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第10章 ふたりのルイスと魔王1

ローマのスペイン人 1561年 ローマ

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〈ミケランジェロ・ブォナローティ、フランシスコ・ボルハ〉

 ローマの教皇庁に近い一画にある屋敷に、ひとりの老人が暮らしていた。
 この年86歳、寄る年波で耳は遠くなったし、ケガをした腰の古傷は掴まえて離さないとばかり彼にこびりついてしまっている。それでも、まだ教皇庁やフィレンツェからも設計の仕事依頼がある。自邸では時折絵を描いたり、石を掘り進めたりもしていた。しかし、往年の激しい熱や力は望むべくもない。少し前までは、倒れたイエス・キリストを聖母マリアが抱き抱える、いわゆる『ピエタ』像をテーマとしていくつか彫刻作品を仕上げていた。
 人によっては、彼が20代で完成した『ピエタ』と比べて、「大人と子どもほど違う」と見るだろう。しかし見方によっては、もっと高い次元の原型的な美しさを表現しているともいえる。
 
 彼は晩年になって以降、穏やかな暮らしをようやく手に入れた。熱の赴くまま力強く創造に向かっているときはついぞやってこなかったものである。力がなくなってから手に入るとは、まったくさじ加減がなっていない。老人は少し皮肉の感情を持ってひとり笑う。細かい厄介事はまだ残っていたものの、往時の面倒に比べれば耐えられるほどのものだった。

 彼は教皇庁から終生身分を保証されている。2代前のパウルス3世が取り計らってくれたのだ。その庇護があったからこそ、バチカン・システィーナ礼拝堂の壁画を完成することができたのだ。
 そして、パウルス3世はバチカンのサン・ピエトロ大聖堂改築の設計・建築監督をこの老芸術家に託した。

 この事業は60年以上もの間、さまざまな事情によって棚上げされていたものである。設計にはさまざまな芸術家・建築家が関わってきた。順不同になるがブラマンク、サンガッロ、そしてラファエロもそれを任された一人だった。そして設計案まではできても、予算が取れなかったり、贖宥状の件とプロテスタントの動きがあって、着工から完成までにはなかなか至らなかった。

 それを知っていた老人は依頼を引き受けると、一気に大ナタを振るった。サンガッロの設計案を大幅に縮小した案を出したのである。従来路線を支持する者からは批判されたが、教皇庁に潤沢な予算がないことは周知の事実だったので、結局老人の案で着工されることになった。老人が71歳の時のことである。
 ファサードがその後設けられたが、大聖堂には現在まで老人の設計が生きている。



 その時からも十数年の歳月が経った。

 教皇も4人変わった。老人の恩人ともいえるパウルス3世は1559年に天に召された。
 以下列記する。
220代 パウルス3世(1534~1549)
221代 ユリウス3世(1550~1555)
222代 マルチェロ2世(1555)
223代 パウルス4世(1555~1559)
※( )内は在任期間

 そして、1562年の現在はピオ4世が教皇となっている。
 幸いなことに、どの教皇も老人の身分を取り上げようとはしなかった。彼の業績は、『ピエタ』に、『天地創造』に、『最後の審判』に、そして最後の大仕事ともいえるサン・ピエトロ大聖堂の改築に刻まれていたのだから、小さな批判はできても、その仕事の大きさに文句をつけられるはずもなかった。


 老人の邸宅に一人の客人が訪れたのは、1561年ももう暮れようとする頃だった。

 老人は50過ぎぐらいの恰幅のよい客人に、かすかに見覚えがあるような気がした。ただ、どこで会ったのかどうしても思い出せない。相手が名乗るのを待った。
「突然お邪魔して失礼します。私はフランシスコ・ボルハと申します」
 老人はきょとんとした。スペイン訛りのその男に会うのは初めてだった。会ったことがあると思ったのは気のせいだったのかと思い直したのである。
「ああ、そのいで立ちからすると教皇庁の方ですね。一人普請でろくなおもてなしもできませんが、どうぞお入りください」
 部屋に招き入れられたフランシスコ・ボルハはまず、部屋に掲げられた絵を見てしばらく立ったまま身じろぎもせずにいたが、薦められてようやく椅子に腰を下ろした。

 ボルハは老人にみずからの素性を語りはじめた。スペインのヴァレンシア出身、イエズス会のスペイン・ポルトガル管区長を経てローマに移り、現在は総長代理を努めていることなどである。



 イエズス会のことは老人も耳にしていた。
 20年ほど前に新しい修道会として教皇庁に認可され、東方宣教、新大陸への宣教活動を積極的に行っている。認可したのは老人にも縁の深いパウルス3世だったはずだ。以降、派遣する人を養成するために学校を建てたことも話題になっていた。何より、彼らの働きかけがあって、プロテスタントに押されがちなカトリック教会が勢いを盛り返した一面もある。
 この流れは対抗宗教改革とのちに呼ばれる。
 それが、カトリック教会の大きな決定機関が開かれる一端にもなった。
 トリエント公会議である。

