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青春 9
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「人間って、そんなに偉いのか?」
「は?」
いつもの教室。
龍がまた、変なことを言い出した。
「いや、だから、人間って偉いの?」
「いや、知らんけど......まぁ、蟻よりは偉いんじゃないのか?」
昼休みの教室は騒々しい。
「潤は本当にそう思うのか?」
「まあ、蟻よりは偉いんじゃないか」
私がそう言うと、龍は勝ち誇った様な顔をして、ゆっくりと頷く。
「それは違う。なぜなら、人間は蟻となんら変わらない存在なんだよ、潤!」
龍は至って真面目である。
「じゃ、一応、反論させてもらうが、人間は蟻とは違って、感情がある。それから、理性的な行動もするし、抽象的な創造もすることが出来る。さらに上げるとキリが無い。それでも、龍は人間と蟻が同じだって言うのかい?」
龍は少し顔を歪めたが、何とは無しに、自分の意見の肯定に取り掛かる。
「あぁ、同じだ。まず、猫を取り上げて考えれば分かることだ」
「なんで猫が出てくるんだよ」
「まぁ、猫でも犬でも何でもいいんだ。だから、そこの所は気にしないでくれ」
急に登場した猫によって、少しばかり頭が混乱している所に、龍は間髪入れずに話を続ける。
「猫の毛皮や、表皮には、微生物がたくさん付着している。さらに、微生物よりも一回り大きい、ダニや、ノミも付いている。つまり、何が言いたいかと言うと、猫という動物に対して、付随する生物がいるということ」
男子生徒が廊下を走っていくのが見えた。
「それで、次に猫を別のものに入れ替えて考えてみる」
「何に入れ換えるんだ?」
「地球」
もう一度言うが、
龍は至って真面目である。
「いいか、潤。俺が思うのは、地球規模で考えてみると、人間も、蟻も、地球に付随する、只のちっぽけな存在なんじゃないのか?っていうこと」
龍は、とても勝ち誇った顔をしているが、論戦で負けのは、龍なのである。
まず、龍は論の立て方が間違っていた。
「まず、龍の見解は置いておくとして、そもそも、論の立て方が間違ってる」
「なんで~」
「何がなんでも...そもそも最初の質問の時に、どちらが偉いのかじゃなくて、人間と蟻の存在意義について問わなきゃならないんじゃないのか。龍の意見だと、偉くても、偉く無くても、結局は、地球に付随する物として人間と蟻を捉えてしまう。だから、人間と蟻のどちらかが、偉いのかという事と、地球に付随する物としての側面の人間と蟻とは、全く関係がないっていうこと」
龍は、少しばかり俯いて、ため息交じりのような声で、「降参だよ」と言った。
「俺の論の立て方に不備があったことは認めるよ。でも、俺の地球に付随する物としての見解についてはどう思う、潤?」
「それ自体はあってると思う。なんせ、言葉の通りの事実だからな。でも、そういうマクロな視点で物事を見ると、人間なんてちっぽけな存在なんだって思ったりもするよな」
「人生って何?」
私が同調したのも無視して、龍は、遂に、人間としての永遠のテーマというか、絶対たどり着くことのできない迷宮の門を開いてしまった。
これ以上の小難しい話は、脳が拒否るので、龍が開けた門を丁寧に閉める。
「龍、人生に意味なんて無いぞ」
「潤は本当にそう思うのか?」
そう言われると、簡単には「うん!」とは言われないのが中学一年生であった。
口ごもっていると、龍が遠くを見つめながら、またも問いかける。
「そしたら、なんで生まれてきたんだ?」
「うーーん、わからん。俺も、わからん」
沈黙が続く。
龍が、鼻から息を大きく吸う。
何か、突拍子も無いことを言い出す前兆である。
「俺は、子供を産まない」
予想をはるかに上回る発言であった。
「また、なんでそんなこと言うんだ」
「俺は、俺が女の人と結婚して、その間に生まれる子供が、可哀想でならないからだよ」
校庭で遊んでいた男子生徒が、駆け足で教室に駆け込んでくる。
「だって、そうだろ。多分、俺の子供は、俺みたいな子供時代を過ごして、俺みたいな人間になっていくんだ。なんて言ったって、幼少期に接する時間が一番長いのは親だからな。そうして、俺みたいな人生を過ごすのは、あんまりにも可哀想だろ?ましてや、こんな利己的な個人によって形成される地球という、混沌とした世界に、子供を生み落すなんてことは、俺には出来ないんだ。俺は、子供を生み落すなんて出来ない」
暫くの沈黙が続き、私が言葉を発しようとした時、
「なに話してんの?また二人で、暗い顔して」
美月さんが訪れたことにより、会話は強制終了される。
「潤、窓開けるの手伝って」
「おう」
「それで、二人とも何話してたの?」
「龍が、子供を産む気でいたんだって」
「え!キモ!何言ってんの!?」
「いや、違う、違う!俺は、子供は要らないって言っただけで、俺が産むとは言ってないぞ、潤!」
「いや、言っただろ。深刻そうな顔して、『俺は、子供を生み落すなんて出来ない』って」
「龍、キモ......」
「違うんです、違うんです、美月さん、違うんです」
龍の、子供を産まないという問題については、真理は測れなかったが、こんな他愛のない日常が妙に輝きを取り戻しては、頭の中を去来する。
あの頃はまだ、自分は特別な存在なんだという根拠の無い確信があった。その確信は、中二病なんかと揶揄され、大人になるに連れ、自意識のうちに埋没されていく。
なぜ、それを埋没させる意味があるのか?
恥ずかしいから?
だとしたら、こう考えたら、
自分は特別な存在であると考えるか、それとも、大きなものの内の一つと考えるか、どちらが愉快であるか?
