お嬢さん、誘惑してもよろしいでしょうか?

椿野 更紗

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「貴方はイタリア系?」

マグをテーブルにコトリと置いたリリーがジェフのヘーゼルアイ(ライトブラウンとダークグリーンの中間の瞳)を見つめた。

「ハーフなんだ。母がイタリア人。父親はピューリタンの子孫。」
「お母様似なのね、きっと」
「……母さんが聞いたら間違いなく激怒するね。」
「え?お母様は貴方の上を行く美貌なの?」

真剣に語るリリーに、ジェフは思わず吹き出した。
リリーの指摘は間違ってはいない。母の血を濃く引いたのか、ジェフの顔立ちはイタリア人の特徴がよく出ていた。緩いが癖のある焦茶色の髪。面長の顔に尖った鼻、眉と目の間の狭さ。

「学生さん?」
「あー、フリーの秘書。今求職中。」

リリーが怪訝な顔をした。ジェフが慌てて付け足す。

「全米秘書クラブに登録してるんだけど、マイアミに来てまだ一年なのと、男っていうのがネックになってさ。中々仕事が回ってこないんだ。」

満更嘘でもないが、殊更真実という訳でもない。登録はしているが滅多にお呼びは掛からなかった。たまに声が掛かってもろくな仕事は来ない。政治家から秘書依頼が来た時は驚いたが、面接に行って説明された内容は顔のいい男どもを餌に有権者を釣りあげる、というものだった。それはそれでジェフの遊び心をくすぐったが、毎朝五時出勤と言われた途端、盛り上がった気分が一気に冷めた。
ジェフは政治家に向かって真摯な表情を浮かべつつ、趣旨には賛同するが早起きは自分の主義に反するので、と丁重にお断りした。

秘書資格にしても取りたくて取ったモノでは決してなかった。大学は卒業したものの就職しようという気になれず、先延ばしのつもりで秘書コースに通った結果取得した代物だった。

ただ、金もないのに高い会費を払ってクラブに所属しているのにはそれなりの訳がある。
ジゴロは女の財布を当てにして生きるヒモ。だから顔やセックスのテクニック、女を丸め込む口のうまさがあればいい、と思われがちだが実際それだけでは上客は引っかからない。
特にセレブリティが集まる国際リゾート地マイアミでは、社交パーティーでのパートナーだけでなく場合によっては秘書や執事の役割を担うことも多い。
そういう意味ではジェフにとって実に有意義な資格とも言えた。


壁掛け時計がそろそろ10時を告げようとしていた。
気のせいかリリーがそわそわし始めた。
その辺りを察するのはジェフの得意とするところだ。

「そろそろお暇するよ。ありがとう、行き倒れにならずに済んだ。」

立ち上がりながらジェフがお礼を言うと、私こそありがとう、とリリーが返してきた。

「また倒れそうになったら寄って。コーヒーとクッキーぐらいなら出せるわよ。そのかわり午前中ね。午後は母さんか親戚の子が店番してるから」
「午後はデート?」
「あっ、と……配達よ。ボーイフレンドはいないわ。」
「そっか良かった。じゃあ堂々と口説けるね。」


ジェフは軽い社交辞令のつもりで言ったのだが。

「え?」

一言発した後、リリーの頬や首がみるみる赤く染まるのを見て、しまったと臍を噛んだ。

ーヤバい。いつもの癖で余計なこと言った!

「なーんてね。君とは良い友情が結べる気がするんだ。もし良ければ友達になってくれるかい?」

おどけた素振りでリリーにお願いをしてみる。
彼女は、「ええ、喜んで」とはにかみながらジェフに手を差し出した。
ジェフは「ありがとう」と言ってその手を取った。
握り込んだ彼女の小さな手は、荒れてざらついていた。ジェフはそれには気付かない振りをして微笑んだ。



店を後にしたジェフは握手を交わした時のリリーの手の感触を思い返した。

ー毎日の水仕事で手入れも追いつかないんだろうな。引っ掻き傷は薔薇のトゲにやられたのかも知れない

自分の右手を広げてみる。
傷1つ無い真っ白で柔らかい手が目に入る。
ほんのちょっとだけ自分が恥ずかしくなったジェフは、ジゴロ生活をしていることは当面内緒にしておこうと思った。

日差しは更に強くなっていた。サングラスを掛けようとシャツの胸ポケットに手をやったが入っていない。
どうやらホテルに忘れてきたようだ。ジェフが軽く舌打ちをする。

ーまた物入りだ。あれブランドものだったのに。さっさと着替えて狩りに出掛けないと

顎を触りながら独りごちると、ジェフはアパートに急いだ。














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