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<ご案内>登場人物ゆかりの場所など
登場人物ゆかりの場所と引用をひとつ
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このお話の登場人物ゆかりの場所を大まかにご案内いたします。私は柳川にしか行けませんでしたので、他が今一つ詳細ではないです。ご容赦ください。
ひとつだけ、読むかたのお心に留めていただきたいことがあります。下記には、2016年の熊本地震で被災した遺構が少なくありません。熊本城は復興プロジェクトが進められていますが、他はあまり目を向けられていないように思います。
私が目にしたのは三柱神社だけですが、被災していました。足手荒神もかなり壊れていて、いずれも修復するのに時間がかかっているようです。
肥後(熊本)には、私が思い浮かぶだけでもいくつもの災禍があります。
ひとつは、今回のお話の国人一揆。ふたつは水俣病。熊本弁の参考用に石牟礼道子さんの「苦海浄土」を再読しましたが、逆に読み耽ってしまいました。
そしてみっつめは、昨年の熊本県から大分県にかけての地震です。そんなことを思いながら、阿蘇の噴火について、本文中にもいくつか入れました。
それらもお心に留めていただけますと幸いです。
■肥後の国人に関連した場所
・隈部館跡(熊本県山鹿市)
・隈部親永像(熊本県山鹿市)
・隈部神社(熊本県山鹿市)
隈部氏の遺構は山鹿に集まっています。隈部親永像は県内で加藤清正像に次ぐ大きさだとのことです。
・隈本城跡(熊本市)
元は城(じょう)氏の居城で、佐々成政が入った城です。場所は変わっていますが、加藤家、細川家と代々の大名が破却することなく残しました。古城と呼ばれています。熊本城公園の一角にあります。
・足手荒神(益城郡六嘉村)
隈本城に攻め入った甲斐宗立(そうりゅう)を祀っています。正式には甲斐神社といいます。本文でも書いた通り、生きたまま手足を切り落とされ非業の死を遂げたことから、手足の神様になりました。
■立花家にまつわる場所
・柳川城趾(福岡県柳川市)
天正から関ヶ原まで、また元和から江戸時代を通じて立花家が治めました。
・三柱神社(福岡県柳川市)
後の創建になりますが、立花道雪、宗茂、ぎんの三人を祀った神社です。広くてきれいです。ただ、放火によって社殿が焼けてしまったのを修復していました。それに加えて、熊本地震でも被災しています。
・耳の神様(熊本県三加和町)
本文にも出てくる、由布大炊助を祀っています。耳が不自由なために仲間の制止を聞くことができず、討ち死にしたことから耳の神様になりました。
・柳河藩下屋敷(東京都台東区)
浅草の鳥越にありました。
江戸名所図会などで確認できます。
・御花(福岡県柳川市)
ここは柳河城の一角だった場所で、立花家の洋館などを一般に開放しています。宗茂の甲冑や兜も展示しています。
またここは、柳川に行った人がほとんど乗船するであろう、有名な川下り発着点の近くです。私は舟に乗る余裕はありませんでしたが、風情がある素敵な風景でした。
■隈部親永と家臣・近習終焉の地
すでにご紹介しましたが、「黒門の戦い」の場所。柳河城黒門をくぐってすぐです。今の「黒門橋」の辺りです。門などはありません。
「黒門の戦い」の碑が橋のすぐ近くにあります。
熊本に取材に行けなかったので、さらっとしていてすみません。いつかリベンジします。
■
今回のお話を書くのに多くを頼った「清和源氏隈部家代々物語」(隈部親養著)から孫引きながらひとつ引用して、このお話を締めたいと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今昔の歌『肥後琵琶』
熊本日日新聞 昭和34年2月14日
高群逸枝※氏稿
柄の長いかなり大きな琵琶を肩から斜めに背負った、目の不自由な法師が、おくさんか、娘に杖にひかれて、夕べの村境の道を、ほかの村へと消えていく、わびしい姿を、いまの人は知っているだろうか、明治時代までは、この姿が肥後一円に見られ、かれらは家の軒先や人のたまり場で肥後琵琶を語って、いくらかの報酬を得て渡り歩いていた。こうした琵琶法師が肥後一円に流し、そして歓迎を受けていたらしい語り物に『隈部但馬守親永』を主題とした一編があった。
私の外祖母、隈部氏は大津山氏に嫁していたが、琵琶法師が見えるとこの物語を聞かされるのをきらって、逃げ隠れしていたという。それはこの物語が主家への反逆者としての大変な悪党に但馬守をしていたからだった。
佐々成政や加藤清正の熊本入城の頃、肥後には52人衆とかいう土豪連盟があって大活躍をしていたらしく、隈部但馬守というのはその総帥格だったらしい。この人のことは隈部の大叔父も話していたし、守富で父が買い入れた、『肥後文献叢書』で読んだこともある。
