君と、もみじ

Mari

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第一章

放課後の習慣

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10月の優しい風に、夕暮れのオレンジ色の光。
穏やかな時間が過ぎていく。

体育館から聞こえてくる音、好きだな…。

バレーボールを打つ音、バスケットボールのドリブルの音、体育館シューズで走る音、笛の音、掛け声…。


そんな放課後の音に耳を傾けながら、一階の教室で中庭を眺めながら読書をするのが、私、菅原奏(すがわら かなで)の習慣になっていた。


「ここで本読むくらいなら、体育館で部活見てくれたらいいのに」
そう言って、私の目の前でもみじの葉をクルクルと回しながら、窓際からひょっこり現れたのは一つ下の後輩、高橋響(たかはし ひびき)。
いつもこうやって、何かとひょっこり現れる。

「…またサボりに来たの?」
「サボってないし。休憩時間だし」

高校3年になって引退するまで、私は男子バレー部のマネージャーだった。
彼は、バレー部の後輩。
中学も一緒で、その頃から何かと接点がある。
もう6年もの腐れ縁だ。


「奏ちゃんさ、暇なの?」
「先輩に〝ちゃん〟付けしないよね、普通」
「暇なの?」

聞いてないし…

いつもそう。
少し強引で、人の心の中にズカズカ入ってくる。
だけどそれがちょっと心地いいなんて思っている私は、既に響に心を〝侵食〟され始めているのだろうか。

「もう帰るよ」
私は手元の本にまた視線を落として、そう答えた。
「なーんだ、まだ居るなら一緒に帰ろうと思ってたのに」
そんなことをさらっと言ってしまう彼に、ため息が出る。

「あのさ、そういうこと簡単に言わない方がいいんじゃない?」
「なんで?」
キョトンとした表情で私を見つめる響…
「なんでって…」
その真っ直ぐな目に射ぬかれたように胸がトクントクンとうるさく鳴った。
まるで私の気持ちが、響に試されてるような感覚に陥る。


「俺、奏ちゃんにしか言わないし」
「だから、…っ」
「あげる」

目の前に差し出された、もみじの葉…
まだ黄みが残る優しい色の赤い葉。

思わず勢いに押されて受け取ろうと手を伸ばしかけた時、バレー部からの集合が掛かかった。

「やべ、奏ちゃんじゃあね、気を付けて帰ってよ?」

そう言って、彼は走って体育館へ戻っていく。
机の上に置かれたもみじ…
そっと手に乗せて、
「バカだな、私…」
なんて一人呟いてみた。


四ヶ月前から続く、響との放課後の会話…
これもまた私の毎日の習慣。
会話の最後には必ず「気を付けて帰ってよ」って、響は優しく告げる。
最初は、他のクラスの友達を待ってるだけの時間だった。
だけどあの日、たまたま教室の前を通り掛かった響と、ここでこうやって話して、それ以来いつの間にか、彼が来るのを待っている自分が居る。

これを、恋と呼ぶことは、もうとっくに気付いているのに…。


気持ちが知られてしまえば、こんな風に普通に話せなくなるかもしれないとか、そんな不安が素直な気持ちを抑え込むのだ。
先輩と後輩、その中でも一番気の合う関係で居られるのなら、それでもいい。
想いを伝えられないもどかしさと情けなさに、自分でも笑ってしまう。
だけど、そうやって気持ちにブレーキを掛けることしか、今の私には出来なかった。




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