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しおりを挟むフロリダ半島南東の先端にある都市マイアミ。キューバ文化が色濃く反映されたカフェや葉巻ショップなどが立ち並ぶ陽気な街であり、また世界的に知られたリゾート地でもある。
ビスケーン湾、サウスビーチで有名なマイアミビーチ。カラフルなアールデコ調の建物、白い砂浜、海沿いの高級ホテルや流行の先端を行くナイトクラブ。世界中のセレブリティが避暑や療養に訪れるこの地には、その恩恵に預かろうと老若男女問わず集まってくる。そしてこういったリゾート地にはその場限りの恋の駆け引きは言わずもがな、契約を交わしてバカンスの間パートナーを務める男達がいる。
この地ではジゴロが立派な職業として成り立っているのだ。
ホテルを出た後、ジェフは住宅街の中にある公園に向かった。
日中ジャケットは邪魔だ。麻とはいえ熱は籠もる。襟に指を引っ掛けて肩に載せる。空いた手で顎を触ると起きがけの時より更にザラッとした。
もし彼が今夜の相手を探すつもりなら、さっさとアパートに戻って水のシャワーを浴びて髭を剃り、ベランダでユラユラと揺れているだろうシャツに着替えてビーチやホテルのラウンジを回らなければならないのだが……
ーとてもそんな気にはなれないよな
ジェフに投げつけられた悪意ある言葉は、未だ彼の心をズタズタにしていた。それと同じくらい、ジェフは彼女に申し訳ない気にもなっていた。
彼女はサイズについて言っていたが、ジェフはその言葉の裏に潜んでいた彼女の真の怒りを正確に読んでいた。
昨夜のこと。
ジェフはインサート前に自分の持てるテクニックを駆使して彼女を二度絶頂に導いた。その時点では全て順調だったのだ。
だが、少なからず彼は恐れていることがあった。
ジェフはフィニッシュを女性の中で迎えることが出来ない。完全に出来ないわけではないのだが、成功することはあまり、ない。クライマックスを迎えるほんの一秒ほど手前で誠意を無くしてしまうのだ。
そして昨夜も案の定起きてしまった。
ジェフは彼女の方が先に三度目の絶頂を迎えたから、上手く誤魔化せたと思ったのだが。
コトの後、彼女はそのまま意識を手放した。ジェフは彼女の体から緩くなったジュニアとコンドームをスルリと引き出した。それには滴すら入ってはいなかった。ジェフはため息を一つつくと、さっさと後始末をした。彼女の体も綺麗に拭きあげ、下着を履かせた後は二人シーツにくるまり眠りについた。
ー多分、見つけちまったんだろうな。軽くティッシュには包んだんだけどー
先に起きた彼女は、ゴミ箱に捨ててあったそれを見て怒り狂ったのだろうとジェフは思った。彼女の声にならなかった声が聞こえる気がする。
自分の体ではイケないのか、と。
ジゴロを始めて一年。これまで相手にした女性の内、最後まで満足させられた女性は一人だけ。
自分の好みだの相手の美醜だのはどうやら関係が無いらしい。何故なら満足させた一人というのは還暦を迎えた未亡人セレブだったからだ。
彼女がバカンスの間ジェフに求めたのは、昼の話し相手と夜のパーティーのパートナー。ベッドタイムは二人の気分が乗った時、と緩やかなものだった。
ーあの時、ついていった方が俺としては幸せだったのかな?ー
つい首が垂れる。
半年前、彼女はロンドンに戻るとジェフに告げ、更に付け加えた。
『貴方が望むならロンドンにコンパートメントを用意するわ』
流石にジェフもあの時はウンと言えなかった。25にして自分の母親よりも年上の女性の囲われ者。いくら落ちぶれたとはいえ、ルーツを辿ればそれなりの家柄に辿り着く自分がそこまで身を落とすというのには抵抗があった。
だったら真面目に職を探せば良いのだが、それもまた今のジェフには面倒なだけだった。
公園の入り口には父子らしい二人組がテーブルの上にソーダ水を並べていた。どうやらボランティア活動のようだった。売上金は近くの教会か赤十字社に寄付するのだろう。テーブルクロスには男の子が描いたのか、楽しそうに手を握り合った二人の天使が道行く人を見ていた。
ジェフは極力親子も天使も見ないよう、煉瓦敷の歩道を睨みながら足早に通り抜けていった。
親子が気に入らないのではなく。
ジェフのトラウザーズのポケットには、僅か二十セント(約23円)しかなかったからだ!
木陰と呼べるところは少ないが芝生の手入れは申し分が無い。日差しは益々キツくなってきているが、ジェフは構わず緑の絨毯の上に転がった。
ジャケットを顔に掛けて日差しを遮ってみるが、眩しさは変わらない。手足を伸ばすと芝に触れた部分がひんやりとしてきた。同時に青臭さと土の臭いが鼻をくすぐった。
ー俺、女はダメなのかなあー
しかしそこでジェフも思うのだ。教養や知識は自分でもまだまだだとは思うが、社交のマナーは身につけている。顔も自慢じゃないが悪くない。セックスは自分がイケないだけで十分女性を満足させられる。妊娠の心配がない分ジゴロとしての適性はバッチリあると思うのは俺だけなのかな?と。
その辺りの天真爛漫さ、ポジティブな考え方がジェフという男の魅力でもあり、また物足りないところだ。
公園を抜ける海風がジェフの体をなぞっていく。
ーさっき中途半端に起きちゃったからな。眠い……
ウトウトしかけたジェフの耳に子供達の歓声が飛び込んできた。サッカーを始めたようだ。
ゴムの弾む音も聞こえてくる。
バンッ!
「ってえーっ」
ボールがジャケットを被ったジェフの頭を直撃した。
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