374 / 480
第11章 ふたりのルイスと魔王2
みささぎのせせらぎ 1564年 京都へ
しおりを挟む〈雪沙、孫介、策彦周良、又助〉
琵琶湖畔を歩く頃には太陽がずいぶん高くなり、長く道を進めるのは慣れた旅人でも辛くなっていた。馬ならば多少は楽であるので、雪沙の一行は彦根で馬を調達することにした。
雪沙は腕に古傷があって、片方はうまく使えない。歳を取ってそれはいっそう顕著になった。乗り降りの時だけ孫介が手伝うのだが、馬の取り回しはまったく問題なかった。よほど馬に慣れている人なのだーーと感心していると、雪沙がふっと笑う。
「馬に上手く乗れないくせに、扱いは不自由がないから見ていて不思議だろう」
「いやいや、よほど騎馬の上手だったのだろうと感心しております。腕に古傷がなければ、弓矢も使えたのでしょう」
雪沙は馬上で弓を引く仕草をしてみせてから手を手綱に戻す。
「いやいや、この国の武士がやるような真似はできない。せいぜい剣を振るうぐらいだ」
「今でも刀は振れるのですか」と孫介は気になっていたことを尋ねてみる。
「うむ、使える腕の方なら振り下ろすことはできるが、心もとないな。もう老人だからそれでいいのではないだろうか」
雪沙の馬が相づちを打つようにブフブフと声を出す。意思の疎通が図れているようだ。
琵琶湖沿いにひたすら歩いて大津までたどり着けば京もほど近い。一行はさらに足を伸ばして堺まで行くのだが、京では天龍寺に立ち寄ることにしている。天龍寺に住する僧、策彦周良(さくげんしゅうりょう)に会いに行くためだ。
もともと、雪沙が日本に留まることを決めたきっかけは彼だった。
雪沙が初めて京を訪れた14年ほど前、季節は真冬だった。比較的温暖な山口から瀬戸内海を辿って行ったからかもしれないが、目的地は想像以上に、ひどく寒かった。同行者のフランシスコ・ザビエルも薩摩生まれのベルナルドも同じように感じていた。京の都はそれよりもさらに彼らに冷たかった。公卿に取りなしを頼もうとしても門前払い、厳冬の中歩いて坂本にいるという将軍を訪ねていったらすでに他所に移動した後だった。子どもの使いより虚しいありさまだった。
それだけだったならば、雪沙は決してもう二度と京の地に足を踏み入れなかっただろう。
雪沙の一行は京の天龍寺で策彦周良と話す機会を持つことができた。天龍寺といえば京の五山のひとつに数えられる臨済宗の名刹である。特に曹源池庭園といわれる庭は有名で、この種の庭園で最高傑作のひとつといわれる。
一行は庭園を見るために天龍寺に行ったのではない。そこに策彦周良がいると聞いたからだ。なぜ策彦なのか。それは彼が明の国を二度も訪れたことがあったからだ。明は海禁という法を長く採用していて、決められた国の朝貢という形でなければ外国人を一切受け入れていなかった。世界の海に雄飛しているポルトガルでさえも上陸の許可を得られない。その国へ国使、あるいは副使として二度も訪れたのが策彦だったのである。明への宣教に赴きたいと熱望していたフランシスコ・ザビエルにとっては、ぜひ話を聞きたい人物だった。
結局、策彦は明への上陸がたいへん難しいという抽象的な話しかしなかったのだが、それは暗に、長い時間をかけて明とやりとりをし、それだけの朝貢品を携えて、船団を誂えるなど体裁を整えなければ不可能だということを示していた。
ただ、そのときザビエルの話すキリスト教の話に耳を傾け、禅の考え方を平易に説いた策彦に雪沙はたいへん感銘を受けた。そしてしばらく考えたのちに、一行と別れて京に留まることに決めたのだ。もっともそれだけが一行から離れた理由ではない。雪沙にしてみたら「年老いていつ倒れるか分からない身でずっとフランシスコの旅に付き添うのは足手まといになる」と思っていたこともあった。雪沙がいるから前進しないという選択肢も取ってほしくなかった。
策彦との対話は決心を後押しする合図のようなものだった。
大津から山科まで出ると山々の姿もだんだん背後に去っていく。この辺りには帝の御陵(みささぎ)があり寺も多くあるので、静かで荘厳な土地といった風である。側の川に舟が一艘、滑るように流れていく。流れがほどよく緩やかなのか、船頭もさほど働いていないように見える。
蒸し暑い中でも景色に涼を感じられ雪沙たちも舟で進みたいような気分になる。
ほどなく荒神口へ至り、一行は人々の往来が盛んな様子にきょろきょろする。
雪沙にとって久しぶりの京の町はうだるように暑い。
「以前はこれほど暑くなかったような気がするが」と雪沙は傘を少し持ち上げて空を見る。
「一気に季節が変わったようだで」と又助も空を見上げる。
目の前には御所があるが、一行は嵐山まで一気に進むつもりでいる。
最初の目的地はもうすぐだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる