにならない美しい。グラスを持つ指は細く輝いている。
どことなく別れた未亡人に被るのはブルーサファイアの瞳のせいだろうか。
「飲み物のお代わりは?」
「そうね。」
ジェフがウェイターに向かって人差し指を立てると、飲み物のトレイを掲げ人の波を器用に避けながらやって来た。
彼女がマルガリータのグラスを取ったのを見てジェフはマティーニを選んだ。
「少し話しましょうか。」
「勿論喜んで、ミセスマルガリータ?」
「ぷっ、ふふ」
婦人がグラスを持たない方の手で軽く口元を覆った。
「すみません、冗談です。僕はジェフ・ガーランド」
「知ってるわ、ジェフ。」
彼女が意味ありげに微笑んだ。何となく不愉快なものを感じたジェフは少し身構えて「光栄です。でもどうして?」と彼女に問うた。
そんなジェフを見て彼女が面白そうに笑った。
「だって貴方、この辺りでは飛び抜けてハンサムよ。知らないわけがない。」
それはそれで光栄な事だが。
「そして女の中ではイケない男。」
ジェフの頬が引き攣る。
「同性愛の趣味はないですよ。」
「そのようね。ああ怒らないで頂戴、意地悪なことを言ったわ。私貴方に興味があるのよ。ねえ、笑って?
その引き攣った顔も素敵だけど、私貴方の笑顔の方が気に入ったの。」
グラスを持った方の手をジェフの顔に近づけてきた。
「私はモレイラ。モレイラ・リリューヌ。ねえ、バルコニーに出ない?」
グラスの縁をジェフの唇に当てる。ジェフは改めて彼女の目を見た。
モレイラの瞳には少しばかりの反省の色と、それ以上に彼に対する興味がありありと映っていた。
ジェフは唇に当てられたグラスの縁をペロリと舐めた。スノースタイルの塩が舌に辛い。唇にも付いているだろう。
「そうですね。でも少しだけですよ。潮風は貴女の肌を傷つけるから。」
そう言って彼女の前に腕を差し出した。
モレイラが嬉しそうに腕を取る。
ジェフは彼女の顔を見下ろしながら唇に残っている塩を舌でゆっくりと舐め取り、その行為とは正反対の無邪気な笑顔を頬に浮かべた。
「頑張れよ。」
シルビアがジェフに向かってリップ音を鳴らす。
ジェフはウェイターの持つトレイからシャンパングラスを取り、彼女の背中を見送りながら喉に流し込んだ。
ジェフの施したトリートメントの効果が出ているのか、彼女のむき出しの背中はほんのりとピンクに染まり、更に白のドレスがそれを引き立たせている。
シルビアは会場内の知り合いと軽い会釈を交わしながら、目的の男を探し始めた。
彼女の振りまくフェロモンが会場にいる男達の嗅覚を刺激するのか、彼女が傍を通ると次々に視線が絡みつく。
ーいい女だよな。
タイトなドレスは豊かなヒップラインを見事に描き出している。
ーあれでお目当ての社長落ちなかったら、頭イカレてるね。
保護者宜しくこっそりほくそ笑むと、ジェフはグラスを片手に会場を見渡した。
シルビアをエスコートした後は、彼女がこの場に飽きるまでここで待機することになる。だがジェフとしても、こんな良質な狩り場でただひたすら飲み食いするつもりはない。
美しく着飾ったご婦人方がチラチラとジェフを見る。
ジェフは口元に薄く微笑みを刷きながら、壁にもたれ掛かった。
ー焦ることはない。じっくり獲物を探そう。時間はたっぷりある。
シルビアの姿が見えなくなった。早くもお目当ての殿方に出会えたのだろうか。
ここに来る前に見せられた男のレジュメを思い起こす。
『ローリー・ブライアン』
ブライアン製薬はジェネリック医薬品で急成長した会社だ。15年前まではマイアミで防虫剤を生産する小さな工場だった。
創始者のリチャード・ブライアンがミシガン湖の潰れた自動車工場を買い取り、ジェネリック医薬品の生産を開始。今では世界規模の大企業にのし上がった。
オリジナルより効くのでは、と評判の降圧剤は、だが創始者本人は使うことなく終わった。何故なら彼は病気以外の死因でこの世を去ったからだ。
