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第一章
小さな期待
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その日の放課後、いつものように教室で読書をしていると、同級生で元男子バレー部の笹田宏介(ささだ こうすけ)が入り口から顔を覗かせた。
「おっ、奏発見」
「宏介、どうしたのー?」
「どうしたのー?じゃねぇよ。お前電話番号もメールアドレスも変えただろ」
「あ…、ごめん六月頃に変えちゃった」
そう言って笑うと、
「引退してすぐくらいか」
宏介が教室に入ってくる。
「毎年恒例の〝三年を送り出す会〟の詳細が回ってきたんだけど、お前に転送するとエラーになるし」
〝三年を送り出す会〟は、引退した三年生チームと、二年生&一年生チームに分かれて試合をした後、そのまま体育館にお菓子やジュース、ケータリングが準備される恒例行事だ。
男子バレー部、女子バレー部合同の行事ということもあり、日時などの詳細連絡はわりとしっかりしている。
「そっか、すっかり忘れてた」
「教えろ、転送すっから」
「オッケー」
宏介に新しい携帯番号とメールアドレスを教えていると、背後に気配を感じた。
「何やってんすか」
教室の窓の向こうから響がぬっと顔を出している。
「うぉっ!」
宏介はビクッと肩を揺らしながらも、あまりのおかしさに笑いながら言った。
「〝三年を送り出す会〟の詳細を転送してんだよ」
「そんなこと言って、どさくさに紛れて奏ちゃんの新しい携帯番号ゲットしてるし…」
ため息混じりに響がそんなことを言う。
「奏、お前相変わらず響に愛されてんね」
「はっ?」
前々から響がこんな調子だからか、部内ではかなりの名物となっていた。
「響ー、練習サボんなよー」
そう言いながら宏介は教室を後にする。
「かーなーでーちゃん」
「…」
「俺にだけだと思ってたのになぁ」
「はい?」
「新しい携帯番号とメールアドレス教えてくれたの」
こいつはまたこんな期待させるようなことを…。
教室で話すようになった頃、携帯が繋がらないと押しに押されて教えた携帯番号とアドレス。
「…あのねぇ、そんなわけないでしょ」
「そんなの分かってるけどさぁ」
膨れっ面の響を目の前にして、嬉しいと思ってしまう私も馬鹿げてるよなぁ…と苦笑した。
「彼女居るくせに、何言ってるんだか」
「あぁ…、うん…」
あれ?
歯切れが悪い…。
「どうかした?」
「…気になる?」
「…いや、いいわ…」
「こらこら!」
聞けば、彼女への不満がタラタラと出てきた。
自由人な響にとっては、彼女からの束縛やルールなど、苦痛でしかないのだろう。
小さな期待が一瞬だけ心を占領したが、それでも、別れないのは〝好き〟という気持ちが残っているからだということも私は分かっている。
墓穴掘ったな…
彼女の話なんて、掘り下げて聞くことじゃない。
余計に苦しくなるだけだ。
「おっと…そろそろ休憩終わる。行くね」
「うん…」
「気を付けて帰ってよ?」
「うん」
一緒に帰ることが出来る関係なら、どんなに幸せだろう。
今日も素直な気持ちに蓋をしたまま、一人教室を出た。
「おっ、奏発見」
「宏介、どうしたのー?」
「どうしたのー?じゃねぇよ。お前電話番号もメールアドレスも変えただろ」
「あ…、ごめん六月頃に変えちゃった」
そう言って笑うと、
「引退してすぐくらいか」
宏介が教室に入ってくる。
「毎年恒例の〝三年を送り出す会〟の詳細が回ってきたんだけど、お前に転送するとエラーになるし」
〝三年を送り出す会〟は、引退した三年生チームと、二年生&一年生チームに分かれて試合をした後、そのまま体育館にお菓子やジュース、ケータリングが準備される恒例行事だ。
男子バレー部、女子バレー部合同の行事ということもあり、日時などの詳細連絡はわりとしっかりしている。
「そっか、すっかり忘れてた」
「教えろ、転送すっから」
「オッケー」
宏介に新しい携帯番号とメールアドレスを教えていると、背後に気配を感じた。
「何やってんすか」
教室の窓の向こうから響がぬっと顔を出している。
「うぉっ!」
宏介はビクッと肩を揺らしながらも、あまりのおかしさに笑いながら言った。
「〝三年を送り出す会〟の詳細を転送してんだよ」
「そんなこと言って、どさくさに紛れて奏ちゃんの新しい携帯番号ゲットしてるし…」
ため息混じりに響がそんなことを言う。
「奏、お前相変わらず響に愛されてんね」
「はっ?」
前々から響がこんな調子だからか、部内ではかなりの名物となっていた。
「響ー、練習サボんなよー」
そう言いながら宏介は教室を後にする。
「かーなーでーちゃん」
「…」
「俺にだけだと思ってたのになぁ」
「はい?」
「新しい携帯番号とメールアドレス教えてくれたの」
こいつはまたこんな期待させるようなことを…。
教室で話すようになった頃、携帯が繋がらないと押しに押されて教えた携帯番号とアドレス。
「…あのねぇ、そんなわけないでしょ」
「そんなの分かってるけどさぁ」
膨れっ面の響を目の前にして、嬉しいと思ってしまう私も馬鹿げてるよなぁ…と苦笑した。
「彼女居るくせに、何言ってるんだか」
「あぁ…、うん…」
あれ?
歯切れが悪い…。
「どうかした?」
「…気になる?」
「…いや、いいわ…」
「こらこら!」
聞けば、彼女への不満がタラタラと出てきた。
自由人な響にとっては、彼女からの束縛やルールなど、苦痛でしかないのだろう。
小さな期待が一瞬だけ心を占領したが、それでも、別れないのは〝好き〟という気持ちが残っているからだということも私は分かっている。
墓穴掘ったな…
彼女の話なんて、掘り下げて聞くことじゃない。
余計に苦しくなるだけだ。
「おっと…そろそろ休憩終わる。行くね」
「うん…」
「気を付けて帰ってよ?」
「うん」
一緒に帰ることが出来る関係なら、どんなに幸せだろう。
今日も素直な気持ちに蓋をしたまま、一人教室を出た。
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