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第3章~魔物の口~

31話「露見」

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 初心者や金銭的余裕のない者。それと常人より強力な忍耐力と精神力を持ち合わせている者たち御用達の宿「烏の濡れ羽亭」。
 いつもならそれなりに賑わっている食堂も、今ではすっかりと閑古鳥が鳴いている。

 仕方のない事だろう。Sランカー冒険者とそれと同等レベルの敵と戦った現場なのだ。机や椅子は粉々に吹き飛び、飛び散った血と料理そして謎の粘液で酷い悪臭を放っている。
 飲食店として機能するはずがない。

 そしてついには扉には「本日営業中止」と書かれた看板をゴードンがかけた。
 客を呼べる状態じゃないので、妥当な決断だろう。
 そこはゴードンもすでに割り切っているものの、この惨状から修復するための修理費を捻出するのに頭を痛めていた。
 仕方のない事である。

客が誰一人いなくなった宿屋の中で、今回の惨状を知っている者たちだけが残る事になったのだった。

「聖布を切って包帯と取り替えてくれ」

「「承知。」」

「ヤシャの実とツカレダケを混ぜた薬を飲ませるのだ。疲労させて体内の魔力循環を促進させろ」

「わかった」

 ベットに乗せられたシオンに、メアリーから指示を受けたサエラが黄色の薬品を飲ませる。
 すると若干であるもののシオンの青白い肌に赤みが浮かぶ。呼吸もはっきり聞こえてきた。

 そしてシオンの首にマフラーをつけるように、ベタとガマが真っ白な聖布を巻き付ける。
 メアリーはシオンのほっぺたに添えるように手を当てると何やら指で文字を書いて離れた。

「これで吸血鬼化の症状を妨害できるはずだ。安静にして、体を動かさないようにしたまえ。数刻経てばいつも通りに動いてもかまわん」

 ひとまずの処置を終えたメアリーは、使っていた道具をカバンに戻しながらそう言った。
 彼女は医者ではない。しかし魔法の絡んだ状態異常の治療を目的とするならば、そこらの医者以上の知識を有していた。

「メアリーさん、感謝する」

 姉の命を繋いでくれた恩人に、淡々とした口調でサエラが頭を下げる。だがその言葉に込められた感謝の重みは竜の使う言語魔法のように強いものだった。
 短いものの、決して軽くない言葉を聞いたメアリーは「ふっ」と笑って「気にするな」とマントを翻す。
 その小さな赤い後頭部に、ガルムが拳骨を喰らわせた。

「いぎゃぁ!?」

「こんな時に厨二発病してんじゃねぇよ。んで、具体的にシオンはどうなんだ?」

 ガルムに鋭く睨まれると、メアリーは目元に涙を浮かべて「うぅ~!」と睨み文句を言おうと口を開く。
 しかし真横のサエラから懇願するような目で見られてガルムに言うはずだった反論を飲み込み、仕方なくシオンの状態を解説する事にした。

「シオンが患ったのは世に知られる吸血鬼化の症状と同じものだ。だが彼女の体を蝕む病魔は通常の力を遥かに超えるもの。体内で淀む魔力は除去できず。
このまま時間をかけても回復する見込みはない」

 ハッキリと言われ、その場にいる者たちの空気が重くなる。そんな空気を嫌がったメアリーは「ゴホン」とわざとらしく咳払いして続けてセリフを吐く。

「しかし治療法がないわけではない。これは病とは違う。呪いだ。呪いをなくす方法は、かけた本人が解くかその本人の息の根を止めることだ」

 吸血鬼化とはウイルス感染や体液によって体組織に異常をきたすといった医学的な要素とは一切関係がない。その本質は今のように便利に使われる魔法に近い存在。魔術や呪術本来の残虐な性質を発揮している。
 かつて、魔法は生活の便利さよりも人を殺すための道具であったのだ。

「あの吸血鬼を・・・」

 メアリーの言葉を噛みしめるように、サエラが手の握る力を強めて呟く。その目には憎悪の満ちたどす黒い瞳が宿っていた。
 ゴードンが腕を組みつつ、鋭い目で閉じられた窓の外を睨んだ。

