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第3章~魔物の口~

35話「あらたな手がかり」

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 すっかり暗くなった夜道を歩く足音は周囲に異物がないためかよく響く。一歩一歩進むごとに抱えられている我は一定のリズムに揺さぶられ視界がわずかに上下に動く。
 メイズの街並みに人の影はない。ただ火種を燃やして周囲を照らすランタンの灯りが石造りの道の先を導いた。
 何度か足を踏み込んだ人工の迷宮を歩む二人の少女の足取りには迷いはなく、ランタンの灯りがなくとも歩けるのではないかと思えるほどしっかりしている。
 元野生動物である我では人の街で帰り道を探すのは困難である。餅は餅屋に、人の街は人に任せるべきだ。
 決して我が方向音痴というわけではないのだ。

「こんな真夜中、お化けが出たら怖いですねー」

 言葉とは裏腹に明るい口調で軽口を叩くシオンは元気そのもの。他人が見ても呪いに侵されてるとは思えないだろう。
 しかし魔力を感じ取れる我はシオンのポワポワしてる魔力の中にどす黒い粘りっ気のある魔力が混ざっていることは感じ取れていた。侵食されるのも時間の問題だ。

「姉さん変なこと言わないで」

「あっれー?もしかして怖いんですかぁ?」

 睨むサエラに茶化して返答するシオン。しかし年頃の娘であるサエラは素直に認めたくないのか口をカクカクと動かしながら「・・・そんなことない」とたじろぎながらそっぽを向く。

「サエラは幽霊も苦手なのか?」

 シオンに抱えられた我はそのにやにやしている顔を見上げる。姉は姉で妹をからかうのが好きなのだ。この姉妹は何だかんだ似た者同士である。

「そうなんですよー。ウーロさん聞いてください。この子昔怖い話を聞いてトイレに行く時」

「ね、姉さん余計なことをっ」

 我に黒歴史でも話そうとしていると思ったらしいサエラは、急にシオンの肩を揺さぶるようにガシッと掴んだ。
 しかしそれは見事に擬態した鬼の如き怪力の持ち主に対しての抑止力にはならない。ビーバーのダムを決壊させた水のように言葉が溢れ出た。

「ゴーストには十字架で撃退できるって御話があるんです。だから木で作った置き物を両手で抱えてトイレに行ってたんですよこの子」

「ちち、ちがっ・・・だって!」

「ククク、サエラらしいのぅ」

 喉を鳴らして小さく笑うとサエラは振り子時計よりもずっと激しく首を振った。普段感情の薄い少女の見せる高ぶりはどうも愛らしい。
 多分それが一番強いのは姉であるシオンで、だから煽る癖のあるサエラはシオンに勝てるチャンスを逃さまいと夢中になるのだろう。
 ナイフのような目を釣り上げ、上下の唇を噛んだ。

「どうせ、私は弱虫だ」

「そういじけるな。サエラもシオンの黒歴史の一つや二つは知っているだろう」

「多すぎて、どれが一番ダメージがあるか選べない」

 そうきたか。見上げるとなぜかドヤ顔を見せつけるように鼻息を鳴らすシオンが見えた。威張るな。

「しかしシオンよ、もう出歩いて大丈夫なのか?無理はせぬ方が良いぞ」

 シオンは我がレッド・キャップに拉致られたとガルムから聞いた時、3日何も食わずに飢えた肉食獣の目の前に生肉を垂らしたように飛び出したそうだ。何されるかわかったもんじゃないとのこと。
 結局は杞憂に終わり、過去の話も伝えた為かある程度の信頼をベタとガマに向けられる良い機会となったが。

「吸血鬼化は病気じゃなくて呪いですし、体に影響はありませんよ。それよりも実質的な被害が優先です!ウーロさんは自己犠牲の塊ですし、ちゃんと見てないと不安ですっ」

 自己犠牲ておま・・・しかし拗ねていたはずのサエラもその言葉にうんうんと深く頷いている。なーぜー?どうやら味方がいないらしい。

「わかんないならいいです」

 はぁーっと呆れというより諦めた言い草に我はすこし目を鋭くした。まるで我が屁理屈で躾けられていない子供のようではないか。
 不機嫌を隠さず、竜が炎を吐くという性質からくるほっぺを膨らませる仕草をすると、シオンが風船の空気を抜くように指先を突き刺してきた。やーめーろー!

「やめないか!」

「うわっなんですか今の感触!もっと、もっとお願いします」

「しないわ!」

 蛇のごとくシオンの腕の中で蛇行するようにジタバタし、魔の手がワシワシと虫の足のように動く空間から脱出する。そこから「あぁー」と甘い惜しむ声が聞こえてきたが、我の威厳に関わることなのでシカトした。
 バカめ!我の鱗の素晴らしい質感の残滓でも味わっているがいいわ!
 すると今度は反対方向から腕が伸ばされてきた。見てみるとサエラが我の先を通せんぼする位置でしゃがみ、両手を広げていた。無表情が、どこかキリッとしているように見えるのは眉が内側に傾いているからだろう。(`・ω・´)

「なんだ?サエラ」

「だっこ」

 見りゃわかる。

「私もウーロさんをだっこしたい」

「ほほぅ、お主も我の鱗を触りたいのか」

「・・・そうゆうこと」

 ふふん仕方ないな。しょうがないにゃぁ。そこまで言うなら我を抱えてもよいぞ!と、我は体の割に比率の小さい翼を少し動かし、サエラの腕の中に飛び移る。
 運動神経の優れているサエラは飛び込んできた我を上手くキャッチし、そのまま人形を買ったばかりの少女のように大事に持ってくれた。
 隣では「ぐぬぬ」と呻いている怪力女がいるが。

「むぅ」

「いつも姉さんが持ってるし、たまにはいいでしょう?」

「くっそ~」

 別にいいではないかと我は半目をシオンに向けた。いつも夜寝てる時もいつのまにか我のクッションまで来ていて寝てたではないか。その度にサエラに怒られていたな。確か次は亀甲縛りすると言われて少々落ち着いてきた気はするが。
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