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第7章 海の巡礼路(日本編) フランシスコ・ザビエル
海と時間の競争に巻かれ 1551年 三洲嶋からマラッカ
しおりを挟む〈フランシスコ・ザビエル、ベルナルド(河邊成道)、アントニオ(日本人)ら同行者、ドゥアルテ・ダ・ガマ、ディエゴ・ペレイラ〉
1551年12月、ガマの船は三洲嶋に到着した。
明国(中国)沿岸の島で小さいと聞いていたが、船の数は島の規模に対して驚くほど多かった。ガマに詳しく聞いたのだが、ここは明国との貿易の一大拠点なのだそうだ。とはいえ、正式なものではまったくない。
密貿易の一大拠点なのだ。
これまで何度も話している通り、明国は海禁策(法)を取っていて、皇帝が認可した国としか貿易を行わない。それも何年かに1度だけしか認めない。京都で天龍寺の高僧・策彦周良(さくげんしゅうりょう)が話していた通りだ。その結果、明国の大都市、広州にごくごく近い三洲嶋(音読 : サンチャン)が密かな交易の一大拠点となったというわけだ。
海にはキャラベルやジャンクや弁才船(べざいせん)……貿易船が溢れている。
私はそこで、懐かしい顔を見つけた。
商人のディエゴ・ペレイラだ。ペレイラも私の姿を認めたらしく、あちらから駆け寄ってきた。
「司祭、ずいぶんと髪が白くなられて……コーチンで最後にお会いしたのは3年ほど前のことでしたが……本当に苦労されたのですね」
確かに私の髪はすっかり白くなった。きっとずいぶんと老けて見えるのだろうと思いながら、ペレイラと抱擁した。
彼はゴアのポルトガル総督から明国と通商交渉を任されている特使なので、この辺りの情報に通じている。私はガマにあいさつをしてから、ベルナルドら一行とともにペレイラの居宅を訪問した。船が出るまでの仮住まいだというが、安普請という印象はなかった。
一行を紹介したあと、私はインドから三洲嶋に至る国々の情勢を尋ねた。ペレイラはまず、明国の対応の厳しさについてため息混じりにもらした。
「いや、本当に大きな国だけあって、なかなか交渉は進みません。司祭がインドにおられた頃とほとんど変化はありません。暫定的にここ三洲嶋で貿易をしながら交渉していますが、よほど粘り強く話し合わないと望ましい結果にはならないでしょう。それに今はもうひとつ問題があるのです」
そしてペレイラは密かに大陸に上陸して捕えられたポルトガル人の話を始めた。
その人の名前はガスパル・ロペスといい、明国の桂林に捕えられてしばらく経っている。ペレイラは総督の命で彼を解放する交渉を続けているのだが、当のロペスからペレイラ宛に手紙が届いていた。それによると、ポルトガル国王の正式な使節(ペレイラのこと)が広東に来て、港湾使用料、入港料を支払うと約束すれば解放される見込みだというのである。
私はペレイラが持っている手紙を見た。そしてロペスの解放がたいへん大切なことだと感じながら読んでいた。ペレイラは明国側のいう港湾使用料などがどれぐらいの額になるか分からないので困っていると言っていた。それはそうだろう。広東に上陸したごくわずかの船の分だけでもかなりの額を求められるだろうし、他にもいろいろ吹っ掛けられるかもしれない。それなので、ペレイラは風向きが変わり始めているが、マラッカに近々戻って長官に伺いを立てるという。
続けてペレイラはマラッカの状況も教えてくれたのだが、そちらも私には驚く内容だった。
私が日本に行っている間に、マラッカでは反乱が起こっていたというのだ。この年の6月、マラッカの要塞はジョホール王とジャワ軍の同盟軍に攻撃を受けた。ポルトガル軍は総勢で反撃に出て4カ月ほどかけて完全に鎮圧したようだが、要塞の被害がどれぐらいかは分からないとのことだった。
私はふっと、周防の反乱のことを思い出した。あのようなことが、マラッカでも起こっていたのか。
どこでもあのようなことが起こりうるのだ。私は運よくまともに戦闘の場面に出くわしていない。ただ、トーレス司祭やフェルナンデス、アマドルらの直面した困難のことを思うと、胸がつぶれるような思いがした。
宣教師がそのような困難に出くわしたら、どう対処すればよいのか。今後きちんと考えなければならないとも思った。
