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第11章 ふたりのルイスと魔王2

仁徳ではわからない 1565年 大和国

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〈ルイス・デ・アルメイダ、高山友照、果心居士、高山彦五郎(のちの右近)〉

 ルイス・デ・アルメイダの大和(奈良)巡りは三好氏の城郭・多聞城から始まった。この城の主はアルメイダ一行が訪問したときは不在だった。建造したのは松永久秀、アルメイダを連れてきた高山友照の仕える主である。
 眉間寺山(みけんじやま)を切り拓いて築かれたこの城は五年ほど前に完成したばかりでまだまだ新しい。多聞城という名付けは久秀によるものだと考えられる。山の名でも村落の名でもないからである。多聞というのは毘沙門天の別の呼び名で、戦の神である。その勇ましい響きが影響し、結局、後に山の名も多聞城とされた。
 アルメイダが壁面の白さに驚嘆したのはもっともなことだが、さらに友照は質問攻めに合うのである。
「アルメイダさま、漆喰塗りです。石灰と麻などを海藻の糊で練ったものですが、お国ではさようなものはございませぬか」
「ありますが、ここまで白く艶々したものはございません。配合の違いかと思われますが、どこにでも誇れる立派な技術です」
「そうおっしゃっていただけますと、まこと幸甚。弾正さま(松永久秀)にも後で伝えておきましょう」
 一行は城内にいる人々に挨拶をして、客間などをしばらく見学した。
 退出して外に出ると、眼下には緑の森に寺社が並ぶ壮観な景色を一望することができる。
「あちらが興福寺、その奥が春日大社、右手が東大寺ですな。これからお連れいたします。いずれも古(いにしえ)より大和の中心、京の前に都だったときはこの国の中心でございました。今でも仏教の一大勢力で……叡山もそうですが、興福寺もまた僧兵を多く雍し、武士に匹敵する力を持っております」
 アルメイダは友照の説明に納得したようにうなずいている。
「なるほど、古寺を一望できるように作ったのは景色を長閑に楽しむためではなく、寺社の僧兵の動きを見張るためなのですね」
「ええ、さようです。景色を楽しむこともできますが」と友照は微笑む。

 そのような一行の脇に一人の行者が立ち、行き過ぎるのを待っているかと思われたが友照の方へ寄って頭を下げた。行者といったが装束が似ているだけで法螺貝を持っているわけではない。友照には既知の人のようだ。
「ああ、果心どの。外を回っておられたのか」
「お屋形さまに召し上がっていただこうと川魚を釣って来ました」
 そういうと行者は魚籠を差し出し、友照はどれどれと覗き込む。そこにはピチピチと跳ねる魚が優に十は数えられた。
「おお、見事な釣果でござる。お屋形も喜ばれるであろう」と友照は行者を誉める。アルメイダは一歩引いたところで、そのようすを静かに眺めている。すると、その行者はぎらりと視線を返す。ぎらりとした視線は爬虫類のそれのように感じられる。
 行者というものは皆こうなのだろうか。

「ばてれんの宣教師か、わしもインドにいたことがあるので、会っていたかもしれませぬな。ゴアにもコーチンにも行ったことがあります」
 アルメイダはびっくりする。
 これまで、インドに行ったことがあるという日本人に会ったことがない。薩摩のベルナルドはザビエル師とともにゴアへ向かったが、それしか例がないのだと思っていた。そして、宣教師が必ずゴアを経てやってくることを知っているから、そう言ったのだ。普通なら奇遇に喜ぶところだが、なぜかそうできない。見透かしている様子なのが気味悪かったのだ。
 しかし相手はそのように思われるのを好むようだった。
「ああ、そういえばインドで同じ船に乗ったことのある、ザビエルどのにはお連れさまがいらっしゃった。Aquele velho parece estar em Owari.(あのご老人は尾張におるようですな)」
 それを聞いて、アルメイダは自分のとるべき態度を知った。
「私はザビエル師とは入れ違いで九州に着き、尾張にも行ったことがありません。Me desculpe mas eu não entendo.(よくわかりません)」
 それを聞いて、行者はにやりと笑ってその話題を流した。
「ああ、さようでしたか。あの頃と違って、ばてれんさんはたくさん来ておりますからな」
 友照はさりげなく、会話に割って入る。
「果心どの、魚を早くお持ちした方がよろしいかと……」
「ああ、そうですな。それでは」と言って行者は去っていった。

「アルメイダさま、申し訳ありません」と友照は真っ先に告げた。
「高山さまが謝られることは何もありません。でも付き合うのは少し難しい方のように感じます」とアルメイダはいった。
「そうなのです。お屋形さまがどこを気に入っているのか、私にはよく分かりませぬ」
 よく分からない、と友照が言ったのにアルメイダは微笑してうなずいた。

 友照がいうには、果心がある日ふらりとやってきて、松永久秀と面会した。その中で何を話したのかは分からないが、それ以降彼はここに居候するようになったのである。何をするのかというと、特に武術に優れた風でもない。見聞は広いようだが、学者ということでもない。あえて何かというならば、奇術の他にない。
 奇術というと芸能の一種に類する。主が遊興のために仕えさせるという例がある。しかし、果心は遊興の場で何かをしたりはしない。その異能は時たま披露されていた。それは一度、友照も目にしたことがあった。
「興福寺に隣接する猿沢池、ここからも見えますやろ、あれ、あそこに皆が集められたのです。果心どのは皆が見ている前で、舞う笹の葉を魚に変えてみせました。一同が呆気に取られていると、お屋形さまは豪快に笑って、果心を世話することにしたと申されたのです。ただ、わしなどはどこか気味悪く感じましてな」

「気味悪く感じるのは、こちらを見透かしているようだったり、何を考えているのか分からないからでしょう。それと、力に付きたがる人というのは、洋の東西を問わず信用できないものです。どうもそのような雰囲気の方だと思いました」
 友照は大いにうなずいている。
「アルメイダさま、もうずいぶんと長くこの国では戦がそこらかしこで続いております。きのうまでの主従がひっくり返ることも珍しくはございませんし、骨肉の争いも日常茶飯事になりました。家臣も血族も誰も信用ならない、というのが今の常識にございましょう。ですから、あのような輩には活躍の場があるのでございましょうが……仁、徳というものを学んできたものですから、どうにもいけませんな」
「高山さまは仁も徳もお持ちですね」とアルメイダは素直な気持ちで告げる。
「ハハハッ、いやいや。うむ、わしの妻子、家臣、領民……わしが守るべきところでそのように思うてもらえれば、もう何もいうことはありませぬ。さすれば主の御意思にも沿うと思うのですが」
 友照の言葉は、仁も徳もそうだが、立派な在家信徒の姿であるとアルメイダは感じる。一行は次の目的地である興福寺に向かって歩いていく。
 ふっと、アルメイダは雪沙のことを思った。

 無事に尾張に戻ったのだろうか。

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