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第12章 スペードの女王と道化師
お城をあげるよ フランス シュノンソー城
しおりを挟むフランスの中央を流れるロワール川には城が点在する。いにしえの王家の栄華の跡に触れようと、現代でも多くの人が訪れている。
ロワール川は長さ1000kmを超え、流域面積は11万7000平方キロにも及ぶ大河だ。そのうち、有名な城が集中しているのはオルレアンからトゥールの間で、さらに海の方へ流れていけばジャンヌ・ダルクゆかりのシノン城もあるが、時をさらに遡らなければならない。
城のいくつかは本編でも登場した。まずは、チェーザレ・ボルジアが国王夫妻の媒酌で結婚式を挙げたアンボワーズ城で、シャルル8世の治世だった。その2代後のフランソワ1世はアンボワーズ城とブロワ城を拠点としたが、のちにシャンボール城を築いた。シャンボール城はこの流域で最も壮麗な城となったが、建てさせた当の本人は狩猟のときにわずかしか滞在していない。
晩年のレオナルド・ダ・ヴィンチがフランソワ1世に招かれてアンボワーズ城にやってきたことも以前に記した。レオナルドは厚遇を受け、近隣のクロ・リュセ城を与えられている。シャンボール城の設計も一部は彼によるものとされている。
そして、彼はその城で永遠の眠りについた。
今回登場するのは、そこからさほど離れていないシュノンソー城とショーモン城だ。この二つの城はさきに挙げた城に比べて小振りだが、美しさという点では見るべきところも多い。要塞というよりは居住するのに向いた造りである。
シュノンソー城はロワール渓谷の中にあり、元は製粉所と邸宅が合わさった建物だった。以降、長い歳月の変遷を経て、フランソワ1世の手に渡った。フランソワ1世は1547年に世を去ると、次の国王アンリ2世が所有者となった。
ショーモン城は、魔法使いの帽子のような屋根が特徴的な城だ。規模はシュノンソー城に劣るが、ロワール川を見下ろす高台に建ち緑の多い城である。
数多の城がある中で、この2つはふたりの女性が火花を散らす場所となる。一人はカトリーヌ・ド・メディシス、もう一人はディアンヌ・ド・ポワティエである。さきの章と重なる部分もあるが、そのいきさつを記しておく。
イタリア・フィレンツェの僭主として君臨していたメディチ家の出身であるカテリーナ・ディ・メディチ(イタリア語)は早くに両親を亡くし、苦難の多い幼少期を送った。
当主唯一の正嫡の子であるカテリーナは男子だったならばメディチの当主に堂々となれたのだが、女子であったので「どの有力者に嫁がせようか」という政治の材料にされたのだった。彼女の後見役だった教皇クレメンス7世(在位1523ー1534、世俗ではジュリオ・ディ・メディチ)が嫁ぎ先に決めたのはフランス国王フランソワ1世の次男アンリだった。カテリーナは幼少時に従兄弟のイッポーリトの許嫁とされて、相思相愛の仲だったが、哀しくも引き離されることになる。
長期間に渡る派手な結婚の式典を終えて、ようやく夫アンリと向き合うカトリーヌ(フランスに嫁いで以降はフランス語)だったが、じきに衝撃的な事実を知る。彼には長い間愛する女性がいて、カトリーヌがそこに入る隙間はないのだった。
アンリが愛するのは、家庭教師の既婚女性、ディアンヌ・ド・ポワティエだった。カトリーヌと夫婦になったときはまだプラトニックな関係のアンリとディアンヌだったが、恋の鞘当てだろう、肉体関係を持ってしまう。アンリの心が自分にないことを知って悲嘆に暮れるカトリーヌだったが、それは発奮の元にもなった。幼少期から酷い苦労ばかりしていた公爵令嬢は自分の人生を自分で切り拓こうと決める。彼女はフランス語を熱心に学び、本も読み、義父のフランソワ1世から可愛がられるようになる。
少し後に教皇クレメンス7世が亡くなり、カトリーヌの持参金はフランスに入らなくなってしまう。肩身の狭い思いをしながらも彼女は学び続け、人脈を広げていくのだった。そして、フランソワ1世もこの世を去る。王の第一子は親に先だっていたため、アンリがフランス国王の冠を戴くことになった。
決して万事が満足とはいえないものの、カトリーヌはフランス王妃となったのだ。
「ああ、せっかくあなたが王の冠を戴くのに、王妃はあいも変わらず不細工なあの女。分かってはいました。あなたが王になるというのはそのようなことだと。でも現実になってみると、ひどい、ひどい屈辱を覚えます。身を捩るぐらい悔しいわ。アンリ、私の目が腫れているのがわかる? 毎日毎日、私は泣き暮らしているの。あなたが愛しているのは誰? あなたの夜を満たしているのは誰? ああ、こんな思いをするぐらいなら、いっそお暇をいただきたいわ。どうか今すぐ出ていけとおっしゃって!」
ディアンヌはこれぐらいのことをアンリに言っただろう。愛情を独り占めしていると言っても、結婚していないのだから王妃になれるわけはない。新王がもし、海を隔てたイングランドのヘンリー8世ぐらい本能に重きを置くならばカトリーヌを追い出しディアンヌと結婚したかもしれない。
王妃と離婚するのはカトリック教会では許されていない。それに怒って別の教会を興したのがヘンリー8世だが、妻を取っ替え引っ替えした王はこの2年前に亡くなっている。
アンリはそんな政治的決断をしようとは思っていない。ディアンヌもそれはよく分かっている。愛人のままでいいけれど、「一番愛している証をちょうだい」という意思表示なのかもしれない。
「ディアンヌ、僕の心は永遠にあなたのものだよ。分かっているくせに。僕がどれほどあなたに恋い焦がれてきたか、あなたがいなくなったら僕の命の火が消えてしまうだろう」
アンリがそう言ったかはわからないが、彼はその気持ちを行為で表した。ディアンヌにシュノンソー城を与えたのである。それだけではない。彼女のために城を改装し、庭を好きなように誂えてあげると約束したのだ。ディアンヌは好意をありがたく受け取った。
これはカトリーヌにとっては看過ごすことのできない決定だった。話はすぐに人伝てで聞こえてくる。愛人に城をやるばかりでなく、改装する費用まで持ってやるという。シュノンソー城の庭園はたいへん見事だが、それもディアンヌの好きなようにさせるという。
王妃の冠を受ける代償が、このような屈辱なのか。これではいい物笑いの種ではないか。愛人という立場で、いったいどこまで増長するつもりなのか。
カトリーヌは唇を噛み締める。
彼女の思いについては次回、もう少し辿ってみよう。
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