ただ、日本にいる間に一通の手紙も届かなかった理由は類推することができた。戦闘があったために、手紙があったとしてもマラッカに届けられない。また、届いていたとしてもそこから出られなかったのだろう。だとすると、マラッカには手紙が留まっているのかもしれない。
そのことが私に大きな希望をもたらした。
「ガマと少し話しましたが、彼の船はシャム(タイ)で越冬するようです。司祭はどうされますか」
私は少し考えてから、ペレイラに頼んだ。
「もし、乗員にゆとりがあるのなら、あなたの船に乗り換えさせてもらえないだろうか。明国に捕われているロペスのことも気がかりです」
ペレイラはその言葉を想定していたかのように、はっきりと言った。
「もちろん、大歓迎です!」
「これほど多くの船が入る島ならば、聖堂を建てたらいいですね」とベルナルドが言う。
船が嵐に遭っていたときには相当気分が悪い様子だったが、今はすっかり治ったようだ。若さだろうか。
「そうですね。ただ、ここの島での交易活動は明国では非合法なのですよ」と私は答える。
私は一同に、ペレイラの船に乗ってマラッカに向かうことにしたと伝える。
私も早くマラッカに向かいたかったし、アマドルは早くインドに帰してやりたい。そして、ベルナルドはその先へ送り出してやりたい。タイで越冬する時間がもったいなかったのである。
私たちは三洲嶋に滞在するポルトガル人のためにミサを行って過ごしていた。
そして、運良く順風が吹き始めたので、ペレイラの船、サンタ・クルス号は島から出航することになった。
ただ、時機としてはギリギリの出航だった。
私はそれまで書き上げていた手紙をリスボンまでいちばん早い船で送りたかったのだ。もちろん、私たちもそれに乗って行きたいと思っていた。
インドからポルトガルへ行く船は例年1月末か2月初めで最終だ。それを逃すと、また晩秋まで待たなければならない。そこから逆算すると、手紙は12月26日前後にマラッカを出航する船に乗せなければポルトガルに着くのが大幅に遅れてしまう。もうここ三洲嶋で12月になってしまったことを思って、私は居ても立ってもいられない気分になった。
「司祭、マラッカからコーチンに出る船に間に合わないようでしたら、途中で小型の快速船を出すようにします。あとは天候が問題なく済むように祈りましょう」とペレイラが励ますように言う。
この間の航海は気が急くばかりだったので、よく覚えていない。ただ、天候に恵まれたことが幸いだった。
そして、サンタ・クルス号は12月24日にマレー半島の南端(現在のシンガポール)までたどり着くことができた。
マレー半島の中央部にあるマラッカまで、2日で行けるだろうか……。
ここでペレイラは直ちに小型快速船を雇ってくれた。私たちはマラッカに慣れているアントニオを先遣としてその船に乗せた。彼はパウロ(弥次郎)とともにマラッカにいたからである。
〈マラッカ、ペレス司祭どの
(中略)
小船に乗ってそちらへ連絡に行く日本人アントニオに言いつけて、インド行きの船があるかどうか、急いで私に知らせてください。そしてもしも、出帆の準備ができている船があれば、船長に話して、もう1日だけ待っていてくれるように頼んでおいてください。私は日曜日(27日)中にはマラッカに着きますから。修院の人たちのうち、ジョアン・ブラヴォだけをアントニオと一緒に私のところへ来させてください。インドへ着くまでの必要な食糧を私のために探しておいてください。神への奉仕のために、インドへ急行することがどうしても必要なので、もし出帆する船があれば(マラッカにはまた)、5月に戻って来ます。私たちはすぐに再会し、主において喜びあうことができますから、これ以上言いません。
主において、すべてあなたのものである、フランシスコ〉(※1)
私は慌ててこの手紙をアントニオに託した。
走り書きどころか、殴り書きという方が正しい。私はその手紙を見返すこともしなかったが、これまででもっとも自慢できない手紙に違いない。
アントニオに手紙を託し、必要なことがらを話して送り出した私に、ベルナルドは苦笑して言った。
「司祭さま、この航海では、夢を見る暇もありませんでしたね」
まったく、その通りだった。
※1 『聖フランシスコ・ザビエル全書簡』3巻
河野純徳訳 東洋文庫
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