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第3章~魔物の口~

24話「ドラゴンVS魚4」

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「オー・・・スゲェな」

「ワフゥ」

 10メートル以上はあるであろう巨大な氷の塊を見て、ガルムが口元を引きつらせている。その中央には「ボルテクスブレス」をしている最中のメガピラニアがそのままの姿で氷漬けされていた。
 人間では魔法でここまで大きな氷を作るのは難しいからな。まぁ我も魔力不足で周囲の環境と「ボルテクスブレス」を利用して作っただけなのだが。

「ナイアス・アイグレーよ。どうだ?湖のデメニアたちの様子は?」

「今はバラバラに活動してますぅー。元々群れない魚なのでぇ~これが正しい状態ですぅー」

 ふむ、どうやらメガピラニアの支配から離れることができたようだ。湖の底で餌を探すのが本来の生態らしいので、これから湖の魚がデメニアに襲われるなんてこともないだろう。
 時間はかかるだろうが、元の生態系に徐々に戻っていくはずだ。栄養不足という問題は解決しないが。

「・・・美味しいのかな?」

「おっきい魚ですしきっと美味しいですよ」

 氷漬けになっているメガピラニアを見てシオンとサエラがそんなぶっ飛んだことを言っとる。いや、こいつを食うのか?凶悪そうな外見でとても美味そうには見えんぞ。・・・デメニアを食った我が強く言えんが。
 というかマジでサエラが最近ポンコツになってきてる気がするぞ。出会った時はすごいしっかりしていたのにな。
 そろそろ我がパーティにもツッコミ役というか、ストッパーが欲しいところである。なんだかんだ言って我もポンコツだからな。

「本当に食うのか?」

「焼いたらなんでも食べられますよ」

「・・・それもそうだな」

 まずい魚なんてデメニアくらいなものだろ。シオンの言う通り、川魚なら焼けばなんとかなるはずだ。
 するとナイアス・アイグレーがふわふわと浮遊しながら我の元にやっときた。何事かと思ったら見慣れた宝石を我の顔面に押し付けてきたではないか。ブゥ

「さぁさぁ報酬のダイヤモンドですよぉー」

 し、しつけぇ。

「やったね姉さん。ダイヤモンド投石できるよ」

「あ?」

「ごめん」

 あの姉妹は何漫才をやってるのだ。助けてくれ。

「まぁ貰っとけばいいんじゃねーか?金ない時に売りゃいいだろ」

 ガルムが無責任なことを言ってくるが、考えてみろ。シオンから聞いた話では宝石は大きければ大きいほど価値が上がるというではないか。ナイアス・アイグレーの渡そうとしてくるダイヤは拳ほどある大きさだぞ?どうやって売ればいいというのだ。

「ダイヤの出処を聞かれたらどう答えればいいのだ?エェ?」

「拾った」

 ざっけんな。

「まぁここまで付き合っちまったし、知り合いも助けてもらったからな。売る時の保証人になってやってもいいし、そのダイヤで杖を作ってもいいんじゃないか?」

「ぬ?杖?」

 ガルムがありがたい申し出をしてきたが、その中に興味深いものがあった。杖を作るとな?ギルドに預けてある資金はまだ余裕があるので、正直今はお金より武器などの実用的な道具の方が欲しかったりする。
 そこの話、詳しく聞かせてくれぬかの?

「ダイヤで杖が作れるのか?」

「ん?あぁ作れるぞ。杖に宝石をつけると魔法の効果が上がるんだわ」

 ほほぅ・・・

「実はうちのパーティメンバーに回復役ヒーラーがいてな。それ用の杖も作れたりするのだろうか?」

「できると思うぞ。ダイヤとかなら光属性と回復系の魔法と相性いいはずだし」

 なるほど、いいことを聞けたぞ。我は氷漬けのメガピラニアの方にいるシオンに向けて声をかけ・・・かけ・・・

「ウゴォォォォォォォ・・・!!」

 獣のような唸り声をあげながら、シオンがメガピラニアの入った氷の塊を持ち上げているのが見えた。ガルムもちょうど同じくそっちに振り向いたが、この光景を見た瞬間動きが止まった。

