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第3章~魔物の口~

25話「頭を怪我した魔女」

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 見上げるほどに巨大なリメットの外壁。都市を囲むこの円状の外壁にはそれぞれの方角に一箇所ずつ門が設置されている。
 早朝ということもあって人が少なく、衛兵たち以外に目立った人間はほぼ見えない。

 それでもここは交易都市。各地からやってきた商人や旅人が城門を開くのを待っている様子は確認できる。
 我らはその一般人の中から、大きな狼を従えている青年を探し出す。
 いつもとは違い本日はサエラに抱えられている我は、壁に寄りかかっているガルムを見つけることができた。
 ディルス・ウルフのフィンは大きくて目立つので見つけやすかったのだ。

「がぅ、がう」

「ウーロ、ガルムさんを見つけたの?」

 人の目もあるので我を呼び捨てにするサエラは、我の吠えた方向に目を向けると同じくガルムを見つけることができたようである。
 サエラは姉のシオンの手を引っ張り、ガルムの元へ駆け寄った。

「あ、ガルムさん。おはようございます!」

 シオンもガルムを確認できたようで、元気よく挨拶した。ガルムも我らをフード越しに見えたようで手を軽く振っている。

「よ、元気そうでなによりだぜ」

 ニヤついた笑顔を浮かべてガルムは言う。サエラもそんなガルムに向かってペコっと軽く頭を下げた。

 しかし、こうして見るとガルムはとてもじゃないがSランカー冒険者には見えないな。しかも外套を羽織ってるせいか、その感じも増しているようにも感じる。体も細いし。
 ある意味、この男の強みなのかもしれんな。実力を隠すのは、騙し討ちになるからである。

「今日はよろしくお願いする」

「ほいほい。アイツの住む森はそう遠くないが、迷子になりやすいから離れるなよ」

 サエラに返答するガルムは、フィンのもふもふした毛皮を撫でながら言った。
 本日の目的はガルムの友人、魔女メアリーに杖製作の依頼をお願いすることである。
 つまり、前回手に入れたダイヤの原石を魔道具の触媒にしてもらうのだ。
 光属性と相性の良いダイヤなら、シオンにぴったりの杖になるだろう。

 もちろんその耐久性も計算に入れて、シオンが杖を鈍器としても使えるのも期待していたりする。当然のようにそんな思惑はシオンには伝えてないがな。

「お、そろそろ門が開くな」

 ガルムの言った次の瞬間、リメット外壁の城門が重々しく開いた。
 大変迫力があって見ものである。
 この都市を出るらしい行商人たちも、光景を目の当たりにして息を飲んでいた。確かにどこでも見えるようなもんじゃないだろうな。

「さ!出発です!」

「おー」

「がお!」

「・・・個性豊かだな」

 ガルムの呟きで、マーシーのツッコミを思い出した。




美しき門を潜り抜け、我らは豊かな草原の広がる道を進む。
 歩きなのか?と聞かれれば答えは否だ。ガルムはフィンに跨り、シオンとサエラはそれぞれが馬に乗馬しておるのだ。

 馬は門の近くにある施設で借りることができる。料金は1頭3000Gとかなり値が張るが、これは馬を返却できなかった場合の値段だ。
 無事に馬を返せば2500Gが返ってくるので、実質1頭500Gといったところだろう。

 よほどのアホでもない限り、馬をどこかに逃がしたり殺し殺されたりという事はないだろう。第一に、他人に貸し出すように訓練された馬であるし。
 我は馬を操るサエラの後ろから、その操作の腕前を拝見する。

「しかし、本当に上手いものだなぁ」

 我が褒めるとサエラは視線を少し向けて口元を上げた。微笑んでるようである。

「乗馬は子供の頃からしてたし、これくらい当然」

 話を聞いたところによると、このエルフ姉妹は幼少の頃から乗馬の訓練を体験してきたらしい。

 だが、何故山脈で足場の悪いレッテルで馬に乗れることができるのか?
 実はレッテルでは体の軽く、四肢も細い特殊な馬を飼育していたからだという。

 兎馬ラビットホースと呼ばれるその馬は姿こそ普通の馬であるが、その持ち前の身軽さを生かして段差の激しい土地や高所の多い場所の移動に長けているのである。
 そのかわり、荷物持ちには適していない。あくまで移動用である。

「竜馬とか別名で言われてる」

「む?兎と言われたり忙しい馬であるな?」

「兎と言われてるのは、身軽なのもあるけど兎みたいに耳が長いからとも言われてる」

 ほぉ、想像してみたがなんというか変な馬であるな。

「走ってるその耳が、遠くから見ると竜の角みたいに見えるから竜馬」

「・・・人間は見たままの姿で名付けるのが好きだのぅ」

「覚えやすいから?」

 ふーむ、確かにそうだが、初めて見た奴が残念がりそうだな。
 竜馬なんてカッコイイ名前付けてるから勘違いしそうである。

「では、兎馬でどこかへ行くこともあったのか?」

「そういうのは無い。ただ、あれでも巫女姫だから貴族の嗜みをある程度は覚えときなさいだって」

 サエラがチラリと目を向けたのは、ボケーっとした顔で馬を操るシオンである。うむ、人は見かけによらぬな。

 実際、シオンとサエラもレッテルでは良いとこのお嬢様なわけで、そういう事を学ぶ機会も多かったのだろう。
 確かにシオンは知識豊富であるし、並みの平民よりかは知識は豊富であろう。
 そこそこの地位があったからこそ、学べたのだろうな。

