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第11章 ふたりのルイスと魔王2
郭公の鳴く道で 1565年 大和国沢城
しおりを挟む〈ルイス・デ・アルメイダ、高山彦五郎、ルイス・フロイス〉
ルイス・デ・アルメイダはおそらく、外国人の宣教師として初めて大和国(奈良)の社寺を回ったのではないかと思われるが、その後もしばらく高山友照の沢城に逗留し、乞われるままキリスト教についての座学を行って過ごした。空いた時間には大和に滞在した記録を推敲して、フロイスに提出するしたくをしていた。友照や嫡男彦五郎を初め、高山家の人々は皆熱心な信徒になっていたため、瀕死の状態で担ぎ込まれた堺の日比屋家と比しても快適に過ごすことができたといえる。身体の調子も九州を出るときぐらいに回復していた。
これから京に戻り、ヴィレラ司祭やフロイスとともに宣教活動に勤しむ自分を想像しながら、アルメイダは沢城を後にすることとなった。
多忙な友照に替わり、嫡男の彦五郎がアルメイダを送るためともに城を出る。
「私たちだけでも大丈夫ですよ」とアルメイダは遠慮したが、彦五郎はもうすたすたと歩きだしていた。
「そうおっしゃらずに、どうぞご一緒させてください。ここは結構な山城で登り下りが難儀になる方もいます。アルメイダさまがつまづいてしまったらたいへんです」
「いや、豊後から肥前へ行くとき九重連山(くじゅうれんざん)を抜けるのに比べれば、ここはまだ楽な方です。冬でもないですし」とアルメイダは微笑む。
「九州の山を冬に越えるのは、いくらここより温暖とはいえ厳しいでしょうね」と彦五郎はうなずく。
確かに、沢城はこの辺りの要害なだけあって、偉容を誇る山城であった。その山の標高は五三八mもあり、登るのはちょっとした登山に等しい。主館は頂上に置かれているが十分すぎる広さがある。二の館、三の館が西側の尾根に築かれ、北面の尾根には出丸や土塁がある。山を上手く利用したつくりといえるだろう。この城は友照の手によるものではなく、沢氏が築いたものだが戦で追放され今は高山氏が入っている。
下りの道は多少足腰に響くものの、アルメイダは軽快に歩いていた。道はよく整えられ、青空に緑の山々が美しく映えている。見上げるほど巨大な山ではないところがいいのだろうか。もちろん彦五郎の脚がいちばん早いのだが、あえて急ごうとはしていない。
「アルメイダさま、父はこの沢城に教会を建てると言っていました。そうすればいつでもお祈りすることができるでしょう」
「ああ、何と素晴らしい。教会は皆さんの心の家というべきものです。そのように言っていただけるのは本当にありがたいことです」
側の木に止まっているのだろうか、「カッコウ、カッコウ」と鳴き声が聞こえてくる。
「郭公はアルメイダさまのお国にもいますか」と不意に彦五郎が尋ねた。
アルメイダはふと立ち止まり、郭公の姿を木に探す。目を凝らすと白い胴体に黒い尾の鳥の姿を認める。
「はい、いますよ。私の故国ポルトガルでは、cucoといい、春を告げる鳥と言われています」
「くうこ、ですか。やはり鳴き声から取ったのでしょう。私どもと同じようです。ただ、日本では夏を告げる鳥ですので、それは違いますね」
郭公は時折友に呼び掛けるように鳴いている。彦五郎はアルメイダが鳥の声に聞き入っているのを見て不意に尋ねた。
「アルメイダさまは、お国に帰りたいと思ったことがございますか」
アルメイダは目をぱちくりとさせて、しばらく思案している。そのような質問をされると思ってはいなかったからだ。そしてゆっくりと、言葉を選びつつ正直な思いを述べる。