「イエズス会のことはもちろん存じております。その総長代理といえば、枢機卿になってもおかしくないほどの立場です。そのような方がなぜこちらにいらっしゃったのですか」
 老人の言葉にボルハは苦笑する。
「いえ、今日はそのような立場で来たのではありません。手紙をお渡しするために来ました」
「手紙?」
「ええ、ヴェネツィアのニコラス・コレーリャから」
 ニコラス、ニコラス・コレーリャ!
 老人は目を見開いた。
 かつて、彼の弟子だった男、いや、老人の記憶の中では彼は小さな少年のままだった。
「どうしてあなたが、ニコラスの手紙を?」
 老人の質問にボルハは「話すと少し長くなるのですが」と少し困ったような顔をして答える。

 イエズス会のスペイン・ポルトガル管区長をしていた頃、ボルハは考え方の違いと、おそらくは元高位の貴族に対する嫉妬・羨望を少なからず受けて、周囲と軋轢を起こしていた。
 そして、スペインに居られなくなったボルハは2代目総長のディエゴ・ライネスがトリエント公会議に長期出席するなどして不在の間、総長代理として務めるよう打診され、半ば亡命する形でローマにやって来たのだった。
 ローマに到着するまでに、ボルハはフェラーラのアルフォンソ・デステ2世の世話になった。その際にニコラス・コレーリャとも会い、老人への手紙を託されたのだという。
 老人にはまだ、どことなく合点が行かないところがあった。
「どうしてスペイン人のあなたが、デステ家やニコラスと繋がりを持っているのでしょうか」
 ボルハは恰幅のよい身体を揺らしながらうなずく。
「ああ、それをまず言わなければなりませんでした。ボルハというのはスペイン語ですが、イタリアではボルジアなのです」



 ボルジア、ボルジア、老人の記憶は一気に1491年まで駆け戻っていく。

 フィレンツェの夏。
 ロレンツォ・ディ・メディチの宮殿で老人はその名の青年に出会った。老人は彫刻や絵の才能を買われて、フィレンツェ一の権力者の家に住み込んでいたのだ。1491年、ロレンツォの息子ジョヴァンニの学友として現れたのが彼だった。

 チェーザレ、チェーザレ・ボルジア。
 黒ずくめの服を身にまとい、灰色の目をした精悍な男。それはメディチ家の華やかさとはかけ離れていたが、老人の目にはそこだけ光が当たっているようにも見えた。

「私の祖父はホアン・ボルジア、元教皇のアレクサンデル6世の子です」
「ということは、チェーザレ・ボルジアの弟の孫ということですか」
「その通りです」
「それで分かりました。あなたはボルジア家の末裔だから、ルクレツィア・ボルジアの嫁いだフェラーラと縁があり、チェーザレの親友だったミケーレ・ダ・コレーリアの子とも繋がりがある」
「はい」とボルハはうなずく。
「あなたをどこかで見たような気がしたのは、そのためですね。相当昔のことで、記憶も薄れていが」
「似ていますか、私は」とボルハは老人に尋ねる。
「そうですね、面影はあるようです。しかし、本当に懐かしい名前だ。もう、その当時の人間はみんな天に召された。ジョヴァンニ(メディチ、教皇レオ10世)もジュリオ(メディチ、教皇クレメンス7世)も。チェーザレのきょうだいもそうでしょう。もうそれほどの長い時間が去っていったのですね……」と老人は感じ入った様子でつぶやく。

「もし、私の大伯父が今も生きていたとしたら、どう思われますか」と不意にボルハが尋ねる。

 老人は再びキョトンとした顔をする。
「チェーザレは、とうに亡くなっているのでは? 確か、スペインのどこかで……」
 ボルハはふっと謎めいた微笑みを浮かべる。
「そう……そうですね。彼はあなたと同じ歳だと本で読んだものですから、生きているならどのような風貌なのだろうと思ったのです。それはそうと、ぜひそこにあるピエタ像に祈らせて下さいませんか。こちらは、私がこれまで見た中でもっとも素晴らしいものだと思います。余分なものが全てそぎおとされて、心の部分だけが残っている」

 老人の目の前で、ボルハはしばらく祈りを捧げていた。

 ボルハが退出した後、老人はしばらくもの思いに耽っていた。
 それからヴェネツィアのニコラス・コレーリャが綴った手紙を読み始めた。

「敬愛するミケランジェロ・ブォナローティ師匠……」

 一方、ローマの街を歩いているボルハはティベレ川のほとりでしばらく立ち止まって、水面を眺めていた。対岸にはカスタル・サンタンジェロが堂々と聳えたっている。

「チェーザレ・ボルジアは生きている。
 日本という国で暮らしている。
 ミケランジェロと同じ年齢ならば、86歳になる。
 もうイタリアに帰ってくることはないだろう。
 私は彼に尋ねたいことがある。
 彼に話したいことがある」

 そうつぶやきながら、最近イエズス会本部で見た書類を思い浮かべる。派遣者のリストに出ていた人々のうち、日本に赴いた人々の名を。
「コスメ・デ・トーレス(スペイン)、ファン・フェルナンデス(スペイン)、バルタザール・ガーゴ(ポルトガル)、ルイス・デ・アルメイダ(ポルトガル)、日本行きを希望している者、ルイス・フロイス………」

 そのリストを見ながら、彼はしばらく考えていた。
 日本は東の果ての国。
 あまりにも遠すぎる。

 はるかな距離を越えて、望みを叶えたい。
 フランシスコ・ボルハは人知れず祈っていた。


 第十章『ふたりのルイスと魔王』完

 第十一章は来年2022年1月よりスタートする予定です。
 
 
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