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第7章 海の巡礼路(日本編) フランシスコ・ザビエル

料理人ベルナルド 1550年 下関から小郡(山口)

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〈フランシスコ・ザビエル、ファン・フェルナンデス、ベルナルド(河邊成道)、セサル・アスピルクエタ〉

 1550年の晩秋、私たちは海峡を渡って赤間関(下関)の津に至った。博多の津はたいへん賑やかだったが、赤間関の津は本当に大きな港だった。そう、ゴアやリスボンに匹敵するのではないだろうか。さすがに、夏期より船は少ない。端奥に停泊している船は、ジャンク船のように見えたが、かなり大型のものばかりだった。
 本州の中国地方と、向かい合う四国という大きな島がある。その間を縫うように瀬戸内海という海がある。この瀬戸内海を通って京都に向かうのが外国船や九州の領主にとっての大きな道だった。内海となるため、瀬戸内海は海流が穏やかだということもあるのだろう。

 私たちは周防山口の大内氏の館を一路めざして歩いていた。歩く、と簡単に言ったが背負子(しょいこ)で荷物を運びながらの旅である。だいたい14レグア(約70km)ほどの行程だ。インドの猛暑の中でもよく歩いていたので、大したことはないと考えていたがそれは少し甘かったようだ。日に日に気温が下がっていき、私は体力が消耗するのを感じていた。かさかさと散った葉が降り積もって、足元で音を立てる。山を抜けることもしばしばで、その時には枯れ葉を踏みしめ、ぶるぶると震えながら歩かなければならなかった。ベルナルド(日本人)やフェルナンデスがほとんどの荷物を抱えてくれたが、それでもきついと感じたほどだ。

 セサルは淡々と黙って歩いている。
「セサル、大丈夫ですか」とフェルナンデスが声をかけている。セサルは微笑んで、「Estoy bien.」(大丈夫だ)と答えている。
 私はセサルがスペイン語で話すことが増えたのに安堵していた。もちろん私やフェルナンデスがスペイン語圏の人間だということもあるだろう。そして彼もローマの人だが、スペイン人なのだ。これまでセサルは用心してスペイン語を使わないようにしていたが、それもこの国では無用の心配だろう。
「El viaje de invierno de España también fue tan frío.」
(スペインの冬の旅も、このような寒さだった)
「España está seca, pero el frío es duro.」
(スペインは乾いていますが、寒さは厳しいですね)
 セサルとフェルナンデスが話しているのを聞きながら、私はセサルの冬の逃避行について話を聞いたことを思い出していた。
 首府近くのメディナ・デル・カンポから北のバリャドリッド、そして北東に進路を取ってサンタンデール、冬のビスケー湾……命からがら逃げる中で彼はひとつの啓示を受けたと言った。そして、その後で言葉が彼に降りてきた。



〈あなたの人生を、
 もう終わったものとして考えなさい。
 そして残された日々を、
 それがあたかもあなたの人生の
 続編に過ぎないかのように、
 自然と調和して生きなさい〉

 これは彼にとって、人生の続編なのだ。
 そしてあるいは、彼の巡礼なのだ。
 そしてあるいは、私の巡礼でもあるのだ。

 少しばかり道中で聞いた大内氏のことを話しておこう。
 この赤間関は日本において軍事の上でもたいへん重要だという。この地を治めるのは伝統的に重要な家が担っているという。一時は政治の中枢だった北条氏、北条氏が滅びてしばらく後に大内氏が任されることになった。そして、周防・長門の本州側に始まり、九州の豊前も大内氏の領地となった。正式な領主の役名は「守護」という。それが200年続いているというのだ。

 大内氏が自前の銀山や銅山を持っている話は前にしたと思うが、外国との交易の管理も大内氏が握っていた。赤間関には代官を置き、港の管理や通行税(関銭や帆別銭)の徴収にあたる。また、国交のある明国(中国)や朝鮮をはじめとする各国使節の応対も担っていた。京都への入口のような町だということだった。

 そのような港と領主の館への経路だったので、山はあるものの人の行き来は多かった。宿も要所要所にあったので、野宿をするようなことはなかった。いや、野宿は盗賊や追い剥ぎが出るので決してしてはいけないとベルナルドが厳しい表情で言った。京都に向かうのも、本来ならば絶対に海路を取るべきだというのは九州の頃から言われていた。海も完全に安全だとはいえないのだが、徒歩で旅行するよりははるかにいい、ということだった。大内氏の領内は比較的治安がいいようだったが、それでも安心できる状態ではなかった。
 盗賊が多いのは、戦闘が散発していることと無縁ではないようだった。戦いでは必ず、勝つものと負ける者がいる。負けた者は捕らえられて殺される、あるいは逃げ出してさまよう。その途上で盗賊となっていく者が多くなる。

