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【番外編】夏の空に恋してる。①
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【リクの世界】
「リク!お待たせ!」
そう言ってやって来たのは、高校時代の仲良しグループの三人。
「やっと来た。二時間ぼっち待機は辛かったよ。」
俺は、わざと恨めしそうな顔を彼らに向けた。
「わりぃわりぃ!リクの分のビールも買ってきたからさ。お納めくださいな。」
友達のひとりがそう言って、俺にビールを差し出してくれた。
冷えた無機質な缶を受け取る。ひんやりとした感触が気持ち良かった。
夏の夜。俺は、高校時代の仲間達と海辺の花火大会に来ていた。
オンラインゲームで負けた俺は、罰ゲームとして二時間前から場所取りをさせられた。
ブルールシートの上で屋台の唐揚げを肴にレモンサワーを嗜みながら、彼らが来るのを首を長くして待っていた。今日は猛暑日で、そんな中ひたすら待つのは苦行だった。
薄暗くなった夏の夜空。目の前に広がる紺碧の海。風も少なく、今日はなかなかの花火日和だ。
「はい、KPー!」
ブルーシートの上で乾杯する。
「夏に外で飲むビールは格別だな!」
「そんなこと言って、お前毎日飲んでるじゃん。」
「でもこうやって皆で飲めるのは、一人で飲むのとは全然違うしさ!」
「まぁ確かにな!」
そんな会話でワイワイと盛り上がり、まだ花火が始まる前だと言うのに、酒の進みが留まるところを知らない。てか、こいつら、随分買い込んだな…。
花火が始まる五分前くらには、みんなそれなりにほろ酔い状態になっていた。
「そういえばさ、この前の飲み会で言っていたリクの好きな人、もう連絡とか取ってないの?」
友人の一人が言った。
以前、飲み会の場で、俺はルナの話をした。初めて、自分が同性愛者だということを皆に伝えた。皆、当然ながら、一様に驚いていた。でも、皆が俺に言ってくれた一言は、「リク、話してくれてありがとう。」という温かい言葉だった。
それから、「どっちから告白したの?」「相手は何歳なの?」と、色々質問してくれた。それがとても嬉しかった。変に引いたり、気を遣ったり、そんな風にしなかった彼ら。俺は、彼らと友達になれて良かったと、その瞬間に改めて感じた。
「うん、残念だけど、連絡はもうとっていないんだ。」
「そうなんだ。そういえばその子って、なんて言う名前なんだ?」
「名前は、ルナだよ。」
「へぇ、男の子にしては変わった名前だね。もしかして海外の人?」
唯一、この手の質問は答えに詰まる。異世界云々の話をしようもんなら、流石にひっくり返るだろうしなぁ。
「あー、まぁ海外といえば海外かな…?」
適当にお茶を濁すと、俺は、ビールを一気に体内に注ぎ込んだ。
「ルナっていえば、今日は綺麗な満月だな。」
友人のひとりが空を見上げて言った。
「"ルナっていえば"…ってどういう意味?」
「あ、知らない?月ってスペイン語でルナって言うからさ。」
何気なく言われた友人の一言。静かに月を見上げていたルナの姿が、ふと思い浮かんだ。月明かりの下で歌を唄うルナ。「月が綺麗なのは手の届かない所にあるから」と言ったルナ。それは、月の明るい夜だった。
今も鮮明に覚えている、ルナとの日々。胸がきゅっと苦しくなる。
その時、パッと空が明るくなった。そしてドーンという音が聞こえた。
「お!始まった!」
「やべー!すげぇ綺麗じゃん!!」
「めっちゃよく見える!ナイス場所取りだよ、リク!」
夜空を次々と彩る花火。周りからも歓声があがる。
「花火って…こんなに綺麗だったっけ…」
俺は小さく呟いた。そういえば、花火大会なんて何年ぶりだろう。
美しく夏の夜空に咲く花びらに思いを馳せる。
「ルナと一緒に見たかったな…。」
俺はさらに小さな、誰にも聞き取れないような小さな声で、ひとりごちた。
ルナともっと沢山のことをしたかったし、たくさんのものを見たかったし、たくさんの想いを共有したかった。
俺は、ルナを思って、ただただ花火を見上げた。
その時だった。
『リク、そっちの世界はどう?
僕は元気でやってるよ。
あ、僕ね、ひとつ大人になったんだよ。』
「え、ルナ…?」
ルナの声が聞こえた。聞こえたと言うより、脳に直接響いたような感じだった。俺は、驚いてあたりを見渡した。もちろんルナはいない。でもその声は、すごく鮮明で、聞き間違えとは思えなかった。
それでも、それはほんの一瞬のことで、花火の音と、夏の空に綺麗に咲く花模様に対する歓声に掻き消された。耳をすませても、もうルナの声は聞こえなかった。
ふと、月に目をやって、海に目をやった。うだるように暑い夏の夜。俺は、ルナを想う。
ルナと眺めた海、景色、空気、匂い、全てを思い出しながら。
そして、少し笑うと、また見上げた。
まるで華やかな服に次々と着替えていくような、美しく切ない夏の夜空を。
「リク!お待たせ!」
そう言ってやって来たのは、高校時代の仲良しグループの三人。
「やっと来た。二時間ぼっち待機は辛かったよ。」
俺は、わざと恨めしそうな顔を彼らに向けた。
「わりぃわりぃ!リクの分のビールも買ってきたからさ。お納めくださいな。」
友達のひとりがそう言って、俺にビールを差し出してくれた。
冷えた無機質な缶を受け取る。ひんやりとした感触が気持ち良かった。
夏の夜。俺は、高校時代の仲間達と海辺の花火大会に来ていた。
オンラインゲームで負けた俺は、罰ゲームとして二時間前から場所取りをさせられた。
ブルールシートの上で屋台の唐揚げを肴にレモンサワーを嗜みながら、彼らが来るのを首を長くして待っていた。今日は猛暑日で、そんな中ひたすら待つのは苦行だった。
薄暗くなった夏の夜空。目の前に広がる紺碧の海。風も少なく、今日はなかなかの花火日和だ。
「はい、KPー!」
ブルーシートの上で乾杯する。
「夏に外で飲むビールは格別だな!」
「そんなこと言って、お前毎日飲んでるじゃん。」
「でもこうやって皆で飲めるのは、一人で飲むのとは全然違うしさ!」
「まぁ確かにな!」
そんな会話でワイワイと盛り上がり、まだ花火が始まる前だと言うのに、酒の進みが留まるところを知らない。てか、こいつら、随分買い込んだな…。
花火が始まる五分前くらには、みんなそれなりにほろ酔い状態になっていた。
「そういえばさ、この前の飲み会で言っていたリクの好きな人、もう連絡とか取ってないの?」
友人の一人が言った。
以前、飲み会の場で、俺はルナの話をした。初めて、自分が同性愛者だということを皆に伝えた。皆、当然ながら、一様に驚いていた。でも、皆が俺に言ってくれた一言は、「リク、話してくれてありがとう。」という温かい言葉だった。
それから、「どっちから告白したの?」「相手は何歳なの?」と、色々質問してくれた。それがとても嬉しかった。変に引いたり、気を遣ったり、そんな風にしなかった彼ら。俺は、彼らと友達になれて良かったと、その瞬間に改めて感じた。
「うん、残念だけど、連絡はもうとっていないんだ。」
「そうなんだ。そういえばその子って、なんて言う名前なんだ?」
「名前は、ルナだよ。」
「へぇ、男の子にしては変わった名前だね。もしかして海外の人?」
唯一、この手の質問は答えに詰まる。異世界云々の話をしようもんなら、流石にひっくり返るだろうしなぁ。
「あー、まぁ海外といえば海外かな…?」
適当にお茶を濁すと、俺は、ビールを一気に体内に注ぎ込んだ。
「ルナっていえば、今日は綺麗な満月だな。」
友人のひとりが空を見上げて言った。
「"ルナっていえば"…ってどういう意味?」
「あ、知らない?月ってスペイン語でルナって言うからさ。」
何気なく言われた友人の一言。静かに月を見上げていたルナの姿が、ふと思い浮かんだ。月明かりの下で歌を唄うルナ。「月が綺麗なのは手の届かない所にあるから」と言ったルナ。それは、月の明るい夜だった。
今も鮮明に覚えている、ルナとの日々。胸がきゅっと苦しくなる。
その時、パッと空が明るくなった。そしてドーンという音が聞こえた。
「お!始まった!」
「やべー!すげぇ綺麗じゃん!!」
「めっちゃよく見える!ナイス場所取りだよ、リク!」
夜空を次々と彩る花火。周りからも歓声があがる。
「花火って…こんなに綺麗だったっけ…」
俺は小さく呟いた。そういえば、花火大会なんて何年ぶりだろう。
美しく夏の夜空に咲く花びらに思いを馳せる。
「ルナと一緒に見たかったな…。」
俺はさらに小さな、誰にも聞き取れないような小さな声で、ひとりごちた。
ルナともっと沢山のことをしたかったし、たくさんのものを見たかったし、たくさんの想いを共有したかった。
俺は、ルナを思って、ただただ花火を見上げた。
その時だった。
『リク、そっちの世界はどう?
僕は元気でやってるよ。
あ、僕ね、ひとつ大人になったんだよ。』
「え、ルナ…?」
ルナの声が聞こえた。聞こえたと言うより、脳に直接響いたような感じだった。俺は、驚いてあたりを見渡した。もちろんルナはいない。でもその声は、すごく鮮明で、聞き間違えとは思えなかった。
それでも、それはほんの一瞬のことで、花火の音と、夏の空に綺麗に咲く花模様に対する歓声に掻き消された。耳をすませても、もうルナの声は聞こえなかった。
ふと、月に目をやって、海に目をやった。うだるように暑い夏の夜。俺は、ルナを想う。
ルナと眺めた海、景色、空気、匂い、全てを思い出しながら。
そして、少し笑うと、また見上げた。
まるで華やかな服に次々と着替えていくような、美しく切ない夏の夜空を。
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