16世紀のオデュッセイア

尾方佐羽

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第6章 海の巡礼路(東洋編) フランシスコ・ザビエル

みな同じ人間だ 1542年 モザンビークからメリンデ(ケニア)

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〈フランシスコ・ザビエル、ミセル・パウロ、フランシスコ・マンシラス、ディエゴ・フェルナンデス、モザンビーク人の少年、セサル・アスピルクエタ〉

 モザンビーク島で越冬することになった1541年のインド艦隊の話を続けよう。



 あの40日もの凪がなく喜望峰まで順調に進んでいれば、越冬する必要はなかったのは言うまでもない。ゴアにもとっくに到着していただろう。私たちは1542年の新年をモザンビークで迎えることになったのだ。
 ただ、この越冬は単に冬を越して風を待つためだけのものではなかった。私もそうだが、体調を崩した人が多くいて陸上に床を得てもなかなか回復しない。このとき人々に最も必要なのは休息であり、静養だった。
 患者はもともとこの島に建造されている病院にいる。したがって、私たちが常駐するのもそこである。本当は私たちが日曜以外暇になるような状態ならばよかったのだろうが、残念ながらそうはならなかった。
 私がモザンビーク島を去るまでに最期を看取った人は80人にのぼった。

 1542年1月、私はローマやリスボンに向けて書簡を綴った。『通信』と呼ばれる活動報告書だ。世界中に出ていく役割を担う会員がその地の情勢や人々の回心、自身の活動について報告するものと考えてよい。アントニオ、今あなたに書いてもらっているのも同じだ。リスボンからローマに書いて以降、久しぶりのものだった。

 ローマでイニゴ(イグナティウス・ロヨラ)の秘書をしながら返信を書いていたときには、その作業を億劫に感じることもあった。しかし自分がいざ外に出るようになると、手紙を書くこと、記録を綴ることが何よりも大切な仕事だと思うようになったのだ。
 モザンビークもそうだが、異教徒が多くキリスト教が根付いていない、言葉も違う人々の土地で一から教え諭していくことは大変な困難なのだ。それをどのように理解してもらうかというのは私たちの宣教にとって大切なことだった。

Eta ... hala ere, ez du axola, eta hiltzen naizenean, nire txostenak badira, jarraitu nuen bidea berretsi ahal izango dute. Jendetza asko ikusi nuen zerura gonbidatu genituen Mozambike bidean. Eta orduan horrelako gauzak pentsatu nituen.

(それと……私がいつどこで倒れたとしても、記録があれば、私の辿った道を確かめることができるだろう。モザンビークに至る海の道で多くの人が天に召されるのを見届けて、私が強く感じたのはそのことだった)


 モザンビーク島の半分はポルトガルの要塞都市が築かれていたが、後の半分には地元の住民が住んでいた。褐色の肌の人々だ。普段、彼ら地元の人々とわれわれポルトガルの船団で来た人間が交流することはなかった。
 彼らはイスラム教の影響を受けているようだが、聞くところによれば厳格な信徒というわけでもないようだ。彼らが生来信仰している大地の神への信仰も混ざっていたのだと思う。私たちを異教徒だと排除されなかったのも、そのような事情によるだろう。

 私とセサルが散歩に出たときのことだ。
 一人の少年が私たちを少し離れたところから見ていた。手足が長い少年だった。私たちの基準でいえば大人よりも身長が高かった。この島の住人は皆同じ特徴を持っていたので、少年だと判断するに至ったのだ。
 彼は少しためらっている。そして、おそるおそる私たちの側に寄ってきた。

「Iwe uri mudzidzisi wekunamatira here?」(※1)

 彼の言葉を私たちは解することができない。すると少年は突然膝まづいて、大地に口を付けた。そして、私たちの方を向いた。セサルはそれを見ると、「Si(はい)」とスペイン語でうなずいた。私は驚いた。セサルは少年の言葉を理解しているのか。セサルは私を見ると、「神に仕える者か、と聞いているようだ」と説明した。それから少年を見ると、納得している様子だ。間違った解釈ではないらしい。

「Aripiko mwari wako?」(※2)

 少年は続けて尋ねてきた。
 さすがのセサルも言葉だけでは理解できないようだ。少年はまた地面に膝まづき、地面を何度も撫でる。そして木を指差し、海を指差し、私たちの方に向き直った。

 セサルはしばらく考えている。そして、私に告げた。
「神はどこにいる?」
 私は突然、少年が私たちに尋ねたことを理解した。
 私は胸の十字架を固く胸元で握りしめ、はるかな空を仰いだ。そして、少年の方を向いて空の方へ手を上げた。
 少年は私をじっと見ていた。そして、私の真似をして右手の甲を外側にして空に掲げた。

「Mumatenga」(※3)

 私とセサルは微笑んでうなずく。
 少年も白い歯を見せて微笑んだ。そして、去っていった。

 私はしばらく考えていた。
 どの人も等しく天の下にいる。

 それを知ってもらうには、異教徒だからと避けるのではなく進んで語り合う必要がある。どこの国の人であろうと、たとえ初めは言葉が通じなくても。
 私はふと、遠く離れている親友、ピエール・ファーブルのことを思い出した。かつて、バルバラ学院の食堂で彼が話したことを。

