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第3章~魔物の口~

35話「あらたな手がかり4」

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 その後の話も何度か甘い展開はあったものの、そのせいで二人はこのお話がバッドエンドに向かうことなどすっかり忘れていたらしい。
 最終的に二人はくっついたが、アンデット事件以降行方がわからなくなってしまったそうだ。そのことを聞いた瞬間の二人のなんとも言えない表情は思わず笑いそうになった。
 ただそれを察知されて何かしらの仕返しをされるのはたまったものではない。口を裂くほど伸ばして一本の線のように口を噤んだ。

「・・・ご遺体って」

「見つかってないよ。ただ致死量ともいえる血だまりがあったからね」

「・・・えと、ごめんなさい」

「ははは、もう15年も前の事だからね。気にしなくていいよ」

 男は本当に何ともない顔で笑い飛ばした。状況から導き出された答えは、アンデットに襲われその遺体は捕食されたかアンデット化してどこかで処理されたかだろう。
 悲惨な事件だが、傭兵を営んでいればもっと残酷な死を遂げる者は数多くいる。
 男の中の悲しみは時間の流れもあるだろう。だが諦めとは違う、受け入れた部分も大きいはずだ。

「二人は冒険者かな?」

「あ、はい。そうです」

 問いかけというよりは確定した質問にシオンは肯定する。

「命をかける仕事だ。まぁ、頑張ってね」

 シンプルな言い方は、余計なことを言うのは野暮と男が考えてるような気がした。
 それは男自身の経験からいえるのか、それとも信条に近い己の考え方によるものか。

「・・・はい」

 サエラの返事はランタンの光の届かない暗闇に消えていく。




 一日は案外早くくるものだ。アンデットによる前代未聞の事件に巻き込まれたのに時間は当たり前のように過ぎていく。
 ほぼ貸切ともいっていい宿屋で朝日を浴びた我は欠伸をしながら目を覚ました。
 円状に丸めていた身体の捻りを戻し、前足を前方に滑らせて背中を伸ばす。口を開けると新鮮な空気が粘りっけの残る口内を冷やした。

 舌を器用に動かして粘性の強い唾液を飲み込み、それでも喉に残る不快な感覚を洗い流そうと水を求める。
 井戸水の入った容器の置いてある机の上まで移動し、人の手よりだいぶ大きい手で容器を傾けコップの中に注ぐ。
 それを飲み込むことでようやく口の中がさっぱりした。同時に水の冷たさで意識もはっきりする。

「ふむぅ」

 鱗を壁に擦り付けて身だしなみを整えながら、ベットの方へ目を向けた。そこには間抜けな顔で幸せようにスヤスヤ眠るシオンがいる。
 サエラは早朝のうちに走りにでも行ったのか姿はない。年寄りみたいに早起きであるからなあやつ。

 我はベットから垂れる毛布をロープがわりによじ登り、まだ暖かく足場の安定しない布団の上を四足歩行で進む。
 熟睡しているシオンの顔の近くまで移動するとその寝顔を見つめた。

 吸血鬼に呪われたことなど微塵も感じさせない表情だ。無防備にボサボサの髪の毛を軽く整えてやるとだらしない「うぇへへ」という奇妙な声が発生する。
 この姿は身内以外に見せられぬな。と腕を組んで唸った。

 あどけない顔付きは起きてる最中には見えないもので、これが起きてシャキッとするのだから不思議なものである。
 シオンはなんの夢を見ているのか、もぞもぞと体を動かすと服がずれて片方の肩が半分剥き出しになった。布団で体温が包まれてるせいか程よい桃色の肌が熱を持って浮かび上がる。
 まったく、サエラが世話を焼くのも無理はない。我しかいないとはいえ女子の見せる格好ではないと思い、服を戻してやろうと手を伸ばした。
 と。

「む?」

 そんな時であった。鼻先をかすめるように、僅かに花の香りが我の嗅覚を刺激した。
 発生源は目の前でスヤスヤ眠るシオンからで、しかし彼女の身に花など一輪でも咲いてるわけでもない。
 我は竜ですらギリギリ感じ取れる曖昧な臭いを嗅ぐ。それはなんとなくだが、シオンの首元から感じ取れた。

「・・・」

  我は剥き出しの肩ではなく、それに連なって見やすくなってる首元に注目する。寝汗とエルフの女性特有の甘い香りの混ざった濃厚な匂いの中に、やはり先ほど感じ取れた花の匂いがした。
 さらに細かく覗き込むと、それは吸血鬼に付けられた吸血跡・・・2点の咬み傷から発しているのがわかった。

「ぬぅ」

 なぜ傷から花の香りが?呪いの進行を遅らせるためにメアリーが果実や薬草を用いて儀式を行ったが、それとはまた別途によるものである。
 念のためシオンの魔力をチェックするも、吸血鬼の魔力以外に不純物は感じられず目立った異常性もない。

 それにすでに傷に残っていた花の匂いは残滓を感じさせることなく消え失せており、おそらく我が嗅いだのが最後だったのだろう。勘違いだったと言われるほど花の気配など感じられない。

「むむむ」

 しかし、間違いなく今のはバンパイアロードに繋がるヒントの一つのように思えた。
 だが痕跡は残っているようで残っていない。寝起きのせいで花の匂いも曖昧だ。植物園に行って花の種類を特定するのは難しいだろう。
 ぬぅ。むず痒い気分になり我が唸っていると不意打ちのようにある声が背中を貫いた。

「・・・ウーロさん。何してる?」

「・・・サエラ、おかえりである」

「ただいま。何してる?」

 女子の匂いを嗅いでましたーと言えるほど我は図太くない。ゆっくりと振り返ってみるとそこには汗を・・・いや、水洗いした後か。水滴をタオルで拭いながらラフな格好をしたサエラが不審者を見るような目で我を見下ろしていたのである。
 我はいやらしい事など何もしてないはずなのに、なぜか衛兵に見つかった罪人のような気分を味わう。

「何もしとらん」

「・・・自分で言って、説得力ないってわかる?」

「・・・うむ」

 我はペットではなく中身はオッサンであるからな。対応が人間になるのも仕方がない。
 でもホントに悪いことはしとらんのだホントじゃぞ。
 サエラはその手の男なら礼でも言われそうな冷たい目で我を見ると、白魚のような細い指を我に向けた。

「もう一度聞く。姉さんのベットに乗る。剥き出しの肌を凝視してる。顔を近づける。何を、していた?」

 改めて聞くと我めっちゃ変態的であるな。

「・・・花の匂いがしたのだ」

 真顔で言うとサエラが真顔で水を吸って重くなったタオルを顔面に投げつけてきた。
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