明日も君が笑顔でいるために。

はる

文字の大きさ
上 下
20 / 27

とある休日

しおりを挟む
とある休日、シメサクは葵の家に招待される事になった。

葵が家でよくシメサクの話をしており、葵のおばあちゃんがシメサクに会いたいと言っていた事がきっかけだった。

シメサクは、自分がどんな風に話されているのだろうと一抹の不安を抱えつつ、葵の最寄りの駅で待ち合わせし、葵の家にお邪魔した。

「お、お邪魔します…。」

シメサクは恐る恐る中に入る。

「そんなに緊張しなくていいのに。」

葵は、クスッと笑って言った。

「そうは言っても…。あ、初めまして!」

葵のおばあちゃんが杖をつきながらゆっくりと出てきたのを見て、シメサクは頭を下げた。

「おばあちゃん、こちらがいつも話してる、七五三掛朔也さん。24歳。」と、葵がシメサクを紹介する。

「年は別に言わなくていいだろ…。」

シメサクはボソッと葵に耳打ちした。

「朔也さん、葵からお話をよく伺っていますよ。わざわざご足労頂いてありがとうね。」

葵のおばあちゃんは優しそうな声でそう言った。

「あ、いえ。こちらこそご招待頂いて、ありがとうございます。これ、もし良かったら。」と、シメサクは恐縮しながらも手土産を手渡した。

「まぁ、わざわざすいませんねぇ。そんなに固くならずに、お上がり下さいな。葵、ご飯温めるの手伝っておくれ。」

おばあちゃんは、そう言うと中に入って行った。

シメサクは、優しそうなおばあちゃんだな、と思った。

「僕とおばあちゃんとでご飯作ったんだ。普段、余ったコンビニ弁当ばっかりでしょ?沢山食べてね。あ、あと、お母さんは今日お仕事でいないから。」

葵は、そう言うと急かすようにシメサクの手を引いた。手が触れるだけでドキッとしているシメサクの心情など、葵は露知らずの様子だった。

「うわ、すげえ。」

ご馳走がズラっと並べられたテーブルを見て、シメサクは、感嘆の声を上げた。

「朔也さん、沢山食べていって下さいな。」

「ありがとうございます。葵にお腹を空かせて来るように言われていたのでもう腹ぺこで。頂きます!」

シメサクは有難くご馳走を頂いた。

「おいしい?」

「おう、めっちゃ上手い!葵、やっぱり凄いな。」

 シメサクが言うと、葵は照れ笑いを浮かべた。

「あらあら、いい食べっぷりね。」

おばあちゃんにそう言われ、シメサクは少し恥ずかしくなった。

「すいません。あまりに美味しくてつい。」

「あら、何を謝ることがあるの?葵も見習いなさい。この子は少食で背もなかなか伸びないから、心配で…。」

「おばあちゃん、やめてよ。」

葵は、恥ずかしそうにモジモジとした。

笑顔の葵も可愛いけど、恥ずかしがり屋なところも可愛くて、シメサクはついついニヤけて見てしまう。

「サク、何笑ってるの?」

「はは、なんでもない。」

そんな2人のやりとりをおばあちゃんは嬉しそうに眺めていた。

「葵っていう名前、私が付けたんですよ。」とおばあちゃんが言った。

「そうなんですか?」

「ええ。私、碧(みどり)という名前なんですけどね、私の母、オーラが視える人だったんですよ。その母が、私のオーラは緑色だと言って、その名を付けたのだそうですよ。」

「お、オーラ…ですか?」

「不思議でしょう。人間誰しも背中の辺りから薄くオーラを纏っているのですよ。そのオーラの色は、その人の性格を表している。にわかに信じ難いでしょうけど。実は、私も視えるんですよ。葵が産まれた時、とても青く澄んだ色のオーラが視えてね。名前をどうするかで言い争う両親に変わって、私が”葵”と命名したんですよ。」

スピリチュアル的なものに無縁なシメサクには不思議な話だったが、葵の名前の由来を知る事が出来、葵の事をまた一つ知れた事を嬉しく感じた。

「ちなみに、僕には視えないよ。だから、おばあちゃんが言うことイマイチ信じられないんだよね。」

「まぁ、生意気な子だね。」

おばあちゃんは笑いながら言った。葵は、家ではいつもより少し生意気で、いつもより少し良く喋る。葵の新しい事を沢山知ることが出来、シメサクは嬉しさが顔に出てしまいそうになり、誤魔化す為にご飯をかきこむ。