「イニゴと君が相容れない人間だとは、僕は思っていない。しかし、人間の心の糸は大層複雑なものだから、交流がはかれない結果に終わる場合もあるだろう。それでも、一度でいいから、思っていることをお互いにきちんと話してほしい。それをしてなお、やはり付き合うべき人間でないと君が判断するのなら、僕はその判断を全面的に支持するよ」

 言葉や文化が近くても、だからこそ対立している人々の中に飛び込んで話をしているであろうピエールのことを私は思った。彼の試練は私とは異なる。しかし、本当に大切なことは同じであるように思えた。決して昔の私のように、頑なな心で臨んではならない。

 考えている私の肩を叩いて、セサルが言う。
「もう少し海の方を回ってみないか」
 私はうなずいて歩き始めた。

ーーーーー

 インド艦隊が出発するのは2月に決まった。しかしまだ体調が回復しない人がたくさんおり、彼らが2月に出発するのは難しかった。この艦隊の長であるアルフォンソ・デ・ソーザ新総督の判断で、体調の回復しない者は次の船でゴアに向かうようにした。その際に私たちのうちの誰かが残ってほしいと総督が私に要請した。相談した結果、ミセル・パウロとフランシスコ・マンシラスに残ってもらうことにした。ミセルは司祭に叙階していたので、私の務めをそのまま行うことができる。マンシラスも真面目に働き、看護の務めを十分に果たしていた。私は彼がゴアに到着したら、司祭にさせたいと考えていた。


 ゴアに出発するわれわれは、新総督とともにこれまでの艦隊より先に停泊していたクロイン号に乗り込む。1542年2月末のことだった。この船は直接ゴアに向かうわけではない。アフリカ東沿岸を北上し、途中で何度か寄港するのだ。ここからゴアの航路では風に恵まれていたし、私の身体も船に慣れてきたようだった。
 モザンビーク島の次に寄港したのはメリンデ(現在のマリンディ、ケニア)だった。

 私たちの乗っていたのは主にガレオン船だった。かつての航海者たちが遠征に使用したキャラック船の改良から発展した船形で、帆船であることは同じだが速く進むことができ、荷物を多く積めるよう細長く大きく造られていた。ただ、細長いだけに安定感という点では難があり、傾きやすかった。

 ここまで、船酔いで船をゆっくり眺める余裕がなかったということだ。

 メリンデには、上陸してゆっくりと滞在する予定はなかった。そもそもの行程が著しく遅れていたのだ。しかし、体調不良を押して船に乗った人がひとり、メリンデに着く前に亡くなった。彼を埋葬するために、私たちはこの地に上陸することになった。
 また、新総督もメリンデの地を治める国主の表敬を受けて、歓待の席に招かれたので船をいったん降りることになった。この地にはヴァスコ・ダ・ガマ以降、多くのポルトガル人が訪れていたので、人々は皆友好的だった。
 この町はイスラム教徒が多い、というのが第一印象だった。それでも私たちを異教徒だと排斥する空気はない。十字軍やレコンキスタ、プレヴェザの海戦などによって、イスラム教徒は常にキリスト教徒と敵対関係にあるものだと思ってきた私にとって、これは意外な発見だった。さらに、この地にはキリスト教徒のための墓地があり、荒らされることなくきちんと整備されていたのだ。十字架の墓標を見て、心から安堵したことを今でも覚えている。

 埋葬にも付き従ったセサルがつぶやくように言う。
「私がいた頃のローマの住人が特別寛容だったとは言わないが……バチカンにオスマン・トルコの王子がしばらく滞在していたのを知っているか」
「そんなことがあったのですか!」と私は感嘆する。
「それに、私の従者にはコンベルソ(キリスト教に改宗したユダヤ教徒)の出の者もいた。私の血はおまえと同じようにイベリア半島のものだから、イスラム教徒やユダヤ教徒がどのような扱いを受けてきているかよく知っている。ただ、皆同じ人間であることは確かな事実だ。そのような目でものを見ないと、世界に飛び出したところで頓挫するか、暴虐な侵略者になるだけだろう。私はそんな下らないものを欲してはいなかった。決して」

 私は、異教徒についてこれだけはっきりとものを言う人間に会ったことがなかった。いや、異教徒などという狭苦しい話ではない。「皆同じ人間だ」という単純かつ確固とした言葉を聞いたことがなかったように思う。

「あなたが王であったら……」と私は思わずつぶやいていた。リスボンでの異端審問の記憶が不意に蘇ったのだ。セサルは私の顔を見て、つぶやいた。

「Tutto ciò che dobbiamo fare è giudicare dalle capacità umane individuali. Dopotutto ... non mi era stata data una fortuna.」
(すべては個々の人間の器量を見ることに尽きる。あとは……運があったらよかったのだろうが」

 乾いた風が吹くメリンデの町に、イタリア語のつぶやきが乾いた調子で響いた。


《文注》
※1 「あなたがたは祈祷・説教師ですか?」
※2 「あなたがたの神はどこにいますか?」
※3 「天にいる」
(すべてショナ語)
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