近世の征服者たちが、国内鎮圧のために、肥後琵琶を利用して、この物語を肥後一円に流布し、その結果、子孫にまで押し付けたのだと話して聞かされたという真偽は、もちろん私には分からない。そういう土豪たちが、外来支配者の上からの統制に反抗するのに対して、親近感を持つ農民も少なくなかった事だろう。だから支配者にしてみれば、こうした琵琶政策などもかならずしも考えられないことでもなかったろう。
私は隈部姓につながる一人であるところから、この話には若干の興味があるとともに、歴史家としては、これらの土豪連が勝っていたら、あるいは手に負えないデスポディズムが出現したかもしれないが、また外来者に征服された肥後とはならなかったかもしれないと思う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(抜粋、表記を改めた部分があります)
平塚らいちょう、高群逸枝、伊藤野枝といえば『青鞜』の三大巨頭でしたね。あ、それも書き出すときりがありません。野枝さんは確か福岡のご出身です。高群さんのプロフィルだけ最後にご紹介しておきます。
昭和は遠くなりました。『青鞜』の大正デモクラシーはもっと遠くなりましたし、戦国ははるか彼方です。
でも、どんなに遠くてもすべてはつながっています。過去に、未来に。
それを手繰り寄せてつなぐことができるかというのが、歴史を研究したり書くのに必要な資質のひとつだと思います。
お目通しくださって、ありがとうございました。大好きです。
おがたさわ
※高群逸枝
たかむれいつえ
[1894―1964]
女性史研究家。文筆と婦人解放運動に活躍後、後半生は在野の研究者として日本の婚姻史・女性史の研究に没入し、正統派の歴史学および柳田国男(やなぎたくにお)の婚姻史における盲点ないし弱点を鋭くついた。明治27年1月18日熊本県に生まれる。県立熊本師範学校と私立熊本女学校を中途退学、女工と代用教員の生活を経てから、5か月にわたる苦難の四国遍路の巡礼記を『九州日日新聞』に連載して、多感な文才を認められた。新聞投稿の詩が認められて上京、詩・小説・評論に才筆を振るい、平塚らいてうらの婦人解放運動に加わって活躍したが、運動に飽き足らないで女性史の研究を始めた。膨大な古い系譜をはじめとして、古代史・中世史の史・資料を網羅的に集め、その克明な解読を通して、主著『母系制の研究』(1938)、『招婿(しょうせい)婚の研究』(1953)を著した。『女性の歴史』全4巻(1954~1958)は日本女性史をイデオロギーから離れて最初に体系化した労作である。昭和39年6月7日没。没後、自伝『火の国の女の日記』(1965)が刊行された。
(小学館百科プラスより引用)
ひとつだけ、読むかたのお心に留めていただきたいことがあります。下記には、2016年の熊本地震で被災した遺構が少なくありません。熊本城は復興プロジェクトが進められていますが、他はあまり目を向けられていないように思います。
私が目にしたのは三柱神社だけですが、被災していました。足手荒神もかなり壊れていて、いずれも修復するのに時間がかかっているようです。
肥後(熊本)には、私が思い浮かぶだけでもいくつもの災禍があります。
ひとつは、今回のお話の国人一揆。ふたつは水俣病。熊本弁の参考用に石牟礼道子さんの「苦海浄土」を再読しましたが、逆に読み耽ってしまいました。
そしてみっつめは、昨年の熊本県から大分県にかけての地震です。そんなことを思いながら、阿蘇の噴火について、本文中にもいくつか入れました。
それらもお心に留めていただけますと幸いです。
■肥後の国人に関連した場所
・隈部館跡(熊本県山鹿市)
・隈部親永像(熊本県山鹿市)
・隈部神社(熊本県山鹿市)
隈部氏の遺構は山鹿に集まっています。隈部親永像は県内で加藤清正像に次ぐ大きさだとのことです。
・隈本城跡(熊本市)
元は城(じょう)氏の居城で、佐々成政が入った城です。場所は変わっていますが、加藤家、細川家と代々の大名が破却することなく残しました。古城と呼ばれています。熊本城公園の一角にあります。
・足手荒神(益城郡六嘉村)
隈本城に攻め入った甲斐宗立(そうりゅう)を祀っています。正式には甲斐神社といいます。本文でも書いた通り、生きたまま手足を切り落とされ非業の死を遂げたことから、手足の神様になりました。
■立花家にまつわる場所
・柳川城趾(福岡県柳川市)
天正から関ヶ原まで、また元和から江戸時代を通じて立花家が治めました。
・三柱神社(福岡県柳川市)
後の創建になりますが、立花道雪、宗茂、ぎんの三人を祀った神社です。広くてきれいです。ただ、放火によって社殿が焼けてしまったのを修復していました。それに加えて、熊本地震でも被災しています。
・耳の神様(熊本県三加和町)
本文にも出てくる、由布大炊助を祀っています。耳が不自由なために仲間の制止を聞くことができず、討ち死にしたことから耳の神様になりました。
・柳河藩下屋敷(東京都台東区)
浅草の鳥越にありました。
江戸名所図会などで確認できます。
・御花(福岡県柳川市)
ここは柳河城の一角だった場所で、立花家の洋館などを一般に開放しています。宗茂の甲冑や兜も展示しています。
