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第3章~魔物の口~

26話「死者の行進曲5」

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 地獄の業火がフレッシュマンを焼き払う。しかし、そのブレスは長くは続かない。5秒ほど経って、滝のように流れる炎の津波はピタッと止まった。
 止まると同時に我の体もみるみる縮んでいく。風船から空気が抜けていくようにしぼんでいく我はゆっくりと地面へと降り立つと、うずくまって荒い呼吸をする。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

 時間切れだ。魔力を使いすぎた。逆に言えば、今まで溜め込んできた魔力を失うほどに先ほどのブレスは強力だったということだ。
 実は通常の火炎放射自体の魔力消費はほとんど無い。必要なのは、ブレスをした後に急速に体を保護、冷却するために必要な魔力が大部分なのだ
 竜言語魔法はドラゴンの魔術と身体能力を掛け合わせた技術だ。だが、ノーリスクで使えるわけでは無い。

 ブレスは非常に強力だ。だから口の中を鱗の様に魔力で多い、保護しなければ自身がダメージを受けてしまう。

 しかし業火は違う。あれは魔力・・・いや、竜の体そのものを破壊エネルギーに変換する禁呪クラスのブレスだ。吐き続ければ竜といえど体は崩壊し、死につながる危険で強力な魔法。
 一説には、太陽はとあるエンシェントドラゴンが業火を使った成れの果てとも言われている。そう言われるほど、業火のもたらす影響は計り知れないのだ。

「竜にとって・・・はぁ、はぁ、最高位の、ブレスだ・・・!これで貴様も・・・っ」

 我は他の竜とは違い、不死である特性の能力「リザレクション」があるおかげで崩壊する体を瞬時に再生させることができる。その分また魔力を消費するのだが。

「・・・」

 5秒とはいえ、業火を直撃したフレッシュマンはただでは済まない。周囲にあった草花は消し飛び、地面は融解して変な音を立てている。
 フレッシュマンは未だに燃え続けているが、ピクリとも動かない。まるで直立した人形のように、おとなしく業火の中で佇んでいた。
 フレッシュマンの驚異的な再生能力は体が業火に溶けた瞬間、即座に肉を生み出す。が、いずれその再生も尽きるだろう。

 業火は、破壊するまで止まらない。

「・・・なんだ?」

 油断せずフレッシュマンを見続けていた我の耳に、突然・・・しかしとても静かに、音楽が流れはじめた。
 いや、音楽と呼ぶには音色は汚らしい。音自体は綺麗なのだが、こともが適当に吹いているようにひどく乱雑なのだ。
 なんだ?なぜ急にの音など・・・はっ!?

 突発的に鳴り響いた静かな笛の音に意識を向けられた我は、慌ててフレッシュマンの方を向きなおす。
 するとフレッシュマンは・・・いや、何んだこれは?人型であった巨体は業火の中でただの肉塊となり、そこから蛇のようにうねる触手が何本も揺れていた。

「・・・なっ!?」

 冒涜的で、脳が拒否反応を示す光景と音色は感覚をじわじわと犯すように侵食し、現実感のない不気味な何かで精神を満たしていく。
 体が動かない。いますぐここから離れたほうがいいと頭の中で警報が鳴り響くが、生まれたばかりの小鹿のように震える我の足がそれを許さない。

 そして動けぬ間に業火の炎が収まり、破壊された肉体の再生に費やしていた肉塊はようやく活動を再開した。

 鞭のように触手が我の腹を叩きつけてきたのだ。

「がふっ!?」

 小さくなった我の体は飛ばされ、痛みのあまり悶絶した。なんだこやつ?幼体とはいえ我の鱗がダメージを吸収しきれなかっただと?それに触手の動きが見えなかった。
 軽く触手を振っただけで、スプリガンの大車輪攻撃を超えるというのか?であれば何度も喰らう訳にはいかない。
 我は痛む身体を押さえながら立ち上がり、腕に魔力を込めて迎撃しようと身構える。
 と、今度は背後から嫌な気配を感じた。

 振り向きもせず回避しようと地を蹴ったが、遅かった。いつの間にか背後に回っていた触手は我の尻尾をつかみ、宙吊り状態にしたのだ。

「うお!」

 捕まった我は糸に引っ掛かった魚のように持ち上げられた。よく見てみれば、どうやら触手で地面を掘り進め、我の背後を取ったのが見えた。
 どうなっている・・・?姿形も、脳みその出来も数分前のフレッシュマンとはまるで違う。かわったのは笛がなってすぐにか・・・くそ、考えても考えても訳がわからん!

