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第11章 ふたりのルイスと魔王2
冬の海に出ていくのは 1565年 瀬戸内海
しおりを挟む〈ルイス・デ・アルメイダ、ルイス・フロイス〉
フロイスとアルメイダが肥前平戸から京の都に旅をする次第を記しているが、豊後(大分)までたどり着いたもののそこでまた足留めをくらってしまった。豊後は勝手知ったる土地なので、ふたりは信徒に歓迎され安心して過ごすことができたのだが、出発しないわけにはいかない。伊予(愛媛)行きの船に乗ることができたのは、降誕祭(クリスマス)期間の十二月二六日だった。そこから伊予堀江の津(現在の松山市)までは二日の航海となった。
「しかし、ばてれんさんらもまっこと物好きやのう。わしも里に戻るんでなけりゃ、船なんぞ出しゃあせんが」
この時の彼らは宣教師の装束である長衣に履き潰したような靴、防寒用のマントを身につけている。マントがあるとはいえ、真冬の風を長く避けられるものではない。
十二月二八日である。
ユリウス暦で記録されていると考えれば、旧暦で十一月二五日にあたるが、ふたつの暦をあまねく適用できるかというと疑問も残るので、旧暦で記録したかもしれない。それをユリウス暦にすると、一月三〇日になる。
ユリウス暦であることを祈りたいものだ。
一月の末に海風にさらされて旅をするのはどれほどの厳しさか。
ちなみに、グレゴリウス暦が使われるようになるのは一五八二年、少し先のことになる。
どちらにせよ、彼らは真冬の風にさらされているのだった。はじめに体調に異変を来したのはアルメイダだった。彼は脇腹の痛みを覚え、自ら持っている薬を服用するのだが効いている様子はなかった。ただ堀江までの行程は二日だったのでまだ耐えられた。
堀江まで連れてきてくれた船頭が塩飽までの船を用意してくれるというので、宣教師はそこに八日間留まることになった。
その土地には信徒になったという公卿がたまたま夫人の出産のために滞在していたという。京にいるガスパル・ヴィレラとロレンソ了斎の導きによるものだろう。その人が噂を聞きつけて、宣教師の宿をわざわざ訪ねてきたのである。マヌエル・アキマサと宣教師は聞いたのだが、家名であるとか経歴は残していない。京から豊後に向かう途上で、妻と子のために短期間留まっていたのである。※1
宣教師の記録に往々にしてあることなのだが、洗礼を授けた人は聖名と名で呼ばれる。ロレンソ了斎もそうである。思い返せば、日本の地で初めて信徒になった薩摩のベルナルドについても、ザビエルは苗字を残さなかった。後年辛うじて、彼がローマに行ったときイエズス会で詳細な聞き取りがあって河邊が姓だと分かったのである。もともとそのようなしきたりだったのか、在地はあって名字のない人も多かったからか、公に家を語るのが憚られる例があったのか、いくつか理由を考えることができる。
いずれにしても、この公卿は宣教師の来訪をたいへん喜び、歩くには長すぎるほどの距離をやってきたのである。それも連れの一族郎党に土産物を持たせて運ばせるという、最上の出迎えだった。その翌日にこれも巡り合わせか、妻が出産にいたった。妻の産後のひだちが心配されたので、今度はアルメイダが薬を手に公卿の邸を訪問した。
この島は豊後への中継点でもあったので、キリスト教信徒も少数ながらいた。宣教師は公卿との交流が一段落すると、信徒に話をしながら八日を過ごし船に乗った。
塩飽(しわく)は瀬戸内海に浮かぶ多くの島のひとつ、讃岐(香川)の領域である。そこを越えれば、備前・播磨・摂津・山城諳じられるぐらい京に寄ってきた。宣教師の移動は、待ち時間も長く、点々としてはいるが目的地に確実に近づいていたようである。
伊予からの船旅は六日かかった。この船旅はフロイスにとっても凍えるほど寒く冷たいものだった。天候はすぐれず、暗い空は雨でなく雪を降らせた。海に降る雪というと風情があるようにも思えるが、屋根のある船室のような部分(屋形)にもたくさん降り込んでくるのだからたまったものではない。フロイスもこの天候と寒さに辟易してアルメイダの姿を探す。
アルメイダは船底の狭い空間にうずくまってぶるぶると震えていた。
「大丈夫ですか。これを」
フロイスが自身のマントを外そうとするのをアルメイダは止めるように言った。
「フロイス司祭も寒いのは同じでしょう」
「でも、あなたは私よりはるかに寒そうだ。このままでは身体を悪くしてしまう」
「ああ、何とか……大丈夫です。しかし、私も日本の冬の寒さは重々知っているつもりでしたが、そうではなかったですね。今の海の寒さは、これまで経験したのとは別物のようだ」
そのようにアルメイダがつぶやくのをフロイスも震えながら聞くしかなかった。
塩飽(島)に着いてみると、そこから堺に向けて出る便はなかった。真冬のことであるので長距離を航行する船はかなり少なかったと考えられる。ここであまり長く逗留するわけにもいかないので、船頭に相談をして日比(現在の岡山県玉野市)に行くという船二隻に乗船させてもらうこととなった。※2
しかし、やはり天候に問題があったのだろう。アルメイダとフロイスの乗った船はもう一隻とはぐれてしまった。ゆるりとこの海域を回って、海賊に出くわさないとも限らない。船頭の判断で船はさらに東に向かった。その判断が正しかったのか、彼らは赤穂の坂越の津に着いた。フロイスは「シャクシ」と書いているが、聞き間違えではなく当時はしゃくしと呼ばれていたようである。※3
坂越には堺行きの船があった。今度こそ、といいたいところであるが横槍が入る。彼らの乗船が拒否されてしまった。
キリスト教を宣教している彼らが常に快く誰にでも迎えられたわけではない。その最たる存在は寺院である。大友義鎮でも大村純忠でも、キリスト教の庇護に向かえば仏教の扱いは軽くなる。軽くなるぐらいならばまだしも、寺院を破却してしまう例もあった。ザビエルの頃のように宗論を戦わせ、あとは干渉しないという状態ならばよかったが、活動を重ねるうちに対立する流れからは逃れられなくなった。
一隻はそのように逃したが、十日後に出る船は乗船を拒否しなかった。
フロイスは安心した。
堺行きの船に乗れることももちろんだが、アルメイダの様子が心配だったのである。彼は寒がっているだけではなく、顔色が甚だしくよくなかった。
「アルメイダ修士、船に乗るまであなたはとにかくよく休んでください」
アルメイダを休ませるとフロイスはこの日の記録を書き始めた。
「平戸を出てから何日経ったのだろうか」
日は駆け足で進んでおり、三十を優に超えていた。
著者注
※1
このときの公卿については、賀茂在昌であろうと検証されているが、伊予の国人の本流である西園寺家の人だったかもしれないーーなど可能性を考えるのも興味深い。
※2
フロイスの記録には日比(玉野)とは書かれていない。「塩飽から一四レグアで、堺に出る船があるかもしれないと船頭が言った」という記載のみである。古くから瀬戸内海の備前側の港として有名な玉野周辺の可能性が高いと推定した。ちなみに、塩飽から玉野への距離は約六五kmである。
※3
他の日本人の旅行記にも「しゃくし」と記載されている(1550年代禅僧・守龍による)。
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