あの時の自信が少しだけ欲しい。
「は?」
いつもの教室。
龍がまた、変なことを言い出した。
「いや、だから、人間って偉いの?」
「いや、知らんけど......まぁ、蟻よりは偉いんじゃないのか?」
昼休みの教室は騒々しい。
「潤は本当にそう思うのか?」
「まあ、蟻よりは偉いんじゃないか」
私がそう言うと、龍は勝ち誇った様な顔をして、ゆっくりと頷く。
「それは違う。なぜなら、人間は蟻となんら変わらない存在なんだよ、潤!」
龍は至って真面目である。
「じゃ、一応、反論させてもらうが、人間は蟻とは違って、感情がある。それから、理性的な行動もするし、抽象的な創造もすることが出来る。さらに上げるとキリが無い。それでも、龍は人間と蟻が同じだって言うのかい?」
龍は少し顔を歪めたが、何とは無しに、自分の意見の肯定に取り掛かる。
「あぁ、同じだ。まず、猫を取り上げて考えれば分かることだ」
「なんで猫が出てくるんだよ」
「まぁ、猫でも犬でも何でもいいんだ。だから、そこの所は気にしないでくれ」
急に登場した猫によって、少しばかり頭が混乱している所に、龍は間髪入れずに話を続ける。
「猫の毛皮や、表皮には、微生物がたくさん付着している。さらに、微生物よりも一回り大きい、ダニや、ノミも付いている。つまり、何が言いたいかと言うと、猫という動物に対して、付随する生物がいるということ」
男子生徒が廊下を走っていくのが見えた。
「それで、次に猫を別のものに入れ替えて考えてみる」
「何に入れ換えるんだ?」
「地球」
もう一度言うが、
龍は至って真面目である。
「いいか、潤。俺が思うのは、地球規模で考えてみると、人間も、蟻も、地球に付随する、只のちっぽけな存在なんじゃないのか?っていうこと」
龍は、とても勝ち誇った顔をしているが、論戦で負けのは、龍なのである。
まず、龍は論の立て方が間違っていた。
「まず、龍の見解は置いておくとして、そもそも、論の立て方が間違ってる」
「なんで~」
「何がなんでも...そもそも最初の質問の時に、どちらが偉いのかじゃなくて、人間と蟻の存在意義について問わなきゃならないんじゃないのか。龍の意見だと、偉くても、偉く無くても、結局は、地球に付随する物として人間と蟻を捉えてしまう。だから、人間と蟻のどちらかが、偉いのかという事と、地球に付随する物としての側面の人間と蟻とは、全く関係がないっていうこと」
龍は、少しばかり俯いて、ため息交じりのような声で、「降参だよ」と言った。
「俺の論の立て方に不備があったことは認めるよ。でも、俺の地球に付随する物としての見解についてはどう思う、潤?」
「それ自体はあってると思う。なんせ、言葉の通りの事実だからな。でも、そういうマクロな視点で物事を見ると、人間なんてちっぽけな存在なんだって思ったりもするよな」
「人生って何?」
私が同調したのも無視して、龍は、遂に、人間としての永遠のテーマというか、絶対たどり着くことのできない迷宮の門を開いてしまった。
これ以上の小難しい話は、脳が拒否るので、龍が開けた門を丁寧に閉める。
「龍、人生に意味なんて無いぞ」
「潤は本当にそう思うのか?」
そう言われると、簡単には「うん!」とは言われないのが中学一年生であった。
口ごもっていると、龍が遠くを見つめながら、またも問いかける。
「そしたら、なんで生まれてきたんだ?」
「うーーん、わからん。俺も、わからん」
沈黙が続く。
龍が、鼻から息を大きく吸う。
何か、突拍子も無いことを言い出す前兆である。
「俺は、子供を産まない」
予想をはるかに上回る発言であった。
「また、なんでそんなこと言うんだ」
「俺は、俺が女の人と結婚して、その間に生まれる子供が、可哀想でならないからだよ」
校庭で遊んでいた男子生徒が、駆け足で教室に駆け込んでくる。
「だって、そうだろ。多分、俺の子供は、俺みたいな子供時代を過ごして、俺みたいな人間になっていくんだ。なんて言ったって、幼少期に接する時間が一番長いのは親だからな。そうして、俺みたいな人生を過ごすのは、あんまりにも可哀想だろ?ましてや、こんな利己的な個人によって形成される地球という、混沌とした世界に、子供を生み落すなんてことは、俺には出来ないんだ。俺は、子供を生み落すなんて出来ない」
暫くの沈黙が続き、私が言葉を発しようとした時、
「なに話してんの?また二人で、暗い顔して」
美月さんが訪れたことにより、会話は強制終了される。
「潤、窓開けるの手伝って」
「おう」
「それで、二人とも何話してたの?」
「龍が、子供を産む気でいたんだって」
「え!キモ!何言ってんの!?」
「いや、違う、違う!俺は、子供は要らないって言っただけで、俺が産むとは言ってないぞ、潤!」
「いや、言っただろ。深刻そうな顔して、『俺は、子供を生み落すなんて出来ない』って」
「龍、キモ......」
「違うんです、違うんです、美月さん、違うんです」
龍の、子供を産まないという問題については、真理は測れなかったが、こんな他愛のない日常が妙に輝きを取り戻しては、頭の中を去来する。
あの頃はまだ、自分は特別な存在なんだという根拠の無い確信があった。その確信は、中二病なんかと揶揄され、大人になるに連れ、自意識のうちに埋没されていく。
なぜ、それを埋没させる意味があるのか?
恥ずかしいから?
だとしたら、こう考えたら、
自分は特別な存在であると考えるか、それとも、大きなものの内の一つと考えるか、どちらが愉快であるか?
あの時の自信が少しだけ欲しい。
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