薔薇のような君

松石 愛弓

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 街角のカフェで初めて君を見かけた時、薔薇のような華やかな人だと思った。

 金色の長い巻き髪、サファイアのような澄んだ瞳を縁取る長い睫毛、花びらのような小さな唇。

 僕の視線に気づいた君が、ふと、こちらを向いた。 
 君の瞳に僕の姿が映っていると思えただけで嬉しくなって、思わず声をかけてしまった。
 軽薄だなんて思わないで。 こんな気持ち、初めてなんだ。

 どこかの令嬢なのだろうか。侍女を連れ、華やかなドレス姿が似合いすぎている。
 この間の夜会では見かけなかったのだが…。もう、決まった相手はいるのだろうか。

 気になって訊いてみると、彼女は婚約者は居ないと言う。
 それなら、少しアプローチしてみようかな。
 僕を気に入ってくれないかな。

 カフェで一番美味しそうなケーキを彼女のために注文した。
 彼女は喜び、話ははずむ。気取ってなくて、なんて話しやすい女性なんだろう。僕はどんどん彼女に惹かれてゆく。
 彼女の恋人になれないかな~、なんて、ひとりで盛り上がっていると、彼女が席を外した。
 つい、気になって目で追うと、お手洗いに向かったようだ。

 ……え?

 完全無欠の美貌を誇る薔薇のような彼女は、迷わず紳士用のお手洗いに入って行った。ような気がする。

 間もなく、お手洗いの扉の向こうで男たちの悲鳴が聞こえ、大慌てでお手洗いから出てくる紳士たち。

 ……どゆこと?

 僕は、彼女の侍女にそれとなく訊いてみた。

「坊ちゃまは、女装が趣味なのです」
 無表情な侍女は、静かにそう言った。

 除草が趣味? いや、助走? いやいや、女装~~っ?!

 彼女を必死で口説いていた僕の立場は一体~っ?!
 そんな重要事項、もっと早く教えてくれ! 
 キザな口説き文句のてんこ盛りで、めちゃめちゃ頑張っちゃったじゃないか~!
 恥ずい! 
 
 だって! あんなに完璧に綺麗なドレスを着こなして、ウェストもすごく細くて、声も可愛いのに、まさかのニューハーフ? あ、女装好き男だっけ。違いがよく分からないのだが。

 あんなに完璧に女装したんなら、婦人用お手洗いに入ったほうがいいんじゃないか? 紳士たち狼狽えて逃げ出してたし。
 こんなに僕を女性の魅力で翻弄して騙しておいて、なんでお手洗いの時だけ真正直になるんだよ! あぁ、カオス!

 僕が悶々としていると、彼女はすっきりとした顔で席に戻ってきた。

 複雑な表情の僕に、華やかに微笑みかける彼女。

 まだ、自分の正体がバレてないと思っているのか? 
 それとも、僕もそっち側の人間だと思われてるのだろうか。

 彼女の正体は分かっているのに、匂いたつ薔薇のような妖しげな雰囲気に呑まれていってしまう。
 まるで激流に流される木の葉のように、どこまでも流されてゆく僕のかよわい理性。

 なんで、胸がキュンと高鳴るんだ! 
 さては、魅力満載の魔女なのか? いや、間男、じゃなくて、魔男?

 彼女が好みのタイプ過ぎて、新しい扉を開いてしまいそう……どうしよう、ママン!
 
 とりあえず、彼女(彼)と、お友達になってしまいました。

 これからどうなることやら、ちょっと心配な昼下がりです。








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 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
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