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第9章 手折られぬひとつの花 カトリーヌ・ド・メディシス

イタリア戦争を終わらせるには 1544年 フォンテーヌブロー

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〈カトリーヌ・ド・メディシス〉

 少し先までの話になるが、カトリーヌは1544年1月に第一子を出産したのち、毎年のように子どもを産むことになる。

 結婚から10年妊娠の兆候がなかったのが嘘のようだった。夫の子を孕むのはカトリーヌにとって、たいへんな喜びである。ただ、それは夫が心からの愛を持って為した結実ではない。夫アンリの愛はディアンヌ・ド・ポワティエに独り占めされているのである。

 年齢は重ねていても変わらず婉然としている、麗しのディアンヌは愛人のアンリにいう。
「あなたはカトリーヌさまに立派な夫であると常に証明する必要があります。妻を抱くのは愛情からではなくとも、あなたの務めなのです」
 そしてこう付け加える。
「ただし、妊娠している間はその限りではありません」

 このように夫の愛人に言われることは、言うまでもないが、妻にとっては最高の侮辱である。

 それを知りつつもカトリーヌは妊娠することに喜びを感じている。もちろんディアンヌに対しては憤懣やるかたなく、不倶戴天の敵だと感じているが、ディアンヌがそう仕向けなければ夫が自分を抱かないことは分かっている。
 夫はもう妻に口づけをしない。
 夜に交わるときでも。
 そして、妊娠すれば一切触れもしなくなる。
 晴れ晴れと、堂々と愛人に会いに行く。

 カトリーヌはアンリを義務ではなく、愛情で受け入れている。なので、このような仕打ちはたいへんつらいものだったに違いない。
 ただ、カトリーヌはこの事態をいつか必ず打開しようと考えていた。そのために今は愛情の有無ではなく、将来の王の母となる基盤を作るべきだと判断したのだ。そして彼女は身重で動きづらい時間を、将来のための蓄えに費やしていくこととしたのである。王宮の下世話な話や人のつながりをつぶさに観察することはもちろん、外交官からは諸国の様子をこまごまと聞いた。
 王のフランソワ1世は息子の嫁を勉強熱心で賢いと大いに買っていたので、王宮の多くの人々もそのような目でカトリーヌを見ていた。したがって外交官に話を聞くことも問題にはされなかった。



 カトリーヌも大きな影響を受けたイタリア戦争は断続的にまだ続いている。
 この戦争が始まったのはチェーザレ・ボルジアが枢機卿になった1494年からなので、もうこの時点で50年経つ。それだけ経ってもまだ、フランスはロンバルディア(イタリア半島北部)を狙って、オスマン・トルコと手を結んでいる。神聖ローマ帝国はスペインやナポリを手放すことなく、ローマやフィレンツェと同盟を結んでいる。そしてフランスがロンバルディアに進攻すると、イギリスが隙をついてフランスに上陸するようになっていた。まるで玉突きである。

 神聖ローマ皇帝カール5世が度重なる遠征に倦み飽きているというのはもっぱらの噂で、「早く子どもに皇帝位を譲りたい」とこぼしているともいわれている。ただ、万事が一向に落ち着かない状態で引退するわけにもいかないのだった。
 帝国領を脅かすオスマン・トルコのスレイマン1世は48歳でまだまだ健在だった。

 これらの戦況はおおむね、もうこの世紀のはじめから固定している。ただ、途中からそこに加わったカトリックとプロテスタントという宗教の分裂(信仰が分裂したわけではない)が事態に混迷を与えていた。この分裂が当事国の内政に深刻な事態を引き起こしている。1525年に起こったドイツ農民戦争がその端緒で、以降はいさかいが各所で起こることになる。君主たちはその問題と長く向き合わなければならないだろう。

 カトリーヌはそのことをずっと考えている。
 この戦争がどれほど続くのか。
 止めるとしたらどのような方法があるか。

 彼女の係累であるコジモがフィレンツェから送ってきた手紙にもその糸口があるように思えた。
 コジモはフィレンツェ公、すなわち君主になった。これまでメディチ家の誰もが、大ロレンツォですらも到達できなかった地位である。それは神聖ローマ帝国という圧倒的な軍事力を持つ庇護者があってかなったことだった。1539年には帝国領であるナポリの副王の娘を娶っている。

〈かつてチェーザレ・ボルジアが成し得なかったことを私はやり遂げてみせる〉

 コジモがそう書いた意図をカトリーヌはよく理解できた。マキアヴェッリの『君主論』を読んでいたから。チェーザレ・ボルジアが成し得なかったことーーそれはローマを中心とするイタリア半島の統一だった。マキアヴェッリもそう書いている。そして、真に力量のある人間がそれを成すことができると。

 コジモは神聖ローマ帝国に頼らずに、フィレンツェの地歩を固めてから、トスカーナ地方全体を領有しようと考えている。おそらく、それはトスカーナにとどまらないだろう。

 それはひとつの有効な手段だとカトリーヌは思う。なぜなら、イタリアが常に狙われるのは強固な統一国家ではないからだ。イタリアが力量を持つ司令官に統一されれば、フランスと神聖ローマ帝国もイタリアをめぐって戦うことがなくなるか、なくならないまでも、その中身が変わるだろう。
 確かにそれがイタリア戦争がだらだらと続く最大の原因だった。

 軍人としての力量ならば、コジモにはもう備わっている。それでもしばらくは、彼は機を待たなければいけないだろう。カトリーヌと同様に。

 そして、カトリーヌにはもうひとつ、この戦争を終わらせる方法があることを知っていた。

 フランスがイタリアを永久に諦めることである。

 しかし、それにはまだまだ時間が必要だろう。
 フランソワ1世はまだ戦いを続けている。マキアヴェッリの本を読みながらカトリーヌは思う。王が生まれたのは1494年である。
 王はイタリア戦争が始まった年に生まれた。もちろん生まれた時から戦争をしていたわけではないけれど、自分の生涯をこの戦争に費やしたいと、本心で望まれているのだろうか。
 アンリもいつかそれを続けようとするのだろうか。

 それだけは絶対避けなければならない。

 お腹が少しだけびくんと動いた。
 カトリーヌはそっと手をあてて、しばらくそのままにしていた。
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