「でも結局、趣味くらいにしか乗らなかったから本業には及ばないけど」

「それでも馬を操れるのはすごいと思うぞ」

「・・・馬が乗りやすいだけだけどね」

 ラビットホースとは違い、二人の騎乗している馬はリメルロンという重種の馬である。
 気性が穏やかなためその分操りやすい。

 速度はゆったりとしたものの、揺れが少ないから乗りやすいとのこと。
 シオンの前情報によると、足の太いこの馬は戦時中その体格を生かして武装した馬車、いわゆる戦車を引いていたようである。

 そりゃあ普通の馬でも強いのに、武装した一回り大きい馬なら兵士など一撃である。
 しかし、とある理由から戦車を引くことはなくなった。

 戦争も終わり、今では旅用に飼育されてることが多い。そもそもが大人しい馬であるからな。
 しかし、その分・・・

「ブルル・・・」

「あら?どうしたんですかってあらぁー!!」

 突然の叫び声に驚いた我は、隣で乗馬していたはずのシオンに目を向けた。
 なんとシオンの乗っていた馬は足を止め、たまたま生えていた背の高い雑草をむしゃむしゃ食い始めていたのだ。

 そう、マイペースなのである。

 突然言うこと聞かなくなった馬に、シオンがびっくりして声を上げてしまったようだ。

「きゅ、急にお食事を始めるなんて・・・あぁ、置いてかれちゃいますお馬さぁ~~~ん!!」

 シオンが必死に手綱を引っ張ったり叩いて指示を出すが、馬は物ともせず草を頬張り続ける。
 いくらなんでもマイペース過ぎないかこの馬は。

「サエラよ、止まってやれば良いのでは?」

 置いていくのは可哀想である。

「・・・この子止まってくれない」

 もう一度言う。マイペース過ぎないかこの馬。
 制御不可能な我らを見て、ガルムはフィンに跨ったままゲラゲラ笑っていた。

「ははは!リメルロンは荷物持ちが主な仕事だからなぁ。家畜化して穏やかな性格に拍車がかかってるし、満腹になるまで動かないぜ」

 なんと、訓練されているにも関わらず、そのような事があるのか?通りで値段が安かったはずである。
 サエラの乗っている馬が止まらないのも少し先に背の高い草があったので、それが目当てで移動しているようだ。
 あー、モサモサ食い始めた。

 まさか戦時中もこれが原因で使われなくなったのか?

「ぶるる・・・ぶるるぅ」

「きしゃー・・・」

 シオンの乗っている馬が一向に進まないのが気に食わないのか、本日もう一人・・・というより一匹の同行者がグラグラとシオンを揺らしている。

 そう、今回はスプリガンも付いて来ているのである。なぜかって?昨日森で少し離れた場所に行くと伝えたらせがまれたのだ。

 年若い娘を無視するなんて我できんかったし、いつまでも森に放置しているより、できる限り人に慣れさせた方がいいと判断したのである。
 存外、意外と早く慣れてて驚きであるが。

「きしゃー、きしゃー」

「ちょ、わたしに不満言われても困ります~!」

 幼子が親の服を引っ張るような仕草をされるシオンが、助けを求めるように我に目を向けて来た。
 どうやらスプリガンは我と離れているのが嫌らしい。馬を近くに移動させろと言っておる。

 それならなぜ我とスプリガンが別々に乗っているかというと、単純な理由で定員オーバーだからである。
 着けている鞍は二人用で、我とスプリガンは当然ながら乗馬できない。なので後ろの席に別々で乗っているのだ。

 せっかく森から引っ張りだされたスプリガンは不満満載であった。ちなみにガルムには賞金首のスプリガンと伝えておいたが、大して気にされんかった。しろよ。

「わっはっはっ!はじめての生き物に手こずってるようだなお嬢さん方!見てろ俺の華麗な騎乗捌き・・・って、うおわぁぁあぁぁぁああぁ!?」

 フィンに乗ったガルムが自分の上手さを自慢しに来たが、その目論見は急に暴れ走り出したフィンによって不発に終わった。

「わん!わん!」

 どうやら宙を飛ぶ蝶々に気を取られたようである。自分の背中に主人が乗っている事を忘れ、ふわふわと飛ぶ蝶々を追いかけておる。

「おわぁぁあぁぁぁぁあ!!助けてえぇぇぇぇ・・・・」

 時々演技なのでは?と疑ってしまいそうになるSランカーは、断末魔を叫びながらもその思いが従魔に届くことはなかった。

 どこいくねーん。
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