またここは、柳川に行った人がほとんど乗船するであろう、有名な川下り発着点の近くです。私は舟に乗る余裕はありませんでしたが、風情がある素敵な風景でした。
■隈部親永と家臣・近習終焉の地
すでにご紹介しましたが、「黒門の戦い」の場所。柳河城黒門をくぐってすぐです。今の「黒門橋」の辺りです。門などはありません。
「黒門の戦い」の碑が橋のすぐ近くにあります。
熊本に取材に行けなかったので、さらっとしていてすみません。いつかリベンジします。
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今回のお話を書くのに多くを頼った「清和源氏隈部家代々物語」(隈部親養著)から孫引きながらひとつ引用して、このお話を締めたいと思います。
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今昔の歌『肥後琵琶』
熊本日日新聞 昭和34年2月14日
高群逸枝※氏稿
柄の長いかなり大きな琵琶を肩から斜めに背負った、目の不自由な法師が、おくさんか、娘に杖にひかれて、夕べの村境の道を、ほかの村へと消えていく、わびしい姿を、いまの人は知っているだろうか、明治時代までは、この姿が肥後一円に見られ、かれらは家の軒先や人のたまり場で肥後琵琶を語って、いくらかの報酬を得て渡り歩いていた。こうした琵琶法師が肥後一円に流し、そして歓迎を受けていたらしい語り物に『隈部但馬守親永』を主題とした一編があった。
私の外祖母、隈部氏は大津山氏に嫁していたが、琵琶法師が見えるとこの物語を聞かされるのをきらって、逃げ隠れしていたという。それはこの物語が主家への反逆者としての大変な悪党に但馬守をしていたからだった。
佐々成政や加藤清正の熊本入城の頃、肥後には52人衆とかいう土豪連盟があって大活躍をしていたらしく、隈部但馬守というのはその総帥格だったらしい。この人のことは隈部の大叔父も話していたし、守富で父が買い入れた、『肥後文献叢書』で読んだこともある。
近世の征服者たちが、国内鎮圧のために、肥後琵琶を利用して、この物語を肥後一円に流布し、その結果、子孫にまで押し付けたのだと話して聞かされたという真偽は、もちろん私には分からない。そういう土豪たちが、外来支配者の上からの統制に反抗するのに対して、親近感を持つ農民も少なくなかった事だろう。だから支配者にしてみれば、こうした琵琶政策などもかならずしも考えられないことでもなかったろう。
私は隈部姓につながる一人であるところから、この話には若干の興味があるとともに、歴史家としては、これらの土豪連が勝っていたら、あるいは手に負えないデスポディズムが出現したかもしれないが、また外来者に征服された肥後とはならなかったかもしれないと思う。
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(抜粋、表記を改めた部分があります)
平塚らいちょう、高群逸枝、伊藤野枝といえば『青鞜』の三大巨頭でしたね。あ、それも書き出すときりがありません。野枝さんは確か福岡のご出身です。高群さんのプロフィルだけ最後にご紹介しておきます。
昭和は遠くなりました。『青鞜』の大正デモクラシーはもっと遠くなりましたし、戦国ははるか彼方です。
でも、どんなに遠くてもすべてはつながっています。過去に、未来に。
それを手繰り寄せてつなぐことができるかというのが、歴史を研究したり書くのに必要な資質のひとつだと思います。
お目通しくださって、ありがとうございました。大好きです。
おがたさわ
※高群逸枝
たかむれいつえ
[1894―1964]
女性史研究家。文筆と婦人解放運動に活躍後、後半生は在野の研究者として日本の婚姻史・女性史の研究に没入し、正統派の歴史学および柳田国男(やなぎたくにお)の婚姻史における盲点ないし弱点を鋭くついた。明治27年1月18日熊本県に生まれる。県立熊本師範学校と私立熊本女学校を中途退学、女工と代用教員の生活を経てから、5か月にわたる苦難の四国遍路の巡礼記を『九州日日新聞』に連載して、多感な文才を認められた。新聞投稿の詩が認められて上京、詩・小説・評論に才筆を振るい、平塚らいてうらの婦人解放運動に加わって活躍したが、運動に飽き足らないで女性史の研究を始めた。膨大な古い系譜をはじめとして、古代史・中世史の史・資料を網羅的に集め、その克明な解読を通して、主著『母系制の研究』(1938)、『招婿(しょうせい)婚の研究』(1953)を著した。『女性の歴史』全4巻(1954~1958)は日本女性史をイデオロギーから離れて最初に体系化した労作である。昭和39年6月7日没。没後、自伝『火の国の女の日記』(1965)が刊行された。
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はじめまして。
私、城村城の近くに住んでおり、神社誌に郷土誌を見ながら地元の史跡などを趣味で調べてます。
まだ、肥後国衆一揆の事まではたどりついていないのですが、非常に躍動感あるお話の流れに興奮いたしました。
こちらは全て史実を基にされた創作ですか?
