265 / 480
第9章 手折られぬひとつの花 カトリーヌ・ド・メディシス
ゴシック体の本 1533年 モンペリエ
しおりを挟む〈ミシェル・ノートルダム、フランソワ・ラブレー、デジデリウス・エラスムス〉
さて、フランソワ・ラブレーはモンペリエの食堂でミシェルに対して、「医者と著述業を兼ねるのは難しい」というようなことを言っていたが、彼が書いているのはヒポクラテスの医学書の注釈だけではない。
ミシェルにはこのとき、本が手渡されていた。
「まあ、感想でも聞かせてくれ」とラブレーはミシェルに告げて今日の宿に戻っていった。翌朝にはすぐリヨンに戻るらしい。学友たちにも見せてほしいということで、数冊同じものを渡された。
ミシェルはラブレーが物語を書いていることは知っていた。モンペリエ大学の学友の間では医学部でも何学部でも、文芸がたいへん流行していていた。もちろん多くはラテン語で書かれているのだが、母国語のフランス語で詩や散文を書く者もポツポツと現れていた。
「そうだな、ラブレーさんはずっとエラスムスに恋焦がれていたから、自分でも物語を作って完成させたんだ。でも挿絵も入ったこんな立派な本にしてしまうなんて、すごいなあ」
ミシェルはフォントネー・ル・コント村でラブレーに初めて会ったときのことを思い出す。
「修道院がギリシア語習得を止めさせようとする」と憤慨していたかと思えば、チラコー先生の家で『愚神礼賛』を嬉しそうに自分に見せていた。エラスムスの本はラブレーの宝物のようなものだったのだ。
「何と素晴らしい諧謔!このような本があれば、人はあらゆる理不尽を笑い飛ばすことができる。笑えないのは理不尽の当事者だけだろうさ」
ラブレーのそんな熱に圧倒されて、ミシェルも『愚神礼賛』を読んでみた。
確かにラテン語で書かれたその書物は諧謔と笑いにあふれている。ただ、ミシェルには少々どぎついと感じられた。やり過ぎるのである。感受性が豊かな若者などはあまり心地好い気分にはならない場合もある。
「そりゃそうさ。お前の好きなダンテ先生とはちょっと違うだろう。でもこれにはダンテ先生に通ずるものがあると思うぞ。喩えるものがちょっと異なるだけだ」
そんな風に言っていたラブレーの熱を思い出しながら、ミシェルは手渡された真新しい本を抱えて家路を急ぐ。早く読みたくてたまらないが暗くて読めない。仕方がないので立ち止まって、本をパラパラと見た。
活字の種類がよく見られるものと違うようだ。
このころの書物にはほぼ同じ活字が使われていた。
ラブレーの本に使われていたものとは違う。
ラブレーの本に使われていたのは、ゴシック体だった。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。



会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる