16世紀のオデュッセイア

尾方佐羽

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第11章 ふたりのルイスと魔王2

筑後の流れに 1561~2年 博多から平戸

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〈ルイス・デ・アルメイダ、コスメ・デ・トーレス司祭、バルタザール・ガーゴ司祭、松浦隆信〉

 来日以来過ごした豊後の地を離れて、ルイス・デ・アルメイダは博多にいた。
 現地の人々と交流を重ね、日本語はほぼ不自由なく使えるようになっていた。その彼に日本宣教の責任者であるトーレス司祭は宣教の旅を命じる。

 永禄4年(1561)、アルメイダは博多に派遣された。

 博多の話はさきに述べた。
 彼は18日間滞在したが、彼と話したいと近づいてきた人の中には、頭部にひどい痛みを抱えて苦しむ男と疱瘡に罹患している男もいた。アルメイダが簡単な薬を処方するなどしたところ、3日後には二人の症状が改善した。彼らは感謝の心とともに信徒になった。
 「これは奇跡だ」などとアルメイダは決して言わなかっただろう。彼らの症状はアルメイダにとって既知のものだったから。おそらく患者にもそう伝えただろうが……彼らにとっては奇跡といえるものだったかもしれない。

 初めての博多で過ごす当のアルメイダは正直なところ、築いた病院や乳児院をもう一度軌道に乗せるまで豊後府内に留まりたかった。
 その施設の運営が難しくなったのはアルメイダのせいではなく、あらゆることが初めて尽くしだったからである。西洋、あるいはアラビア医学が未知のものだったこの地では、アルメイダたちのすることは魔術や呪術と同じに映り、それが非難や攻撃の的になった。また、過労のため漢方医が倒れ人手不足になった。最終的にはイエズス会本部が宣教者の医療行為を禁じたことでアルメイダは病院から離れなければならなくなった。

 それらは不可抗力だが患者は引きもきらず、病院を拡張したほどで存在価値はまだ十分にあった。それだけに、途中で退かなければならなかった無念はあっただろう。そして、この国にまず必要なのはより具体的な「救いの手」ではないかという思いもまだ持っていた。

 「救いの手」となる施設は頓挫してしまったが、それらの行いは決して無駄ではなかった。
 熱心な信徒が増え病院の手伝いにいそしんだ。宣教師の振る舞いが無私のものだと理解したからである。彼ら、彼女らは信徒の「組」を作り聖堂に集いともに祈り、奉仕活動をするようになった。その指導はガーゴ司祭が担ったが、病院の運営という大事がその結束を固くしたともいえる。

 それらはキリシタンの「組」であり、ひとつの共同体であり、ポルトガル語でいうならば「ミゼリコルディア」として長く長く受け継がれていった。どれぐらいかといえば、300年以上である。
(このような信徒の互助組織はヨーロッパには昔から存在している)

 ひとつの地に留まり、その住民に宣教するなかで信頼関係を築き、堅固な信徒の集まりを作っていく。それは豊後の地において、ガーゴ司祭とアルメイダ修士によって開かれた方法だった。それは初期に訪れた宣教者の段階から一歩進んだものだといえるだろう。
 蒔いた種を育てるのに喩えることもできる。

 アルメイダは豊後から博多に移動した後、さらなるトーレス司祭の命で肥前平戸に移り、飯良、根獅子(ねしこ)の村落を訪問し、度島(たくしま)、生月島(いきつきしま)などへと流れるように移動していった。

 離島への移動は船を利用したが、彼の旅は徒歩が基本だったと考えられる。
 大分から博多に至るとき、どのように進んでいくだろうか。船ならば関門海峡を抜けて回っていくが、陸路ならば旅人は「くじゅう(九重)連山」を抜けていくだろう。
 大分から大川(福岡)まで、連山を横断する小国往還(おぐにおうかん)という街道がある。現在もそれに準ずる国道がある。大分(府内)~豊後大野~竹田~小国町(阿蘇郡)~日田~八女~筑後~大川という経路である。九州の真ん中を横断するこの道を使って博多に行くなら、その距離は片道200kmを優に超えていただろう。

 博多から平戸も100kmを優に超える。

 アルメイダの長い長い徒立ち(かちだち)の、これが最初の行程だった。

 さて、アルメイダが博多だけでなく平戸にも移動を命じられたのは理由があった。
 京都で将軍謁見に成功したガスパル・ヴィレラは大きな足跡を残したが、九州での宣教活動では芳しい結果を得られなかった。それがいくらか影響していると思われる。

 平戸には早くからポルトガル船が入っていて、ザビエルの一行も領主に目通りをした。ごく初期の有力な宣教の地なのである。その時からトーレス司祭も平戸が宣教の拠点に適していると考えていた。しかし、平戸の松浦隆信は曹洞宗を信奉し、キリスト教にはまったく共感を持たなかった。貿易の利益のためには我慢してやろうといった風である。領主がキリスト教になびかないこともあって、在地の仏教勢力からの反発はたいへん強かった。ヴィレラは平戸で1500人ともいわれる多くの信徒を得たが、さらなる反発を生んだ。仏教勢力の抗議の声強く、ついには平戸からの退去を命じられるに至ったのだ。さらにはこの年永禄4年、ポルトガル商人が揉め事をきっかけに殺傷される事件も起こった。

 ただ、松浦氏に次ぐ勢力を持つ豪族、籠手田安経(こてだやすつね、洗礼名アントニオ)だけは終始一貫熱心な信徒として宣教師を喜んで出迎えている。アルメイダもアントニオの領地を主に回ったのだ。
 それにしても、アルメイダを派遣したのは理にかなった判断だった。アルメイダが豊後の府内病院で医師として活躍していたことは、くじゅうの山を越えて響き渡っている。松浦隆信も宣教をするのみの人ならば目くじらを立てたかもしれないが、何もとがめられるようなことはなかったらしい。
 さらに、アルメイダは商人でもあったので現地のポルトガル商人と日本人の間を取り持つことも期待されたかもしれない。実際、そこまでしている時間はなかったが、アルメイダは50人の信徒を得ることができた。

 しかし、彼はまたすぐに豊後に呼び戻される。

 平戸から武雄、鳥栖と戻りつつ、また小国往還にたどり着く。そこに流れる大きな川を見ると、アルメイダはなぜかほっとする。
 今立っている場所は川下なのだが、本当に大きな川である。その幅広く悠々と流れるさまを見て、アルメイダは故郷リスボンのテージョ川をふっと思い出したのだった。

 リスボンを離れてもう何年になるのだろう。

 そこから景色はめまぐるしく変わっていったが、まだ私は故郷を忘れていないらしい。父は元気で過ごしているだろうか。マラッカやゴアにいれば、本国に帰る船に手紙を託すのだが、平戸や豊後では厳しいだろう。商いの相棒だったドゥアルテ・ダ・ガマがもしかしたら知らせてくれたのかもしれないが、そうだとしても返事をどこに出したらいいか分からないだろう。私が転々としているから、せめて父には居所を知らせたいものだ。
 これから移動するばかりの生活になる。
 どこかで行き倒れになるかもしれない。
 故郷の姿はそのとき私の脳裏に残っているだろうか。

 川は往還に沿って走りーーいや、往還が川に沿っているのだがーーかたちを変えながら豊後の地まで続いている。

 筑後川だ。
 
 「豊後はもう帰る場所ではない」とアルメイダは考えるようにしているが、道を進もうと心が逸っている自分に気がついて苦笑する。そして自分の足許をじっと見る。
 彼は豊後の人々が持たせてくれた頑丈な草鞋を履いていた。
「アルメーさま、その靴では旅の道中で破れてしまいます。せめて歩くときはこちらをお使いになってください。替えもありますけん」

 たしかに彼女たちの言葉は正しかった。
 何足も持たせてくれた草鞋は山道にもぬかるみにもびくともしなかった。紐が切れたら替えを使う。身体も足も相応に疲れたが、履き物に困らないというのは心強いものだった。

 山道を歩くには山道の知恵がいるのだ。
 この地で生きていくにはこの地の知恵がいるのだ。
 人に信じてほしければ……とアルメイダは頭の中でつぶやいてみる。

 前年に日本を去っていったガーゴ司祭の姿が浮かんだ。
 それはたいそう華やかな船出で、太守の大友義鎮はマラッカのポルトガル副王に渡すようにとたくさんの土産を持たせたし、信徒も近郷近在のみならず、ずいぶん離れた土地からも訪れ司祭を見送った。それはひとえに、ガーゴ司祭の徳の高さの証左だとアルメイダには思えた。
 おそらく、病院を建てたりすることができたのも彼が豊後の宣教を担っていたおかげなのだ。これからはそのようにはならないかもしれないが……与えられた果実を大切に、心のうちに留め続けよう。

 自身を導いてくれた人にアルメイダは心から感謝の思いを抱いて、豊後への道を歩き始めた。

 筑後の流れは陽光を受けて、きらきらと輝いていた。

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