レモネードのように。

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砂時計の秘密

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ルナが何か考え込むような顔をして部屋を出たかと思うと、暫くしておじいちゃんを連れて戻ってきた。

何事かと思い固まる俺をよそに、おじいちゃんは砂時計を見て「やはりそうか」と、何かを察したように呟くと、ぽつぽつと話し始めた。

「この砂時計は、昔、海で拾ったものなんだ。逆さまにしても、振っても、砂は流れず、壊れていると思った。捨てようと思ったが、砂の色が綺麗で、捨てられなくてな。何となく家に持ち帰ったんだ。」

おじいちゃんは俺の正面に座り、話を続けた。

「今から話すのは、このお店を始めた時の話だから、もう20年以上も前の事になる。リク君と同じように異世界からやってきた青年がいたんだ。」

初めてこの世界に来た時に、前にも同じような人がいたと言っていたことを思い出した。でも何故、今、急にその話を…?

「その青年は、元の世界で喫茶店を経営していたが、赤字が続いて店が潰れてしまったらしい。借金にまみれ、夢に挫折し、絶望し、死んでしまいたいとすら思う程苦悩し、気付いたらこの世界に来ていた。」

俺は、息を飲んで話の続きを待つ。ルナは、なぜか青白い顔をして、おじいちゃんの隣で小さくなっていた。

「リク君と同じように砂浜で仰向けに倒れていた彼を見つけ、話を聞いた時は驚いた。異世界から来たなんて与太話、信じられやしない。だが、彼は、素直な目をしていた。そして、自分のやりたいことを、一からやり直したいと言っていた。調度、店を始めようとしていたものの経営知識の乏しかった当時の私は、彼の知見を借りて、店の立ち上げを手伝ってもらった。」

おじいちゃんは一息ついて、続けた。

「彼のおかげで、このスノースマイルは開店から非常に評判が良く、順調に営業を始めることが出来た。私は彼に感謝したし、彼も毎日充実しているようだった。数週間経ったある日、元の世界が気になると言い出した。家族や友達はどうしているだろうかと。それに、元の世界でもう一度やり直したい、という想いが芽生え始めたらしい。その話を聞いた時、調度、近くに砂時計を置いていた。だから、その瞬間を見ることが出来た。突然、砂が流れ始めたんだ。」

「それって…。」

俺は、なんとなく話の結末を察してしまった。

「そう。砂時計が流れ始めるのは、元の世界に戻る時間が来たという合図。その青年は、ある日、突然姿を消した。その時、砂時計の砂は落ち切っていた。その後は砂時計を揺すっても砂は動かない。元の壊れた状態に戻った。」

嘘だと思いたかった。しかし、その青年の状況と今の状況が酷似していて、真実味を感じてしまう。全身が震え始めるのを感じた。

「そして、今回のリク君の事で確信を持った。砂時計が流れ始める契機となるのは、元の世界の事を心配し始めた瞬間なんだ。その想いを感じ取り、砂時計は動き始める。」

「…いつなの?」

黙りこくっていたルナが口を開いた。

「何がだ?」

おじいちゃんが聞き返す。

「砂時計の砂、落ち切るのって…いつなの?」

ルナが声を震わせて聞いた。それは、俺も聞こうと思っていたことだ。

「その青年が居なくなったのは、砂時計が流れ始めてから約35時間後だった。」

「35時間…約1日半…」

俺は絶句した。今さっき流れ始めたのならば、あさっての朝には元の世界に戻されるということだ。

それはすなわち、ルナと過ごせるのはあと1日半しか…

するとルナがおもむろに立ち上がり、砂時計を逆さまにした。不思議なことに、砂は重力に逆らって、上へと流れていく。一体どうなっているんだ。まるで逆再生の動画を見ているようだ。

ルナは砂時計を乱暴に振った。それでも、砂時計は何も変わらず一定の速度でサラサラと流れていく。

静かな部屋に雨音だけが響く。

「しょうがないよね。」

ルナがこっちを向いて、静かに言った。

「リクは元々こっちの世界の人じゃないんだから…。いつか帰る日が来るのは当たり前の事だよね。」

ルナの、泣き出しそうなのを堪えて無理して作った笑顔。俺は直視出来なかった。胸が、握りつぶされたかのように痛かった。
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