「フシュー、フシュー」

 フレッシュマン・・・いや、肉塊は口のような穴から声ではない吐息音を発していた。完全にフレッシュマンとは別の存在となったようである。
 業火の影響か?違う。明らかに体内に流れる魔力の量が跳ね上がっている。
 ・・・まさかあの笛の音からエネルギーを吸収したというのか!?でなければ説明がつかん。あの笛は一体なんなのだ?それと、その笛を吹いている人物は一体何者・・・?

 魔女ではない。となれば・・・笛は複数あったのか!?

「フシュー・・・フシュー」

 肉塊は我をしばらく見つめる(目はない)ように眺めていると、ゆらゆらと遊ばせていた触手を振り回し、我に叩きつけようと振りかぶってきた。
 十本近くあるあの肉の鞭を叩きつけられたらどうなるか・・・嫌な想像が頭をよぎる。
 我は考えることをやめ、激痛に備えて目を瞑る。くそ、痛いだけで済めばいいが・・・。

 視界を閉じると音しか聞こえてこない。触手がブンブンと空気を切る音だ。そしてそれが近づいてきている。
 下手に食らえば我の体は爆発四散するやもしれん。俺ほどの威力があるのだ。一度食らったからわかる。
 やつはこのまま宙吊りにした我を撲殺するつもりなのだ。そして我は反撃できるほどのエネルギーが残っていない。

 シオン、サエラ・・・どうか無事でいてくれ。次復活するときは、どうかまた出会えることを・・・っ!


「うああああああああああああああああああ!!」


 聞こえてきたのは、鞭の音ではなく少女の絶叫する叫び声であった。思わず目を見開くと、肉塊に破城槌のような巨大な丸太がめり込むように叩きつけられていた。
 肉塊が丸太に潰されて横転する。

「!!!?????」

 声も顔もないのに、肉塊から困惑と激痛に苦しむ感情が伝わってきた。わかる。見た限りすごく痛そうだ。
 賢くなったせいで感覚を得たのだろうか?少なくとも痛覚はあるようだ。だが、そのせいで触手を手当たり次第に振り回し、その勢いで我も投げ出された。

「ぬぉおお!?」

 急に空中に放り出されてもすぐには飛べない。我はくるくると回転しながら地面に激突するのを待った。

「きゃぁぁぁっち!!」

 しかし我が地面に叩きつけられることはなかった。聞き覚えのある元気な少女の声と、柔らかい何かの感触が我を包んだ。
 誰かに抱えられたようだ。しかし顔が埋もれているので息ができない。
 我は体をモゾモゾと動かし、プハッと柔らかい何かから顔を持ち上げる。危うく窒息するところだった。
 そんな我を、緑色の柔らかい髪に大きな目。可愛らしく笑顔が似合う少女が我に笑いかけてきた。

「待たせましたね!」

 待ってない!!

「シオン!お前、こんなところで何をしている!?」

「助けにきました!」

 だからなんで!?我が怒鳴ろうとした時、何かにゴツンと後頭部を思いっきり叩かれた。反射的に振り向くと、そこには目元が赤く腫れたサエラが、未だに涙を浮かべながら睨んできていた。
 お、おうふ。

「ぎゃ、ぎゃお~・・・」

「くそばかとかげ!勇者に全敗してるくせに調子になるなよ!!」

 ボロクソ言われた。

「な、な、気にしていることを・・・というか何故逃げない!?我頑張って足止めしたのに!馬もいないし!」

 なんで馬がいないのだ?我がシオンに向かって怒鳴ると、シオンはにっこりと目を細めて笑いかけてきた。


「死ぬ時は・・・みんな一緒ですよ?」


 え、なにこれこわい。

「お馬さんは使い物にならないので近場の森に置いてきました。ついでにそこで私が巨木を引き抜き、それをサエラの影操作でぶつける作戦をもう一度したんですけど・・・今回もうまくいきましたね。うふふ」

