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第11章 ふたりのルイスと魔王2
探す人は困難な時代の旗手になり 1565年 大和へ
しおりを挟む〈ルイス・フロイス、ルイス・デ・アルメイダ、チェーザレ・ボルジア、フランシスコ・ボルハ〉
大和国に赴くルイス・デ・アルメイダを前に、ルイス・フロイスは自身の胸にしまっておいた事柄を順追ってアルメイダに話し始めた。
時おり家の外ではびゅうっという音だけが響いている。風が暴れているのだ。時折、桶や柄杓が転がっていく音が混じる。
「これは、あなたから聞いた騎士の子供の話を聞いて、つながった話です。私はスペインともイタリアとも縁なく日本に来ましたので、どのようなことか見当をつけられなかったのです。実は、だいぶ前になりますが、フランシスコ・ボルハ師から、チェーザレ・ボルジアの行方を尋ねる手紙がゴアに来ていたのです。そのときはおそらく、該当なしと返答したのかと思いますが」
アルメイダは首をかしげる。話の行き先がよく見えないのだ。
「ボルハ師といえばイベリアのイエズス会管区長だったという方ですね、私はもちろん、お会いしたことがありませんが……」
フロイスはうなずく。
「今は総長代理としてローマにおられます。それに、あなたは会っていないでしょうが、あなたと誼のあったニコラスは知っているでしょうし、会ったこともあるのかもしれません」
アルメイダにはまだ見当がつかないようだったので、フロイスは自分の中で結び付いた情報を同朋に手渡すように語ってゆく。
チェーザレ・ボルジア(ボルハ)の一族の祖国はスペインで、出身はガンディアである。
土地を持つ貴族として、またローマに出る聖職者を置いて3代を経ていた。チェーザレの代は三代目で、初め兄のペドロ・ルイスが、彼が早世した後はチェーザレの弟ホアンがガンディア公としてスペインに在していた。
そのホアンがローマに赴いた際に変死した。夜に母親の家から出て従者と歩いているときに襲撃され刺殺された。そして潰えた従者とともにティヴェレ川に沈められたのである。
ホアンの妻マリアは子供とともに、遠く離れたガンディアでその悲報を聞いた。そして、子供がガンディア公に、一族が後見をすることになった。スペインのボルハ家はそうして血脈を継いだが、ローマではそうはいかなかった。教皇アレクサンデル六世(ロドリーゴ・ボルジア)が急逝し、チェーザレも自身の地位を終われスペインからナヴァーラ王国(当時)に流れて戦死したと伝えられた。
「そうすると、ホアンの子はチェーザレの甥ということになりますね」とアルメイダは言う。
「そうです。ホアンの子もまたホアンといいます。そして、フランシスコはホアンの子なのです」
そこで、アルメイダはハッとする。
「そういえば、ニコラスはガンディアにも知り合いがいると言っていました。ニコラスの父親はチェーザレ・ボルジアの家臣だったということですから、その伝手でガンディアと交流していたのでしょうか」
「そう考えるのが自然でしょう。おそらくそこを繋いでいたのは、チェーザレの妹でイタリアのフェラーラ公妃となっていたルクレツィア・ボルジアなのではないかと思います。
なぜなら、フランシスコ・ボルハ師はのちにスペインから亡命した際フェラーラにしばらく滞在していたと聞きました。そのときはもうルクレツィアは天に召されて久しかったですが、代が変わっても母方の血筋を大切にしていたというのはあるのかと思います」
アルメイダはふむ、とうなずいてから肝心な疑問が解決されていないことに気がつく。
「ボルジア、ボルハ家のあらましについては解るのですが、なぜ、ボルハ師がチェーザレを探しているのでしょう。そもそも、亡くなったことになっている人です」
「亡くなったことになっている……あなたはそれを知っていますが、多くの人は知らない。それでも早くからチェーザレが生きているという風説は流れていました。何代か前の教皇パウルス三世がチェーザレを探していたという話も耳にしたことがあります。パウルス三世はボルジアの時代に枢機卿に取り立てられた方ですので、恩義を感じてのことだったかもしれませんね。ただ、足取りは杳として知れなかった。ザビエル師の故国ナヴァーラが出て来なければ何の手がかりも得られなかったでしょう」とフロイスは早口に語る。
「まさか、東洋に旅立ったなどとは思わないでしょうから……」とアルメイダが深く息を吐く。
