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第7章 海の巡礼路(日本編) フランシスコ・ザビエル

幻術師あらわる 1551年 山口から岩国

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〈フランシスコ・ザビエル、ファン・フェルナンデス、ベルナルド(河邊成道)、インドで出会った男、セサル・アスピルクエタ〉

 1550年から51年の初めにかけて、私たちは山口から京都への途上にいた。

 この山口からの旅が私たちにとってもっとも危険な旅だったといってもよい。ベルナルドが聞いたところによれば、近年に起こった戦争の余波が至るところにあるというのである。

 この辺り一帯は総じて中国地方と呼ばれているが、大内氏の周防国を抜けると京都の方に向かって、安芸(広島)・備後(広島)・備中(岡山)という国々が瀬戸内海に沿って続いている。このときはほぼ毛利氏によって治められていたが、その余波で元々の在地領主とのいさかいがところどころで発生している。
 少し前に、ここからは山向こうにあたる地域にある月山富田城(がっさんとだじょう)というところで大きな戦乱があった。それに続いてこちら側の安芸国でも吉川(きっかわ)氏という豪族、小早川氏という豪族の領地で内乱があり、当主が追放されたり、殺害されたりしたという。そして、そこは毛利氏の領地となった。そのようなことが続いて、兵から落ちぶれた野盗が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)しており、夜道のみならず、昼でも人気のない道は危険だと道中皆が口を揃えて言った。

 とはいえ、その時に山口から堺に出る船はなく、20レグア(100km)ほど東の岩国という所まで進まなければならなかった。岩国を越えるとすぐ安芸国(広島)になる。そこに近づけば近づくほど危険は増すのだ。
 フェルナンデス、セサルとベルナルドは一様に少し待ってでも海路を取ることを勧めたが、私は待っていることはできないと答えた。危険を侵してでも早く京都に行きたかったのだ。

 もう日本は真冬になろうとしていた。

 道を急ぐ私たちに危険はすぐにやってきた。
 私たちが人気のない夕暮れの道を人里の方へ進んでいるとき、ふいに数人の男達が現れた。
「お大尽がた、どちらに行かれるんじゃ。暗くなったらこの辺りは物騒やけん、わしらときんさい」
 セサルとベルナルドがすっと私の前に出た。
「おんしら、何用じゃ」
 ベルナルドが刀の鞘に手をかけながら低い声で言った。先方がひゅうと口笛を吹くと、ぞろぞろと無法者の男たちが現れた。
 ゆうに10人はいる。たいていのことには落ち着いて対応していた私も、この時は毛が逆立つような恐怖に襲われたことを告白しなければならない。
「いや、長く引き留めるつもりはないんじゃ。金子を置いていけばそのまま行ってよい」
「おんしらぁにくれてやる金子はなか」
 啖呵を切ったベルナルドに男が襲いかかり、刀を上から振り下ろした。ベルナルドはすっとよけて、抜いた刀の柄で相手の腹部を突いた。相手はどっと倒れた。
「このおっ、痛い目に遭わせてやるけぇ、覚悟っ!」
 激高した男に気を取られている間に、後ろから別の者がベルナルドの背に襲いかかる。
 ヒュウウッ!
 ズバッ!
 とっさにセサルが刀を斜めに振り下ろすと、相手の腕が跳ね飛んだ。残りのならず者たちは、「ぬしらぁ、ぶっ殺しちゃるけん」と凄みをきかせて円陣を組み、私たちを取り囲んだ。
 万事休すだ。
 その時だった。
 突然、鐘を打つ大きな音が一帯に響き渡った。
「火事じゃあ、火事じゃぞおっ!火事じゃあっ!」
 その音に驚いたならず者たちは、舌打ちしながら走り去って行った。
 私たちは何が起こったのか一瞬理解できず、きょろきょろ辺りを見回した。すると、脇の木の枝からばさっと男が一人、降りてきた。
「あいつらはここらを根城にしとる盗賊じゃ。まだ近くにいる。早くここを立ち去るがよいと思うぞ」

 私たちが礼を言うと、その男はセサルをじろじろと見て相好を崩した。
「いや、愉快ゆかい。宣教師殿のご一行ではないか。よく日本に来なさった。従者殿も息災じゃ。西洋人とも、じじぃとも思えぬ刀さばきじゃ。まことに見事なり」

 私は薄汚れて髭ぼうぼうの彼の顔を見て驚いた。いや、正直に言えば初めはどこで会ったのかしばらく思い出せなかったのだ。思い出したのはセサルだった。
「ああ、インドのネガパタンからサン・トメに向かう船にいたな。おまえは日本人だったのか」とセサルが低い声でつぶやく。
「おう、じじぃはまだ呆けとらんようじゃ。さよう、わしは日本人じゃ。通り名は果心居士(かしんこじ)と申す」(※1)

 私はそこでやっと思い出せたのだ。船で会ったあの謎の男。その男が日本にいることに仰天した。セサルも多少驚いただろうが、それを表には出さず、冷静に問い返した。
「果心殿、いずれにしてもおまえに救われたのは間違いない。礼を言う……しかし、木の上で何も持たずにあのような音を出すとは……あれは奇術か」
 果心居士はニヤニヤと不敵に笑っている。
「はは、そのようなものだ。私は幻術と言うておるが、こんな外道の術も役に立つことがあるのだぞ。まぁ、従者殿の腕前ならわしが出なくとも皆斬り捨てられただろうが」

 幻術も斬り合いも、どちらとも私にはあまり望ましいものではなかった。しかし急いで礼を述べた。
「ありがとうございます」

 果心居士はうなずいて話を続ける。
 
「もう一里ほど先に旅籠(はたご)がある。せっかくのご縁じゃ、案内してつかわそう」
 旅籠に向かう道すがら、私は果心居士にいくつか質問をした。彼は前に会ってから二年ほどインドを回り、日本に戻ってきたという。
「わしは普段素性を明かさぬようにしておるが、貴殿らは特別じゃ」と彼は呟いて先を歩く。

「おまえはなぜ旅をしている。修行か、それは何のためだ。仕える王を求めているのか」
 セサルが不意に問いを投げた。
 果心居士はしばらく黙っていたが、「そうさな、とりあえず畿内に行くつもりだ」とだけ答えた。
 私たちを旅籠の前まで連れていくと、果心はとぼけたようにつぶやいた。
「もう4、5日うちに、岩国から堺に行く弁才船(べざいせん)があるはずじゃ。急がねばならんなぁ」
「おまえも乗るのか」
 セサルの問いに果心はニヤリと笑って、首を横に振った。
「わしは陸を行く。船は逃げ場がないが、陸はいくらでも逃げられるからのう。幻術も海には勝てぬわ。まぁ、縁があったらまた会おう」
 そう言って彼はゆっくりと去っていった。

 旅籠(宿)の主人に聞くと、確かに5日後に岩国から堺に出る船が出るという。彼は人を惑わすのが生業(なりわい)のようだが、私たち一行には好意的なようだ……と思ったがそれは早計だったようだ。
「あ、干飯(ほしいい)の小袋が足りない!」
 ベルナルドが旅籠で荷物を改めながら、叫んだ。
「やられたな、これも授業料ということか」
 セサルが苦笑した。

 いずれにしても、岩国で船に乗り込みさえすれば、もう盗賊に遭わずに済む。そうすれば堺に、目指す京都のすぐ側まで行ける……。
 私はよほど安堵したらしい。この夜はぐっすり眠れたし、寝言も言わなかったそうだ。


※1 第6章の『象の群れと聖トマスの面影』の節を参照ください。
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