 どうやらスプリガンに使った戦法を再び実行したらしい。実際うまくいって我が助かったのだからなんとも言えない。
 それよりもシオンがこわい。閉じた目は実は細めのように薄く開いており、そこから僅かに覗ける赤色の瞳は影のせいで真っ黒にしか見えない。
 我の頭を撫でる手も、気持ちいのだがぞくりと肌が震えてしまう。我は肉塊以上に震える体を自覚した。あかんやつだ。

「し、シオン・・・ここから離れたほうがよくないか?ほほほほら、肉塊もおるし」

「まだ大丈夫ですよ・・・サエラを見てください」

 シオンが我の首を曲げるように手で掴むと、肉塊の方へ視線を向ける。
 そこにはいつの間にか移動していたサエラが影操作で操る巨大な丸太で、遠距離から延々と肉塊を殴りつけているのが見えた。
 イメージとしては、無抵抗の相手にモーニングスターを振りまくっている感じだろうか。バコンバコンと殴打し、肉塊をフルボッコにしている。
 時折「死ね」とか「ゴミ」とか「きもい」とか聞こえてくるのは気のせいだと思いたい。

 もちろん肉塊も反撃しようと触手を伸ばすが、丸太に潰されて何もできない。痛覚がある分、動きが鈍っているようだ。そう考えるとフレッシュマンよりかは弱体化しているのかもしれない。攻撃力は上がっているが・・・当たらなければ意味がないのだ。

「なんか姿が違いますけど・・・まぁいいです。あの丸太はリメット産の黒檀の木です。鉄球よりは威力はあるでしょう」

 黒檀は、鉄よりも頑丈な木材である。当然重いし加工も面倒だが、その重量と強固さは鈍器として使えば攻城兵器にも匹敵するだろう。そう考えると、影を紐代わりに振り回せるサエラのスキルと相性良すぎる。

「し、シオン・・・まさかあの時サエラに言ったのは・・・」

「説得とでも思いました?黒檀の木をとってフレッシュマンにぶつけようって提案したんですよ」

「・・・お主がここまでアホとは思わんかったぞ。奴にはなぜか痛覚があるから良いが、フレッシュマンの時点では丸太攻撃は効果がなかった」

 せいぜい、体勢を崩すくらいだろう。それなのになぜ・・・。


「わたし・・・気づいたんです」


 サエラがこわい笑顔を浮かべたまま我を抱く力を強める。あ、あ、あ、鱗がきしむ・・・!

「わたしは竜の巫女でした。そのおかげで、たくさんの経験をすることができ、今のわたしがいるんです」

「う、うむ。そうだな・・・!」

 頼むから力緩めて苦じぃ。

「ウーロさんがいなかったら、わたしは巫女ではなくただのエルフでしたよね?」

「そう・・・なるな?うん」

「ウロボロスがいてこそのわたし・・・ということはウーロさんはわたしの半身と言っても過言ではないのでは?あなたを失うことは、わたし自身を失う事とほぼ同等なのです」

「それは極論すぎるのではないか!?」

 命の危険を感じて頭がおかしくなったのか!?変に暴走している気がする。シオンは腕の力を緩めることなく我を頑丈に固定して、可愛らしくも闇を感じる笑顔を我に向けて言う。

「わたしに竜探知のスキルがあるのは、あなたを見失わないためです。ですが、こうして一緒に居られるのなら、必要なくなりますよね?あなたはわたしの手の中にいます」

「し、シオン・・・?」

「お父さんやお母さんみたいに・・・いなくなったりしませんよね?わたしたち三人は、ずっと一緒ですから」

 少女が、愛おしそうに我の角を撫でた。とりあえず、全てが終わったら話し合おう。我はそう決めたのだった。 


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