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人間編【身銭依存】
【身銭依存】中編
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病院に運ばれた。
その頃はもう記憶がなく、転んでからというもの数日は経っていた。
集団部屋ではなく、個室に運ばれたようだ。
個室とはこうも豪華なのかと驚いたが、幸い、金はあった。
呼吸器をつけられていて、喋ることはできなかった。
眼球を動かすと、酔っていなさそうな男の姿があった。
「よかった。目が覚めたんですね」
その言葉で、女は安堵した。
あの時の男は夢だったのだ。
何かと見間違えたか、たまたま虫の居所が悪い日だったのだ。
突然呼びつけてしまった自分が悪いのだ。
そう。きっとそうだ。
「これで金が手に入る」
呼吸器が、体の空気を吸い上げた。
「ありがとう。あんたの資産のおかげで、俺は働かずとも生きていける」
呼吸器が、空気を押し込んできた。
「人工呼吸器を入れてから数日経った。そもそも高齢で弱ってた呼吸筋も、声帯も、もう衰えてて外せないだろう。ま、それだけじゃないんだけど、アンタはもう喋れない。転んだ拍子に両手をついたから、手も骨折して文字も書けない。コミュニケーションをとる手段は限られるが、そんな手続きは踏まない。これは、俺と言う夫の判断だ」
寝耳に水だった。
女は独身だ。
届けにサインをした記憶なんて、無い。
そんな疑問に答えるように、男は平然と、また鼻で笑いながら言う。
「俺が勝手に書いて、印鑑作って、承認もでっちあげました。それだけ」
すべては計算だった。
金を持っていそうな家に住み込み同然で働き。
信頼を得ながら。
資産状況と、身辺状況とを確認していく。
双方天涯孤独。
歳の差で怪しまれてはいても、別に殺すわけではない。
むしろ生かしている。
仲睦まじく世話を焼いている姿は周囲の人間も知っていた。
生かしているならば、犯罪ではない。
騙し取ってもいない。
どういう状況であれ、ここはそういう国だった。
女は病院に囚われた。
頼らずとも世話を焼かれ。
話そうにも話せない体になり。
殆ど人の来ない部屋で、数カ月を過ごした。
男は女の資産を狙っていた。
ほとんどは代理人に頼んでいた不動産経営やなんやかんや。
収入は十二分にあった。
男はそれを狙って近づいた。
女は個室で生活するための金しか使われず。
夫となった男は豪遊に励む。
悔しい。悔しい。悔しい。
けれど、優しくしてくれた男の姿がちらついて、恨み切れない。
自分がこうしているだけで、男が幸せなら。
自分にできる、今まで尽くしてくれた男への感謝の表現かもしれない。
二つの想いが交差している時。
病院の窓。
月明りに影が射した。
その頃はもう記憶がなく、転んでからというもの数日は経っていた。
集団部屋ではなく、個室に運ばれたようだ。
個室とはこうも豪華なのかと驚いたが、幸い、金はあった。
呼吸器をつけられていて、喋ることはできなかった。
眼球を動かすと、酔っていなさそうな男の姿があった。
「よかった。目が覚めたんですね」
その言葉で、女は安堵した。
あの時の男は夢だったのだ。
何かと見間違えたか、たまたま虫の居所が悪い日だったのだ。
突然呼びつけてしまった自分が悪いのだ。
そう。きっとそうだ。
「これで金が手に入る」
呼吸器が、体の空気を吸い上げた。
「ありがとう。あんたの資産のおかげで、俺は働かずとも生きていける」
呼吸器が、空気を押し込んできた。
「人工呼吸器を入れてから数日経った。そもそも高齢で弱ってた呼吸筋も、声帯も、もう衰えてて外せないだろう。ま、それだけじゃないんだけど、アンタはもう喋れない。転んだ拍子に両手をついたから、手も骨折して文字も書けない。コミュニケーションをとる手段は限られるが、そんな手続きは踏まない。これは、俺と言う夫の判断だ」
寝耳に水だった。
女は独身だ。
届けにサインをした記憶なんて、無い。
そんな疑問に答えるように、男は平然と、また鼻で笑いながら言う。
「俺が勝手に書いて、印鑑作って、承認もでっちあげました。それだけ」
すべては計算だった。
金を持っていそうな家に住み込み同然で働き。
信頼を得ながら。
資産状況と、身辺状況とを確認していく。
双方天涯孤独。
歳の差で怪しまれてはいても、別に殺すわけではない。
むしろ生かしている。
仲睦まじく世話を焼いている姿は周囲の人間も知っていた。
生かしているならば、犯罪ではない。
騙し取ってもいない。
どういう状況であれ、ここはそういう国だった。
女は病院に囚われた。
頼らずとも世話を焼かれ。
話そうにも話せない体になり。
殆ど人の来ない部屋で、数カ月を過ごした。
男は女の資産を狙っていた。
ほとんどは代理人に頼んでいた不動産経営やなんやかんや。
収入は十二分にあった。
男はそれを狙って近づいた。
女は個室で生活するための金しか使われず。
夫となった男は豪遊に励む。
悔しい。悔しい。悔しい。
けれど、優しくしてくれた男の姿がちらついて、恨み切れない。
自分がこうしているだけで、男が幸せなら。
自分にできる、今まで尽くしてくれた男への感謝の表現かもしれない。
二つの想いが交差している時。
病院の窓。
月明りに影が射した。
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