 赤間関から豊浦、小月(おづき)を抜け厚狭(あさ、すべて山口の地名)までたどり着いた。寒さは一層厳しく、泊まる宿の寝床はワラを束ねた敷物と、硬い木の枕だけだった。寝ていても震えが来て、下からしんしんとした冷たさが身体にじかに伝わってくる。
 私の眠りは浅くなっていたようだ。
 目を開くと、ベルナルドが私に藁の敷物をかけながら、心配そうに見ている。
「パードレ(Padre、ポルトガル語で司祭のこと)、大丈夫ですか」
「ああ、また何か言っていたのか……」
「はい、よく分かりませんでしたが……」とベルナルドが言う。
「Oh bom Jesus, meu Senhor, Criador!と言ったんだ。ポルトガル語ならば」とセサルがベルナルドの背後で口を開く。
「ああ、夢で祈っていたのかもしれない」と私はぽつりとつぶやく。
「正確には、Oh, Jesus, ene Jauna, Egilea!だが」
(おお、善きイエス、私の主、創造主!)
 そうセサルは付け足した。

 私はバスク語で話していたのだよ、アントニオ。今話しているように。それは生来の自分の言葉だ。きっと、浅い眠りの中で無意識に出たのだろう。思えば、私はずっと他の国の言葉を話してきたのだ。特にナヴァーラに戻りたいという気持ちは持ってなかったが、本能なのかもしれない。父ホアン・デ・ハスが、母マリア・アスピルクエタが赤ん坊の頃からゆりかごに眠る私に向かって話しかけてくれた言葉なのだ。

 少なくとも、それを、バスク語で寝言を言っていることを分かっていてくれる人がいることが、これほど心強いことだとは思わなかった。
 ベルナルドとセサルが言うには、それは京都に着くまでしばしば見られた現象だということだった。

 山や丘はあったが、私たちが歩いていたのは海寄りの道だったので、晴れている昼の時間は太陽の温かさを感じることもできた。私たちは昼の時間にできるだけ距離を稼ごうと急いで歩いた。歩きすぎてほとんど宿屋のない辺りまで進んでしまうこともあった。私たちは地図というものを持っておらず、道行く人や道標を頼りに歩いていたのだよ。土地勘というものがなかったのだ。ベルナルドにしても、薩摩国から出たことがなかったのだから。

 歩き回ってようやく宿屋を見つけても、食事がないこともしばしばだった。
 そんなときは、ベルナルドが干飯(ほしいい)の麻袋を取り出すのだ。そこには乾燥させた米つぶがたくさん入っている。
 初めは、「それはいくら何でも硬くて食べられない」と困惑したよ。
 するとベルナルドが宿で湯をもらって、器に移したそれにまんべんなく、たっぷりとかけるのだ。ここで、私たちは少し待たなければならない。一同でそれを眺めていると、干飯はほどよく柔らかくなってくる。それは柔らかくて美味しかった。イベリア半島でも米を食べるので、一同にとっては違和感なく食すことができた。
「塩漬けのオリーブか、オリーブ油だけでもあればいいのだが」と私はつぶやいた。すると、ベルナルドが申し訳なさそうに宿でもらった味噌や魚醤(ぎょしょう)を出すのだ。これはとても塩辛い調味料だったし、発酵した独特の香りもするので、初めは苦手だったが、少しずつならばおいしく食べられるようになった。
 干物という、魚の干したものや、魚を液に漬けて発酵させたものも運がよければ食べることができた。焼けるときの匂いが食欲をこの上なくそそったものだ。こちらは、イベリア半島でもあるので、上等な食事だった。

 こと食事にかけては、ベルナルド以上の人はいなかった。彼のおかげでこの道中を進むことができたと思う。

 そのうちに私たちは小郡(おごおり、現在は山口市)という少し大きい町にたどり着いた。人や馬が行き交い、たいへん賑やかだ。馬はたいへん多いと感じる。宿屋が何軒もあって、道端で温かい飲み物を売っている。
 この地方の中心地が近いことを感じさせる。

「ここまでくれば、山口まであと一息です」とベルナルドが嬉しそうに笑う。
 私たちも彼の満面の笑みにつられて、笑った。
 
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