魔物の森に捨てられた侯爵令嬢の、その後。

松石 愛弓

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「母上……」

 恐る恐る王子が振り向くと、いつも穏やかで優しい王妃が、見たこともない恐ろしい形相で冷たい怒りに満ちていた。

「自分さえ幸せなら、いいの? 何の罪もない人を陥れても?」

 王妃の冷たい視線と言葉に、ネイル王子はひるむ。

「母上……。そんな冷たい目で、軽蔑した表情かおで私を見ないでください。母上にそんな目で見られると、私は辛くて……」

 すっかり弱腰になったネイル王子に、さらにたたみ掛ける王妃。

「あなたがルナリスにした事よ。自分はされたくないとは、勝手ね」

「母上……」

「魔物の森に捨てられ、恐ろしい魔物たちに囲まれたルナリスは、どんなに辛かったでしょうね? あなたは人の気持ちも考えられないの? もし国民がこの事を知ったら、もうおおやけの場には出れないわ」

「……」

「あなたには王位は継がせません。こんな残酷な事を平気でする人間を、次期王には出来ない。まずはその性格を直さなければ。あなたは治癒魔法が使えたはず。これから毎日、救護院で魔力が尽きるまで無給で病人、怪我人を救うのです。命の尊さを学びなさい。その後は、騎士団長にその腐った心根を叩き直してもらうのです。今後、小遣いは無し。公的行事の参加は自粛しなさい」

「母上! 王子の私が毎日、救護院の手伝いをするのですか? 魔力を使い果たした後の騎士団長との打ち合いなど、100叩きを受けるようなものではないですか! 母上は息子の私が可愛くないのですか?!」

 なんとか罰を免れようと、もがくネイル王子。

「……確かに、我が子が可愛いからと、何でも許してしまう親もいます。加害者の子供を庇い、さらに被害者を苦しめてしまう親も。でも、私は違う」

 王妃の凛とした声が、豪華な部屋に響き渡る。

「母上……」

 もう、言い逃れも、罰から逃げることも難しいと、ようやく悟ったネイル王子。

「私が我が子に願う事は……正しい判断が出来る、優しい心を持った子供に育ってくれること。邪悪な子供は、要りません」

 王妃の本心は、ネイル王子の胸に深く突き刺さった。

「母上! 私を捨てないでください! 母上! 汚いものを見るような目で私を見ないでください! 母上!」

 涙にまみれ、床に平伏ひれふし懇願するネイル王子に、さらに王妃はとどめを刺した。

「救護院の手伝いも、騎士団長との剣の練習も、誠心誠意きちんとしなければ、さぼるようなことがあれば、さらに厳しい処分を追加しますから、そのつもりで。今回の処分も、あなたがしたことを考えると、甘過ぎるとは思っています。あなたの態度次第で徐々に調整します。それから、浮気相手の男爵令嬢は、爵位を取り上げ平民とし、国外追放します。あなたは身分を捨て、平民となり、彼女を追いかける覚悟はありますか?」

 もはや、項垂うなだれることしかできないネイル王子は、蚊の鳴くような声で呟いた。

「……私には、そこまでの覚悟はありません……」

「ならば、彼女に対してその程度の想いだったということね」

「……」

 王妃はネイル王子の足にかけていた氷魔法を解くと、

「今すぐ救護院の手伝いに行きなさい。それとも、誰かに連れていってもらわなければ、行けないの?」

 頭上から降ってくる冷たく厳しい王妃の声に心底怯えながら、すっかり腰が抜けたネイル王子は這うようにして王妃の部屋を出て行った。

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