「アレはただの吸血鬼じゃないってことね?メアリーちゃん」

「あぁ。これほど強力な呪術を扱うとなると・・・おそらくバンパイアロードの可能性が高い」

 メアリーが強い言葉で断言すると、ガルムが首を傾げて疑問を口にした。

「俺はアンデットとか人型の魔物には詳しくねぇんだけど、バンパイアロードってなんだ?」

「吸血鬼の始祖・・・今ある吸血鬼を生み出した元凶である」

 ガルムの疑問に答えたのは幼い舌足らずな、甲高くも偉そうな口調であった。
 全員が瞬時に声の発生源へと目を向けると、そこには棒を杖代わりに弱々しい足取りで歩いている子竜の姿が見えた。
 青紫色の鱗に、額にはひし形の中にひし形を入れたような紋様が描かれている。
 その姿は、サエラにとってシオンと同じくらい大切な者だった。

 よちよちと歩くその様子を見て、サエラは驚きを隠せず小さく口を動かした。

「・・・ウーロ、さ、ん?」

 ウロボロス・・・ウーロはゴードンが抱えて連れて来た時点で気を失っていた。なので休憩させるために二階の借りている部屋のベッドに寝かせていたのだ。
 メアリー曰く、シオンとは違って吸血鬼化の兆候は見れなかったのでウーロのケアは後回しにしていたのだ。
 しかし、サエラが驚いているのはウーロが起きたからではない。それは、旅の前にウーロと決めていた事だった。

 人前では喋らないと。
 ウーロが喋るのを知っているのはガルムとメアリーだけだ。レッド・キャップとゴードンはそのことを知らない。
 故にレッド・キャップはペタペタと触っていた子竜が言語を話している事に対し驚いていた。
 ゴードンも目を見開いているものの、その表情にはどこか「予想していた」という納得の色も見える。

「ウーロさん、なぜ喋っている?ここには」

「よい、良いのだサエラ。それよりも片付けるべき問題がある」

 咎めるサエラの声をウーロは手で制して止めた。そして続けるように口を開く。

「バンパイアロード。それは個体名でもなく種族名でもない。継承的に受け継がれる呪術の名称で、正体は魔法生物なのだ」

「・・・その通り。吸血鬼は噛み付いて呪いを対象にかけることで相手を吸血鬼化させ、数を増やす。吸血鬼化とは呪いで、ある意味魔法なんだ。
 だがバンパイアロードは奴らは古来吸血鬼を最初に生み出した術式・・・いわゆるオリジナル。下級吸血鬼のように劣化した模造品なんかとは違う」

 ウーロの言葉をメアリーが補填する。つまり吸血鬼そのものは一種の魔法で、人によって創られた存在であるということだ。

「ガルムよ。魔法使いの放った魔法。それを止めるにはどうする?」

 ウーロに話を振られたガルムは一瞬ピクンと肩を揺らすが、ぽりぽりと頭を掻くと答えた。

「そりゃあ、魔法を使った張本人を倒しゃいい」

「その通りだ。だが吸血鬼の呪術を作った人間はすでに死んでいる。ならばどうして吸血鬼は今も存在し続けている?」

「・・・魔道具の応用・・・か?」

 ガルムの言葉にウーロとメアリーは頷く。
 魔道具は魔法の力の宿った道具のことだ。魔道具は作った本人が死んでもその力を残し続ける。 だからこそ遺跡やダンジョンで宝のように見つかることがあるのである。

「吸血鬼は人間そのものに呪術を植え込み、そしてそれは感染という形で新たな人間に使って数を増やす。
 だが欠点もある。同じ魔法を無理やり写しても、新しく生み出された2代目吸血鬼は1代目よりも呪いのかけ方は下手になる。3代目、4代目、次第に呪術の力は粗末になり、今日こんにち世に蔓延る下級吸血鬼となったのだ」

 吸血鬼化の症状は医者や魔法使いであるなら簡単に治療することができる。
 それは吸血鬼が世代を超えるごとに呪術の方式が劣化し、亀裂が生まれ、その隙間に魔力を叩き込んで術を破壊するという荒業があるからだ。

「バンパイアロードの呪いは完成された術式である。故に強力で、本体を倒す以外に呪いを解呪するすべがないのだ」

 それはつまり、魔法の腕前も一流であることを意味する。
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