「朔也さんのオーラはオレンジ色ですよ。」

「え、そうなんですか?」

「えぇ。オレンジ色は珍しいのよ。自分の事よりも人の世話を妬いてしまうような、そんな温かい人が持つオーラですからね。朔也さんの人柄を見て納得しましたよ。」

おばあちゃんは、顔が皺でいっぱいになるほどの笑顔を浮かべて言った。

その笑顔は、どことなく葵に似ていて、思わずシメサクも笑顔になった。

その後も3人で色々な話をし、沢山料理を食べた。

葵がトイレに行っている時に、おばあちゃんが「朔也さん、いつも葵の事、ありがとうございます。」と言った。

「そんな…!僕は何もしていませんよ。」 

シメサクは、恐縮して言った。

「いえいえ、朔也さんのお陰だと今日確信しましたよ。コンビニのアルバイトを始めてからは、なんだか毎日楽しそうなんですよ、あの子。前のアルバイトをしている時は何だかすごく辛そうで、何の仕事をしているのかと聞くと本屋だって言うのだけど、本当かしらって思っていたのよ。」

シメサクが何も言わずに黙って聞いていると、おばあちゃんは話を続けた。

「離婚する前、あの子の両親は言い争いが耐えなくて、葵もきっと辛い思いをしていましたよ。それまでは明るい子だったのに、めっきり笑う事が減ってしまって。離婚してからは益々そう。可哀想に。おばあちゃんがもっと早くに気付いてあげられればねぇ…。」

後半は、その場にいない葵に話しかけるような口調だった。葵の事を想うとシメサクも目頭が熱くなり、言葉が出なかった。

「でもね、最近は少しずつ笑顔が増えてね。朔也さんのお話をよくするから、一度会ってみたいと思っていたの。一目見てすぐにわかりましたよ。朔也さん、本当に貴方のお陰ですよ。葵のこと、これからもよろしくお願いしますね。」

「僕の方こそ、葵と出逢えた事を嬉しく思っています。僕なんて何の取り柄もない、頼りない男ですけど…。」

「あら、何の取り柄もないだなんて、ご謙遜なさらないで。何か目指しているものや目標があって悩んでいる事があるのなら、言葉にすると良いですよ。言霊を信じてみてくださいな。」

おばあちゃんの言葉にシメサクは心が打たれっぱなしだった。

帰りの身支度をしたシメサクは玄関先でおばあちゃんに挨拶をした。

「お邪魔しました。ご馳走様でした。」

「いえいえ。また来てくださいね。」

おばあちゃんはそう言うと、優しそうな笑顔を見せてくれた。やっぱり笑顔が葵に似ているなとシメサクは感じた。

「僕、駅まで送ってくるね。」と葵が言うと、「はい、いってらっしゃい。」とおばあちゃんが手を振った。


家を出た2人は駅までの道を並んで歩く。

梅雨が明けて、夜でも半袖で過ごせるくらい温かく、季節の変わり目の柔らかい風が頬を切る。

「今日は、マジでありがとうな。」

「こちらこそ、わざわざありがとう。おばあちゃん喜んでたみたい。」

「そっか、よかった。」

「ねぇ、僕がトイレ行ってる時、何か話し込んでたでしょ?何の話してたの?」

「あー、秘密。」

シメサクが言うと、葵は、「えー」と唇を尖らせた。その様子が可愛くて、日に日に大きくなる胸の音が聞こえないように、当たりをキョロキョロ見渡して話題を探した。

ふと空を見上げると、大きな満月が浮かんでいた。

「月が綺麗だな。」

シメサクは、何気なく言った。

「え…?」

すると、葵が立ち止まり、驚いた様な表情でシメサクを見た。

「え?」

今度はシメサクが聞き返した。

「あ、違うよね。ごめん。」

「なんだよ。葵、なんか顔赤いよ?」

妙に顔を赤らめた葵を見てシメサクが問いかけると、葵は更に顔を赤らめた。

「えっと、ついこの間、学校の友達がね、"月が綺麗ですね"って"あなたが好きです"っていう意味なんだって言ってて。夏目漱石が言った台詞らしいんだけど。ごめんね、なんかそれ思い出しちゃっただけ!ごめん!」

最後の方は早口になり、"ごめん"を2回繰り返し、葵は足早に歩き始めた。

『えぇ!?そうなの!?月が綺麗ですねって告白の言葉なの!?知らねーよ、そんなの!』とシメサクは心の中で叫びながらパニックになった。なんだかお互い急激に気まずくなってしまってしまい、無言のまま駅に着くとぎこちなく解散した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうして、こうなった?

yoyo
BL
新社会として入社した会社の上司に嫌がらせをされて、久しぶりに会った友達の家で、おねしょしてしまう話です。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

処理中です...