お嬢さん、誘惑してもよろしいでしょうか?

椿野 更紗

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眩しい……

寝返りを打つついでにシーツを顔まで引っ張り上げる。
もう少し寝ていたいのに、バルコニーから差し込んでくる日差しがシーツ越しの躰に纏わり付いて体温を上げてくる。

ー久しぶりの柔らかいベッドなんだ。もうちょっと味わわせてくれー

ジェフの瞼に忘れかけていた優しい光景が再生され始めた。

「いつまで寝ているの?さっさと起きてよ、私は忙しいの。」

途端に打ち破られた静寂。
甲高い女の声がこれでもかというくらいのボリュームで部屋に響き渡った。

「もう少しだけ、って無理そうだねハニー。」

優しさの欠片も感じられない舌打ちが、すっかり目覚めたジェフの耳をつく。顔からシーツをずらして声の方を見ると、既に女は着替えを済ませていた。
真っ赤なスーツを優雅に着こなした女は会社の重役か若しくは大成功したフリーランサーのようだ。だが残念なことに、服と同じ色に染めた唇をへの字に歪め、腕組みした二の腕を人差し指で叩いている様子は、ただただ中年女がヒステリーを起こしているようにしか見えなかった。
昨夜ジェフの腕の中であられもない声を上げて感極まっていた女とはまるで別人だ。

「そうね、でも貴方には顔を洗って服を着るだけの時間くらいは残されているわ。とにかく急いで。」

言いたいことだけ言って部屋を出て行こうとする女に、ジェフは思いっきり甘えた声をかけた。

「ねえ、今夜はどうするの?」
「今夜?」

女がドアに手を掛けたまま顔だけジェフに向けた。ジェフは躰を起こし、媚びた眼差しで彼女に頷いた。

「今夜は僕に用事は無いの?」

媚びるついでに唇を突き出し、手のひらを上に向けて彼女を招く仕草をする。
今夜の用事。ジェフにとって非常に大事な案件だ。なんと言っても食事と暖かいベッドにありつけるかどうかが掛かっている。
寝起きで顔を洗っていないし髭も剃っていないが、意外とこの手入れ前の顔がご婦人方に好まれていることを彼は知っていた。
そんなだらしなさがウケるのは若いうちだけだという事はまだ知らずにいるのだが。

女はピクリと頬を引き攣らせると、ヒールを鳴らしてベッドサイドに戻ってきた。

気のせいか目元もヒクヒクと動いている。
女の手がすっとジェフの前に伸ばされた。

この時点でジェフは勘違いをしていた。あんた本当は俺とキスがしたいのだろう?だけど俺が起きなかったから拗ねてるだけなんだろう?ほらくれてやるよ、朝っぱらから濃いのを一発……

女がジェフの髪を掴みジェフを仰向かせた。
いきなりの行為にジェフの目が見開かれた。

女はそんなジェフの目を覗き込み、にやりと笑った。

「そうね。貴方のアレがあと2センチ長かったら今夜のデートもあったかも知れないけれど。残念だけど、他を当たる事ね。ハンサムさん。」

そのまま手を離され再び彼女はドアに向かった。

流石に今回はジェフは声を掛けなかった。

あまりの言われように、彼の中に僅かに残っていたプライドは、跡形も無いほど粉々に打ち砕かれていたから。












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