お嬢さん、誘惑してもよろしいでしょうか?

椿野 更紗

文字の大きさ
上 下
7 / 11
2.

しおりを挟む
「それじゃここで別行動ね。」
「頑張れよ。」

シルビアがジェフに向かってリップ音を鳴らす。
ジェフはウェイターの持つトレイからシャンパングラスを取り、彼女の背中を見送りながら喉に流し込んだ。
ジェフの施したトリートメントの効果が出ているのか、彼女のむき出しの背中はほんのりとピンクに染まり、更に白のドレスがそれを引き立たせている。
シルビアは会場内の知り合いと軽い会釈を交わしながら、目的の男を探し始めた。
彼女の振りまくフェロモンが会場にいる男達の嗅覚を刺激するのか、彼女が傍を通ると次々に視線が絡みつく。

ーいい女だよな。

タイトなドレスは豊かなヒップラインを見事に描き出している。

ーあれでお目当ての社長落ちなかったら、頭イカレてるね。

保護者宜しくこっそりほくそ笑むと、ジェフはグラスを片手に会場を見渡した。
シルビアをエスコートした後は、彼女がこの場に飽きるまでここで待機することになる。だがジェフとしても、こんな良質な狩り場でただひたすら飲み食いするつもりはない。

美しく着飾ったご婦人方がチラチラとジェフを見る。
ジェフは口元に薄く微笑みを刷きながら、壁にもたれ掛かった。

ー焦ることはない。じっくり獲物を探そう。時間はたっぷりある。

シルビアの姿が見えなくなった。早くもお目当ての殿方に出会えたのだろうか。
ここに来る前に見せられた男のレジュメを思い起こす。

『ローリー・ブライアン』

ブライアン製薬はジェネリック医薬品で急成長した会社だ。15年前まではマイアミで防虫剤を生産する小さな工場だった。
創始者のリチャード・ブライアンがミシガン湖の潰れた自動車工場を買い取り、ジェネリック医薬品の生産を開始。今では世界規模の大企業にのし上がった。
オリジナルより効くのでは、と評判の降圧剤は、だが創始者本人は使うことなく終わった。何故なら彼は病気以外の死因でこの世を去ったからだ。

1年前、リチャードは交通事故で転落死した。原因は運転中に心筋梗塞を起こしたことだった。その車には運悪く一人息子が同乗していた。息子のローリーも重傷を負いはしたが助かった。

ー一ヶ月後には職場復帰。というか、社長就任、と。

若干28のローリーの就任に対して、社内でも株主総会に置いても反対の意見は挙がらなかったのには理由がある。

 ージェネリック医薬品の開発リーダー、ね。しかも関わり始めたのが15年前って。つまり、最初からってことじゃないか。

天才児が会社を大きくした、というのが周囲の認識らしかった。しかもこの天才はかなり風変わりで、余程のことがない限り滅多にラボから出ることがなかった。流石に社長就任後はそういうわけにもいかなくなったが。

だが事故の後遺症もあり、ここ半年ばかり顔を出すのは会社の社長室と会議室、取引相手との会見程度だ。
今回のパーティー出席はそれ故マイアミの社交界でも珍事のレベルを超える大事件になった。噂は未婚の女性の間で瞬く間に広まり、実際今夜は若い女性がわんさかと出席していて大盛況だ。

「いいわねえ、若い人達は夢が見られて。」

ハスキーな女性の声がジェフに語りかけてきた。
ジェフが声の主に視線を向ける。
そこには黒サテンのドレスに身を包んだふくよかな婦人が、殆ど空になっているワイングラスを手の中で弄んでいた。
彼女の視線は明らかにジェフを品定めしていた。

ー中々いいじゃん、六十手前くらいかな?

厚化粧ながら嫌みの無い顔の作りに、アッシュグレイのウェービーヘア。
肌は衰えが見えるものの手入れが行き届いていて、同年代の女性とは比べものにならない美しい。グラスを持つ指は細く輝いている。
どことなく別れた未亡人に被るのはブルーサファイアの瞳のせいだろうか。

「飲み物のお代わりは?」
「そうね。」

ジェフがウェイターに向かって人差し指を立てると、飲み物のトレイを掲げ人の波を器用に避けながらやって来た。
彼女がマルガリータのグラスを取ったのを見てジェフはマティーニを選んだ。

「少し話しましょうか。」
「勿論喜んで、ミセスマルガリータ?」
「ぷっ、ふふ」

婦人がグラスを持たない方の手で軽く口元を覆った。

「すみません、冗談です。僕はジェフ・ガーランド」
「知ってるわ、ジェフ。」

彼女が意味ありげに微笑んだ。何となく不愉快なものを感じたジェフは少し身構えて「光栄です。でもどうして?」と彼女に問うた。
そんなジェフを見て彼女が面白そうに笑った。

「だって貴方、この辺りでは飛び抜けてハンサムよ。知らないわけがない。」

それはそれで光栄な事だが。

「そして女の中ではイケない男。」

ジェフの頬が引き攣る。

「同性愛の趣味はないですよ。」
「そのようね。ああ怒らないで頂戴、意地悪なことを言ったわ。私貴方に興味があるのよ。ねえ、笑って?
その引き攣った顔も素敵だけど、私貴方の笑顔の方が気に入ったの。」

グラスを持った方の手をジェフの顔に近づけてきた。

「私はモレイラ。モレイラ・リリューヌ。ねえ、バルコニーに出ない?」

グラスの縁をジェフの唇に当てる。ジェフは改めて彼女の目を見た。
モレイラの瞳には少しばかりの反省の色と、それ以上に彼に対する興味がありありと映っていた。

ジェフは唇に当てられたグラスの縁をペロリと舐めた。スノースタイルの塩が舌に辛い。唇にも付いているだろう。

「そうですね。でも少しだけですよ。潮風は貴女の肌を傷つけるから。」

そう言って彼女の前に腕を差し出した。
モレイラが嬉しそうに腕を取る。
ジェフは彼女の顔を見下ろしながら唇に残っている塩を舌でゆっくりと舐め取り、その行為とは正反対の無邪気な笑顔を頬に浮かべた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。

恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。 パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

処理中です...