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第3章~魔物の口~

28話「ウロボロス、恐怖する5」

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「ちょっと、なんのさわ・・・ぎ!?」

 キッチンから慌てて飛び出してきたのはフリフリの花柄エプロンを着たゴードンである。やばい、奴だけギャグ時空である。
 騒ぎを聞いて調理を中断してきたのだろう。だが目の前の光景にさすがのゴードンも動きを止めた。

 食事をするスペースだった場所は机や椅子、残ってた料理がそこらじゅうに撒き散っていて、さらにその空間を縦横無尽に動き回る血塗れの赤帽子レッド・キャップと黒い人間が斬り合っているのだ。

 汚れだけではなく、壁や床に傷が増える。

 これを見て驚くなという方が無理がある。ゴードンは呆気にとられていたが、近くに我らがいるとわかると一瞬で距離を詰めてきた。こやつも早い。

「サエラちゃん、シオンちゃん!これは一体どういうこと!?あ、アタシのお店ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 まぁ一番の被害を被ったのは紛れもないゴードンであるからな。野太く悲惨な悲鳴をする様子に同情は隠せない。
 そんなゴードンにシオンがかいつまんで原因を説明すると、ゴードンは真っ青な顔を紅蓮の炎のように真っ赤に変え、般若の形相でレッド・キャップと戦う黒い男を睨み付けた。
 こっわ。

「つまりあのいけすけねぇガキが、アタシの店を無茶苦茶にしたってのかい!?やろう・・・ぶちのめしてやるぅ!!」

 そう言ったゴードンの全身が、瞬間的に鋼鉄によって包まれた。その姿は文字どおり鉄人。こちらも人間からかけ離れた姿になってしまった。

 え、エェ?なんでゴーレムみたいになってんの?

 鉄の巨人となったゴードンは両手の拳を「ガチン!ガチン!」と打ち合わせる。火花が飛ぶ。
 それだけで今のゴードンの体の強度が感じられた。おそらくスプリガンの大車輪攻撃を正面から止められるかもしれない。

「ゴードン、いっきまぁぁぁぁぁす!!」

 そう言ってゴードンがレッド・キャップと黒い男の戦う戦場へと割り込んで入った。

 突然の乱入者に気づいた黒い男が、先ほどレッド・キャップの攻撃を受け止めた赤い粘液をゴードンに向かって飛ばす。
 しかしゴードンは鋼鉄に包まれた左腕で高速連打パンチをすることによって弾き飛ばした。
 ヤベェ。

「「殺す。」」

「覚悟なさぁぁぁぁぁい!!」

 三人の悪魔に襲われる黒い人間。それでも黒い男は劣勢になることもなく、隙間なく身に降りかかる攻撃を全て受け流している。
 レッド・キャップが蜘蛛の巣のように鎖で周囲を張り巡らし、黒い人間を絡め取ろうとする。

 だが黒い人間は紙一重でかわし、かわした後に襲いかかってくる鎌とメイスの猛攻を剣で受け流す。
 ゴードンの拳も威力は高いが大ぶりのため、難なく回避されてしまう。
 自然とゴードンの攻撃を避けた黒い人間を素早いレッド・キャップが追撃するという隙も休みもない攻撃に仕上がっていくが、黒い人間に消耗の色は見えない。
 それどころか瞳孔の開いた赤い目を光らせ、さらに動きが活発になっていく。

「・・・なんだ?」

 妙な違和感を感じた我は思わず言葉を口に出してしまった。そもそもあの黒い人間は何しにここへ来たのだ?突然宿に襲撃しては客には一切手を出さず、難敵と戦闘を始めても表情から戦いが好きというより、何か別の考えがあるように感じた。
 奴の目的は?あれほどの力があれば宿の外からでもレッド・キャップやゴードンといった強者の空気を感じ取れたはずだ。なのになぜ襲撃を?

「っ!ウーロさん!扉が!」

 なぬ!?戦闘に目を奪われていたせいで気付かなかった。シオンの鋭い声で我はドアの現状を目の当たりにした。
 ドアが血管のようにドクンドクンと振動する赤い粘液に包まれて封鎖されてしまっていたのだ。
 まずい、閉じ込められた!?

「チッ!『影縫』っ!」

 サエラが弓を取り出して呪文を唱える。すると弓から黒い矢が発射され、機動的に激しく戦うレッド・キャップとゴードンの間を縫って床に刺さった。

 すると黒い男の動きが突然止まる。いや、正確には動こうとして足を動かしても、足の裏が床に張り付いて動けない・・・が正しい。

 黒い矢は、黒い男の影を床に貼り付けるように突き刺さっている。影を固定して本体の動きも止める効果があるようだ。
 サエラの新しい技か!

「死ね。」

 その隙を見逃すSランカーではない。ガマがメイスで殴りつけると黒い男が剣でそれを防ぐ。が、その背後から瓜二つの幼女が飛び上がる。

「くたばれ。」

 ザシュッとベタが鎌を横に薙ぎ、黒い人間の首を斬りとばした。切断された首はあっけなく地面に転がるが、頭部を失った体はそのまま剣をベタの方へ振り被る。
 あいつ、首を無くしてもまだ動くか!

「「ブラットボム」」

 レッド・キャップが呪文を唱えた瞬間、人間の体の動きがとまった。
 そして剣の刃がベタに当たる寸前、黒い人間の首から吹き上がっていた血液が風船のように膨らみ、そのまま大爆発を引き起こした。

 外で見たのと同じように激しい爆風が吹き荒れるが、周囲にある机や椅子が炭化するということはない。あの魔法、対象が爆発するだけで周囲には影響を及ぼさないらしい。
 ともあれ、粉塵が晴れると黒い人間の体はチリも残らず消し飛んでいた。焦げ臭いが、それだけだ。

 シーンと静寂が周囲を支配すると、ベタとガマは「バタッ」と二人とも床に崩れ落ちてしまった。
 Sランカーといえど子供だ。好奇心だけで、無邪気に我を触っては嬉しそうにしゃべる幼女にいつの間にか情が映ったのか、心配になった我は四速歩行でレッド・キャップのそばに寄った。

「疲れた。」

「然り。・・・もう動けん。」

 そういうレッド・キャップをよく見れば、小さな身体は傷だらけだ。
 壁に叩きつけられた時のダメージはシオンの「ヒール」で治っているはずだが、斬り合っている時にだいぶ被弾していたらしい。
 Sランカーを消耗させるほどの実力を持っていた黒い男を思い出し、我はゾォッと背筋が寒くなった。

 レッド・キャップとゴードンがいなければ、我らはあっさりとやられていただろう。なんせ、戦闘している剣の速さを見切ることができなかったのだ。今の我では到底足元にも及ばない。
 我は感謝の意味を込めて、ベタとガマの額をさすった。


 いつのまにか、消えていた黒い人間の死体に気付かずに。
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