「実は、いくつか話を聞いたところによると、ボルハ師の祖父、ガンディア公初代のホアンは兄のチェーザレが差し向けた刺客によって殺害されたという説があるのです」
「えっ」とアルメイダは息を飲む。
「今となっては真偽のほどは分かりませんが、それが事実だとすると、ボルハ師は復讐をしようとしているという説も立てられます。祖父の仇ということですね。ただ、これは私の印象に過ぎませんが、ボルハ師の手紙を見た限りではそのような印象は抱きませんでした」
アルメイダはそれを聞いて少しうつむいている。
「そうですね、確かではない個人的な恨みを持っていては高位の聖職者として長く務めることはできないのではないでしょうか」
フロイスもうなずいている。
「あなたも私も若いうちにリスボンを発って、ずっと異国で過ごしてきました。あなたのご母堂は亡くなったということでしたが、父上はご健在ですね。どれほどあなたのことを思っておられることか。私の家族もそうでしょう。少年のうちに去ってしまいましたからね。
船乗りならば、いつかリスボンに帰ってくるという希望がある。しかし、宣教師は生涯を異国で終えるという覚悟が必要です。
チェーザレは宣教師ではありませんが、その道を選びました。ボルハ師にしても、交流のなかった遠い血縁者に、過去のいきさつに関わりなく、ただ純粋に会いたいと願ったとしても不思議ではないと思うのです」
「私もそう思います」とアルメイダは微笑む。
折を見て、差し支えない書簡が出せる様子ならばボルハ師に、ローマに便りを出してみようかとフロイスは思う。ただ、それはたいへん難しいことで、中継地それぞれで開封されることを念頭に置かなければならない。暗示するような書き方をしなければならないが、さて、どうしたものか。雪沙が長く逗留している織田信長公の話題ならばさりげなく知らせられるかもしれない。織田といえば最近京でもその名を耳にする。登り竜のような存在であった。三好三人衆が今は渦を作っている情勢だが、じきにまた風向きが変わるのかもしれない。
私たち、京にいる宣教師にも火の粉が降ってこなければよいのだが……とフロイスは懸念している。
アルメイダは日本人の信徒とともに大和に旅立っていった。「体調に留意して、万事無理をしないように」と伴の者には重々言い含めた。本人はどうも無理をしがちなので、然るべき配慮だろう。
大和は三好の領するところだが、キリスト教を支持する豪族や有力者もいる。結城氏が現状最も協力的だが、高名な学者である清原枝賢と沢城の城主高山友照も有力な支持者だった。この三名がキリスト教に接近するのは宗論対決(この場合、キリスト教宣教師と仏教の間の討論)の場においてだった。日本語が拙いヴィレラ司祭に代わってロレンソ了斎が雄弁にキリスト教の教義真髄を述べたのである。そこで反対の立場だった人々も改めて思案するに至ったのである。
支持者もアルメイダの旅の助けをしてくれるだろうとフロイスは判断した。それがなければアルメイダを旅には出さなかっただろう。
この判断は正しかった。
さて、
日本まではまだ伝わりようがなかったが、フランシスコ・ボルハはこの年の1月にイエズス会の三代目総長となった。初代のイグナティウス・ロヨラ、創立メンバーの一人であるディエゴ・ライネスが二代目、それを継いでの三代目である。
単純にいえばアルメイダやフロイスの修道会の長になったということになる。
イエズス会の組織は「プロテスタントの拡大」に対抗するという目的を持って格段に大きくなった。その采配もボルハに委ねられたということである。
ヨーロッパでは国によって旧教(カトリック)、新教(ルター、カルヴァンのプロテスタント)間の対立が政治にまで現れている。
1555年に神聖ローマ帝国において『アウグスブルグの和議』が結ばれ、国家としてプロテスタントを容認する方向が示されたが、ふたつの宗派が永続的に共存することは困難なようだった。フランスではプロテスタントは『ユグノー』と呼ばれ、新旧の対立は戦闘にまで至るようになる。
そのような情勢下でのカトリックの旗手というのは重責に違いなかった。
16世紀の後半はそのような時代だということもいえるだろう。
そして、フロイスやアルメイダがいる日本にも予測のつかない状況が訪れようとしていた。
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