肥後の春を待ち望む

尾方佐羽

文字の大きさ
上 下
11 / 27
国衆一揆勃発

隈本城、国衆に攻められる 

しおりを挟む
 有働兼元は考えた。頭を使うしかない。

 有働はこの段階で肥後の有力な国衆、菊池香右衛門武宗、甲斐相模守宗立(そうりゅう)に文を託し使者を出した。
 今、佐々成政勢は城村城にかかりきりになっており、自信が居城している隈本城の守りは手薄になっている。隈本城を落としてしまえば、城村城攻めをしている佐々勢も混乱し、われわれの活路も見出せる。もちろん、隈本城が開城した暁には、貴殿らで相談の上決められたら良い、という内容である。

 敵方をかく乱し、他の国衆にも助力を得るために布石を打ったのである。あのふたりがついてくれれば鬼に金棒だ。
 有働兼元は武力、知力ともにすぐれたものを持っている。軍師とは呼ばれていないものの、実質は相応の、もしくはそれ以上の能力を持っているといえよう。もとより、親永が隈府城に籠城を決めた頃から、肥後の有力な領主と情報をやりとりし、下地を整えていた可能性も高い。でなければ、これほど迅速に国衆が動くことは考えづらいからである。そこが地の利というものである。

 肥後の反乱はこの後広がっていくが、その起爆剤は有働のこの一手だった。
 親泰はかれの案を素直に賞賛し、文には自身も筆を起こした。

 結果、菊池と甲斐二人は有働の案にすぐに反応した。
 郎党を集め、佐々勢が出陣した後、手薄な隈本城攻めにかかることにしたのである。菊池は守護の係累であるし、甲斐も一筋縄ではいかない人物である。由緒ある阿蘇神社の神官出身で有力な国人、阿蘇氏の家臣だったのをのし上がり、主家をしのぐ領主となった。下克上の典型のような人物である。

 二人が有働の話に乗ったのは、隈府城、城村城の戦いで佐々勢が意外に手こずっている様子を知ったからである。もし、隈部がすぐに叩き潰されてしまうなら佐々に従うほかはない。しかし、これだけ佐々が手こずっている。各地で散発的に反乱ののろしを上げれば、数では負けても地の利をよく知っている肥後衆が勝利を得ることができる目もある。そのように判断したのである。

 もちろん、その根にはどこかしら生理的な嫌悪感があった。これまで、地場で小競り合いは限りなく続いてきた。大友や龍造寺、最近の島津の進攻も受けた。しかし、それは皆、九州の中での話であった。

 今ここで、肥後の国衆が一同に、いや一同が無理なら七割でもよい。それが力を合わせれば佐々を追い出すことができるのではないか。佐々は勇猛な武将で、織田信長公の下でもたいそう活躍したという。それだけの武将を追い出せば、われわれがどれだけ所領減らしに納得していないかを知らしめることができる。少なくとも所領の回復や検地の実施について肥後衆のこれまでの立場を慮ってもらえるのではないか。いや、立つ理由はもっと単純に述べられよう。

「他所もんば来て肥後を切り取らんとしようけん、叩き潰すっとたい」

 菊池・甲斐の両国衆は隈本城攻めの体勢をすぐさま整えた。もともと佐々から要請を受けて乗り気ではないものの臨戦態勢をとっていたからである。その動きは早かった。

 八月十三日(八月十五日、十八日ともいわれる)、佐々成政の本拠・隈本城に一揆勢が押し寄せた。その数三万五千人、これだけの人数が隈本城とそれが建つ茶臼山を雲霞のように取り囲んで、一斉にときの声を上げた。

 菊池、甲斐の二人を動かしたことは大きかった。それならばと甲斐に付く阿蘇衆一団、南の有力な国衆・相良氏、他にも隈の庄、御船など城村城とは少し離れた地域の者たちが続々と集まった。城村城近辺の国衆たちは佐々に動員されているので、今のところは動けない。
 一揆衆は続々と熊本城への道を駆け上る。城には最低限の備えしかない。懸命に応戦するが打ち負かせる数ではない。

 城村城にはすぐさま早打ちの馬が走っていった。

「何だと! 」
 佐々成政は驚愕した。隈本城に一揆勢が押し寄せ開城必至との急報を受けて、これでもかというほど眉を寄せて、厳しい顔をした。しかし数々の窮地を脱してきた男だけあって、動揺することはなくすぐに今後について決断を下した。

「直ちに隈本に戻るっ! ここ城村城には東西に附城を築き、常時臨戦態勢を取る。東の附城には前野文五郎忠勝、西の附城には三田村庄右衛門が将として付き、それぞれに一七十の兵を残す」