素晴らしいなぁと、感じております。
山鹿をさるく 様
この度は感想をいただき、ありがとうございます。城氏と隈部氏の城村城のお近くにお住まいの方からいただけるなんて!
このお話の流れ(戦況)は『清和源氏隈部家代々物語』(隈部親養著)から採らせていただいていますが、その元は『肥後國誌』になるようです。そこに、「九州もんなのに九州もんを討たねばならなかった」立花宗茂(左近統虎)と妻ぎんの煩悶を重ねてお話にしました。言葉がうまく書けていないのだけがお恥ずかしい限りです。
残念なことに、私は観光で山鹿に行ったことがあるだけで、書くための取材としては行けませんでした。柳川の「黒門の戦いの碑」も散々探してやっと見つけられたぐらいです。あとがきにも書いていますが、ぜひ機会を作って熊本に伺いたいと思っています。
地元の方に感想をいただけるのは何よりも嬉しく、幸せなことだと思っています。
山鹿をさるく様の今後ますますのご活躍を祈念申し上げます。
おがたさわ
壮絶。ただただ壮絶な物語にございました。史実としての肥後国人一揆は佐々成政切腹くらいしか知らなかったところです。
親永一党ほどのいくさ人を知らなかった我が身の不明を恥じます。当時は臥薪嘗胆の真反対を地で行く愚と嗤う者もいたでしょうが、嗤わせておけばよろしい。
関白の愚かな朝鮮出兵が破綻し、豊臣家が滅び、彼等も多少は気が晴れたかと存じます。
マスケッター様
このたび、とても貴重な感想をいただきましたのに、お礼が遅くなりまして申し訳ありません。
肥後の反乱勃発から「黒門」に至る一連の戦いは、今風に言うなら不断のゲリラ戦です。戦国時代の数ある戦いの中でも、他とは性格の違うものだったと思います。
壮絶な戦いだと私も思いましたので、壮絶と表現してくださったことをとても光栄に思います。
ありがとうございます。
またどうか、ごひいきくださいませ。
マスケッター様の今後ますますのご活躍をお祈りしています。
おがたさわ
いや、おもわずイッキ読みしたたい、実によか話でした。
これは、歴史好きな熊本人ならハマるでしょう(^-^)/
勘違いなら申し訳ありませんが、作者の作品に対するこだわりと云うか愛情を感じました。
自分も最近小説を書き始めた者なんですが、スランプになってあちこち見てまわっていてココにたどり着きました。
この小説を読んで自分のスランプが解消された気分です。
自分も自分の好きな事を書いていこうと思います。
素敵な話をありがとうございます。
Michael様
感想をいただきまして、ありがとうございます。「肥後の春を待ち望む」に感想を下さった初めてのかたです。心にしっかりと刻ませていただきます。すごく嬉しいです。
書く対象のこと、愛してます。じじさまも左近もぎんちゃんも。
Michael様も書かれているのですね。「異世界忍者譚」、私も綾様の一馬のように守ろうとしてくれる方がほしいです(羨ましい)。また、魅力的な若い女性も出てきていますけれど。今後の展開が楽しみです。
九州の、いえ、熊本や鹿児島や大分が出てくるお話はまたじきに書きます。そのときはまたぜひごひいきに。