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第11章 ふたりのルイスと魔王2
教皇の息子 1565年 京都
しおりを挟む〈ルイス・デ・アルメイダ、ルイス・フロイス、ガスパル・ヴィレラ、チェーザレ・ボルジア〉
長い冬が終わり木々も芽吹く頃、再び倒れたルイス・デ・アルメイダも起き上がれるようになっていた。
ルイス・フロイスは修士というアルメイダの立場で京にいることは身体への負担が大きいのではないかと考えていた。日本語を流暢に扱えるのだから、説教をする、通訳をするなどで方々に出かけることになるのが目に見えているからである。そしてまた、アルメイダにはきつい冬がやってくる。それでは彼の生命を縮めてしまうだろう。フロイスは寝付いている兄弟を見ながらずっとそのことを考えていた。そして、上長として彼にひとつの命令を出すことにした。
大和国を巡ってくるように、というものである。
宣教活動の一環としてであるが、随伴する信徒には大和の有力者に会うことと、古寺を案内してほしいということもこっそりと頼んだ。宣教活動についての明確な指示は出さなかった。まだ体調が完全に戻ったとはいえない彼が、命を忠実に務めようと無理を押して務めると思ったのだ。大和には東大寺、興福寺、法隆寺、春日大社など多くの旧い寺社がある。それらを静養をかねてじっくりと回ってもらいたいと願ったのだった。
アルメイダはフロイスの配慮をよく理解している。京で彼やヴィレラ司祭とともに宣教に務めることを望んでいた。だが二度も倒れてしまい、症状はあまり改善しない。とても役に立てるような状態でないことは誰よりも本人がよく分かっていた。
フロイスがこのような指示を出してくれたのは、ひとえに自分を思ってのことなのだ。
アルメイダは心の中でフロイスに感謝しつつ、旅の支度をはじめた。
出発も近いある日、フロイスはアルメイダの部屋に来て京の情勢、見聞きした畿内の様子についてアルメイダに説明した。どちらも畿内を旅するのに必要だと思ったからだった。特に火種ともいえる将軍と三好勢の対立については特に詳しく述べた。そして、大和国では三好とその家臣がたいへんな勢力を持っていると付け足した。
「すでに懇意にしている三好の家臣もいます。危険な時期ですが、あなたに危機は及ばないと思います」
「ええ、それなりに日本を旅してきましたので、それなりに切り抜けかたは分かっています。身体はどうにも言うことを聞きませんが、少しずつ話をするように旅をしてきます」とアルメイダは微かに微笑む。
「本当に、本当に身体を大事に。難しいと少しでも、ほんのわずかでも感じたらすぐに戻ってきてください」とフロイスはアルメイダの肩に手を置く。そして、その肩がとても薄くなっていることをじかに感じる。
「ええ、医師なのにも関わらず、自分の身体を上手く御せないことに忸怩たる思いがあります。できるだけ無理はしないようにします」とアルメイダはうなずく。
フロイスもうなずく。そして話題を変える。
「これはまだ、私の頭の中で結び付いただけで確かな証拠はないのですが……あなたが先日話していた雪沙どののことです」
そしてフロイスは自身が知り得た限りの話をアルメイダに打ち明ける。
今世紀(16世紀)初めの教皇アレクサンデル6世はスペインの出身で、名をロドリーゴ・ボルジアといった。ボルジアはスペイン語でいえばボルハだ。教皇の長男はスペインのガンディア公となったが早世し、次男のチェーザレはローマで聖職者の道をたどる。たいへん利発な息子で、幼少のうちに司祭となり、あっという間に司教となり、枢機卿(すうききょう、すうきけい)にまで上った。もちろん、このような「身びいき」(ネポティズモ)をよく思わない者もいた。
しかし、チェーザレはそれに相応しい素養を身に付けていた。
ただ彼は、教皇に次ぐ地位である枢機卿が自身の就くべき仕事だとは思っていなかった。彼はじきに枢機卿の地位を返上するという前代未聞に等しい行動を取る。そして、教皇軍の最高司令官という任務を与えられる。枢機卿が軍人になったのである。ただ、それもチェーザレの最終目的ではなかった。彼はフランス王家に繋がる血筋の娘と結婚し「ヴァランス公」となった。そこで初めて彼の野望のひとつが表に飛び出してくるのである。
彼はイタリア半島を統一しようとしたのである。半島の中部に進軍し、フィレンツェにも攻めこんだ。フィレンツェは落とせなかったが、他の場所では勝利している。
しかし、それが頂点だった。
1503年の夏、教皇は流行病で急逝した。以降は坂道を転がり落ちるようにチェーザレの運が尽きていく。チェーザレは当時スペイン領になっていたナポリに幽閉されて、のちにイベリア半島(スペイン)に追放される。スペインではいくつも城を移動させられたあと、脱出に成功し負傷した腕を抱えながら、妻の兄がいるナヴァーラ王国に逃げ込んだ。
その後、1507年に戦闘で死んだと伝えられている……。
「教皇の息子、そして枢機卿だったのですか、あの方は」とアルメイダは息を飲む。貴族であろうと考えていたが、それほどの人だとは……」
フロイスはそっとうなずく。
「アルメイダ修士、もっと驚くこともあるのです」
「そうなのですか」とアルメイダは目をまるくしている。
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