1年前、リチャードは交通事故で転落死した。原因は運転中に心筋梗塞を起こしたことだった。その車には運悪く一人息子が同乗していた。息子のローリーも重傷を負いはしたが助かった。
ー一ヶ月後には職場復帰。というか、社長就任、と。
若干28のローリーの就任に対して、社内でも株主総会に置いても反対の意見は挙がらなかったのには理由がある。
ージェネリック医薬品の開発リーダー、ね。しかも関わり始めたのが15年前って。つまり、最初からってことじゃないか。
天才児が会社を大きくした、というのが周囲の認識らしかった。しかもこの天才はかなり風変わりで、余程のことがない限り滅多にラボから出ることがなかった。流石に社長就任後はそういうわけにもいかなくなったが。
だが事故の後遺症もあり、ここ半年ばかり顔を出すのは会社の社長室と会議室、取引相手との会見程度だ。
今回のパーティー出席はそれ故マイアミの社交界でも珍事のレベルを超える大事件になった。噂は未婚の女性の間で瞬く間に広まり、実際今夜は若い女性がわんさかと出席していて大盛況だ。
「いいわねえ、若い人達は夢が見られて。」
ハスキーな女性の声がジェフに語りかけてきた。
ジェフが声の主に視線を向ける。
そこには黒サテンのドレスに身を包んだふくよかな婦人が、殆ど空になっているワイングラスを手の中で弄んでいた。
彼女の視線は明らかにジェフを品定めしていた。
ー中々いいじゃん、六十手前くらいかな?
厚化粧ながら嫌みの無い顔の作りに、アッシュグレイのウェービーヘア。
肌は衰えが見えるものの手入れが行き届いていて、同年代の女性とは比べものにならない美しい。グラスを持つ指は細く輝いている。
どことなく別れた未亡人に被るのはブルーサファイアの瞳のせいだろうか。
「飲み物のお代わりは?」
「そうね。」
ジェフがウェイターに向かって人差し指を立てると、飲み物のトレイを掲げ人の波を器用に避けながらやって来た。
彼女がマルガリータのグラスを取ったのを見てジェフはマティーニを選んだ。
「少し話しましょうか。」
「勿論喜んで、ミセスマルガリータ?」
「ぷっ、ふふ」
婦人がグラスを持たない方の手で軽く口元を覆った。
「すみません、冗談です。僕はジェフ・ガーランド」
「知ってるわ、ジェフ。」
彼女が意味ありげに微笑んだ。何となく不愉快なものを感じたジェフは少し身構えて「光栄です。でもどうして?」と彼女に問うた。
そんなジェフを見て彼女が面白そうに笑った。
「だって貴方、この辺りでは飛び抜けてハンサムよ。知らないわけがない。」
それはそれで光栄な事だが。
「そして女の中ではイケない男。」
ジェフの頬が引き攣る。
「同性愛の趣味はないですよ。」
「そのようね。ああ怒らないで頂戴、意地悪なことを言ったわ。私貴方に興味があるのよ。ねえ、笑って?
その引き攣った顔も素敵だけど、私貴方の笑顔の方が気に入ったの。」
グラスを持った方の手をジェフの顔に近づけてきた。
「私はモレイラ。モレイラ・リリューヌ。ねえ、バルコニーに出ない?」
グラスの縁をジェフの唇に当てる。ジェフは改めて彼女の目を見た。
モレイラの瞳には少しばかりの反省の色と、それ以上に彼に対する興味がありありと映っていた。
ジェフは唇に当てられたグラスの縁をペロリと舐めた。スノースタイルの塩が舌に辛い。唇にも付いているだろう。
「そうですね。でも少しだけですよ。潮風は貴女の肌を傷つけるから。」
そう言って彼女の前に腕を差し出した。
モレイラが嬉しそうに腕を取る。
ジェフは彼女の顔を見下ろしながら唇に残っている塩を舌でゆっくりと舐め取り、その行為とは正反対の無邪気な笑顔を頬に浮かべた。
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