「ははっ」と二名が前に進み出て平伏する。
「さて、水野六左衛門」と成政が続ける。
「ここは人数が心もとない。これから小早川(隆景)殿、安国寺(恵瓊)殿に兵と兵糧を運び入れてもらうよう早打ちを出す。六左にはその仕切りを頼みたい。また、附城の普請と守備を助け縦横無尽に動いてくれ。もちろん、奇襲を受けることも考えられるで、そのときは……まぁ思う存分やってくれ」
「もちろん、喜んであいつとめまする」と六左衛門は平伏した。

 成政は新参者の水野六左衛門を自由に動ける立場とし、兵糧入れという大事を命じた。ぽっと出の者にはなかなか任せない役目である。隈府城攻め、この城村城での戦いを見ていて、彼の言う経歴にまったく嘘がないことが確信できたからである。また、嘘をつく人間でないことも確信できたからである。成政がもっとも信用するのは、そのような型の人間であった。

 東の附城には前野文五郎忠勝、滝三位、多田新兵衛、杉山小左衛門ら百七十人。西の附城には三田村庄衛門、小島庄蔵、才田伝左衛門、右田源助、大木孫介ら百八十人を配置した。

 隈本城奪還に向かった佐々勢も、困難の連続となった。

 成政率いる本隊が出立し山鹿街道を進むのが筋だが一揆勢が待ち伏せしている可能性が高い。そこで迂回して、分田表から合志に回って坂井・須屋原・坪井谷・寺原へと抜け、迫戸坂を下って坪井川沿いに進み茶臼山にたどり着いた。
 茶臼山の麓には、おびただしい一揆勢が待ち構えていた。成政は果敢に山を駆け上がろうと兵を進める。先陣を切った者たちは待ち構えていた兵と激しい戦いとなった。一揆勢は次から次へと押し寄せ、さすがの成政もこれでは立ち行かないと戦いの様子を見て思案したところに、一揆勢の内三人が翻意して成政の元にこっそりやって来た。それぞれ、田尻、内田、手島と名乗った。成政は一瞬危ぶんだが、話だけ聞いてからでも遅くはないと思った。
「どの口が一番手薄か教えてくれ」
 彼らは坪井川の渡り場を案内した。そこには確かに一揆の手の者がほとんどおらず、背後から回り込むことが可能だった。
「でかしたぞ! 」
 佐々勢は皆背後から一揆勢の真っただなかに突入した。
「かかれーっ! かかれーっ! 」
 突然背後から現れた佐々勢に一揆勢は怯んだ。そこをまっしぐらに突っ切って、城内へと駆け込んでいく。何が起こっているか分からない一揆の大勢は混乱してほうぼうに散っていく。城内では少数の兵が矢に鉄砲を持って必死に応戦していた。
「皆よく持ちこたえたぞ。一揆勢など烏合の衆じゃ。ここで合力すれば怖いものはない。
思う存分戦おうぞ! 」

 成政の力強い言葉に、城内の士気は見る見るうちに高まった。
 ここからの佐々勢の巻き返しは目覚しいものだった。
 みるみるうちに討ち取られた一揆勢が倒れていく。その数四千百九十に上った。
 しかし、三万を数える一揆勢は減る気配がない。

 そこにまた翻意した者が現れた。これは阿蘇家当主惟光に仕えていた早川越前守の弟、早川某と言う。かれは没落した阿蘇家の再興を期して佐々勢に助力することにしたのである。
 その軍勢は一揆の中に潜み、突然背後から仲間として戦っていた者らに襲い掛かった。これが決定的な契機となった。一揆勢は大混乱に陥り、退却をはじめたのである。いや、逃げ出したというほうが近い。人数が多すぎて指揮する側も混乱していた。敵味方の区別がつかなかったのだから、逃げるよりほかないのである。

 早川の寝返りが転機となり、隈本城奪回は成功した。また一揆勢が取り囲むことも想定して、成政は隈本城には従前より多くの兵を配置するとともに、肥前の鍋島直茂より兵糧と援軍七千人を城村城の附城に寄せてもらうこととした。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

マイホーム戦国

SF / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:482

【※R-18】イケメンとエッチなことしたいだけ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:191pt お気に入り:256

我慢してきた令嬢は、はっちゃける事にしたようです。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:5,143

諦めて溺愛されてください~皇帝陛下の湯たんぽ係やってます~

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:77

買い食いしてたら、あっというまにお兄様になりました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:106

いっくんはオレにだけ甘えんぼさんなスケベ王子様♡

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:151

深海 shinkai(改訂版)

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:104

少し冷めた村人少年の冒険記

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:163pt お気に入り:2,180

処理中です...