「彦五郎さま、私はとても悲しいことが続いた後、振り切るように国を出てきました。初めは宣教師になろうとも思っていませんでした。初めは船医で、それから貿易商になったというお話はしましたね。それでも私の悲しみはなくなりませんでしたが、大きな決心をしてこの国で宣教師になりました。そして、九州で人々と交流していくうちに少しずつ悲しみは消えていきました。それこそが私に与えられた使命で、それが皆さんだけでなく、私の魂を救う道だと信ずるに至りました。素直な気持ちでいえば、生まれ育った国を夢に見ることもあります。それで寂しさを感じることはありますが、帰りたいとは思いませんよ。それに、ここでもcucoの声を聞くことができるではありませんか」
彦五郎は感慨深くその話を聞きながら、「お話くださってありがとうございます」とだけ言ってお辞儀をした。
街道筋に出るまで彦五郎はアルメイダ一行を送り、そこで別れた。
「ぜひまた沢城にお越しください。その頃には教会も完成していると思います」
「ぜひ伺わせてください。ぜひまた近いうちにお会いしましょう」とアルメイダは会釈した。
そのように充実した日々を大和で過ごし、いよいよヴィレラやフロイスと宣教活動に励むことができると希望を持って京に戻っていったアルメイダだった。
しかし事態は急変していた。
三好長慶の病死後に実権を握り、将軍足利義輝を死に追いやった、三好長逸・三好宗渭・岩成友通のいわゆる「三人衆」が京に在する宣教師の追放を宣告していたのだ。
にこやかに帰ってきたアルメイダを見て、フロイスは深刻な表情で手短にことの次第を話した。アルメイダはすぐにはその深刻さを理解することができなかった。
大和で厚遇してくれた高山友照の仕える松永久秀も、三好三人衆もどちらも元は三好の臣下ではなかったか。それなのに一方は追放を命じるのか。どのような目的でそのような決定になるのか。皆目分からない。
「とにかく、時間の猶予がない。私とヴィレラ司祭はとり急ぎ堺に向かいます」とフロイスはいう。
「私は、私はどうすればよいのですか」とアルメイダは困惑する。
フロイスは伏し目がちにアルメイダに告げる。
「堺まではともに行きましょう。ただ、京が危険ならば堺まで類が及ぶ可能性があります。あなたは身体のこともありますので、九州に戻ってもらえたらと……」
「九州へ……」と言ったきり、アルメイダは絶句した。
フロイスは自分の言葉がアルメイダに与えた衝撃をよく理解していた。
しかし、それは彼の身体を第一に考え決めたことだった。堺に着いたとき土気色の顔をしていたアルメイダを、京で高熱を出して寝込んでいたアルメイダを、フロイスは病に苦しむ彼の姿をずっと見てきていた。今は夏だが京にもまた厳しい冬が来る。堺に避難しても時宜を見て京に拠点を置くというのは変えられない方針である。それがアルメイダの身体にまた過重な負担をかけるのではないかと思ったのである。
それに加えて、ヴィレラ司祭がアルメイダの体調についてあまり斟酌しない様子なのも気になっていた。日本語が得手でないヴィレラ司祭の替わりにアルメイダが方々に行くよう命じられるのも目に見えていた。それに、将軍が殺されて以降、京にもきな臭い空気が漂っている。
もろもろの事情を考えて、アルメイダを九州に戻すと決めたのである。
「分かりました。すぐにしたくをします」とアルメイダは静かに続けた。
「あ、大和でのことは報告をしてください。もう書き上がりましたか」とフロイスは優しい声で尋ねる。
「いえ、まだです」
「それでしたら九州へ戻ってからでも大丈夫です。ぜひ書いてください。書いてください。私が本国にきちんと送りますから」
フロイスの言葉は力強い励ましになったようだ。アルメイダは深くうなずくと、フロイスの寓居に置いてある自身の荷物をまとめはじめた。
「彦五郎さまのもとへは当分行けないのか」
ふっと手を止めて、彼はつぶやいた。
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