 我は夢でも見ているのだろうか?それとも幻覚か何かか?
 おっかしいのぅ・・・16歳のエルフの少女が華奢で透き通るような弱々しい白い肌をしているくせに、とてつもない重量のある氷を両手で持ち上げているように見える。
 今まで何度か「スゲェなぁ」とか「やばいなぁ」とかそんな感想が持てるくらいのシオンの怪力を見てきたが、正直言ってこれは予想外だ。
 あの氷、湖から引き上げる時はナイアス・アイグレーの魔法で持ち上げたのだぞ?それを小娘一人で・・・

「あ”ーそうですよ!わたしは投石器ですよ”ー!」

 いやまて何があった。あまりの気迫にナイアス・アイグレーが「ひえっ」と怯えて水の中に入ってしまった。おい、精霊が逃げるな!
 仕方なく我はシオンの近くにいたであろうサエラの元に飛んで、何があったのか聞き出そうとする。するとその返答は・・・

「ごめん。煽りすぎた」

 どうして?

「ゴードンみてぇ・・・」

 シオンのありえない光景を目の当たりにしたガルムは、思わずといった様子で某宿屋のオカマの名前を出した。あやつもこんなことができるのか。やはりゴリラ属性なのだな二人とも。
 って、違うわ、惚けてる場合ではない!これどうすりゃいいのだ?とりあえず落ち着かせなければ・・・!

「し、シオン!落ち着けいったい何をするつもりだ!」

「え?何って・・・えっとー」

 何をするつもりか尋ねたが結局何も考えてなかったのか、しどろもどろに返答してくるシオン。ムキになってとりあえず氷を持ち上げただけのようである。とりあえずで持ち上げられる重量ではないのだが。
 しかし今なら落ち着かせるチャンスである。我はシオンが氷を投げる目的を見出さない内にたたみ掛けることにした。

「まずは氷を下せ!このダイヤでお主の杖を作ろうではないか?お主はファイターではなく魔法使いであろう!?」

「・・・はっ!そうでした!わたしは魔法使い・・・ヒーラー・・・か弱い後衛・・・」

 あ、うん。そうだな。

「キャ、キャ~コンナノ持テマセーン」

 白々しく言いながらシオンは氷の塊を地面に置いた。ズドォンという地響きを立てた氷の塊。我でも持てそうにないのになぁ・・・これ。
 我がじーっとシオンを見ていると、彼女は「あははー」と目をそらしながら手をさすっていた。もういいや。

「それで、姉さんに杖?」

 話を切り替えるためかサエラがその話を持ち出してくるが、元凶はお主だからな?覚えとけよ?
 我が睨むとサエラも視線から逃げるように顔を逸らした。

「昔の仲間に魔女がいてな。そいつに頼めばいいもん作ってくれるはずだぞ」

 ダイヤの利用法を二人に話すと、ガルムが追加でそう言ってきてくれた。魔女といえば魔法のエキスパートである。魔法だけではなく呪術や妖力など一般人が身につけることのできない特殊な技術も習得していることで有名なのだ。
 その者が杖を作ってくれるというなら期待できそうである。

「魔女と知り合いなんですか?」

 シオンが聞くと、ガルムは懐かしように目を細めて頷いた。

「あぁ。俺が新米冒険者だった頃のパーティメンバーだ。あいつのおかげで何度か助かったこともある。いい奴だよ・・・頭おかしいけど」

 頭おかしいのか。

「あとな、俺がお前らに笛の依頼を出したろ?元々はその魔女が俺に持ちかけた話だったんだよ」

「だからガルムさんも笛の情報を把握してなかった?」

「そゆこと」

 なるほどそういう事情があったのか。ちょうど件の魔女に笛を届けに行くらしいのでその時に一緒にどうか?という話になった。それと、直接魔女が入手した時の状況を詳しく聞きたいらしい。
 そうして話は決まり、ガルムにフィン、それと放置気味のナイアス・アイグレーと別れを告げて、メガピラニアを担いで湖を後にするのであった。
 去り際、相手にされなかったナイアス・アイグレーがガルムに構って欲しいのかイタズラしている様子が見えたが・・・まぁ頑張ってくれ。



「・・・持ってきたけど、このメガピラニアどうしよう」

 きっとうまいという謎理論で持ってきたが、サエラは生粋のエルフであるためそこまで大食らいではない。しかしシオンは胃が異空間にでも繋がってるのでは?と思ってしまうほどの大食感なので笑顔で「問題ないです!」と言ったらサエラも安心していた。それでいいのか?

「しかし、これで順調に二人の装備も揃ってきたな。これでダンジョンに潜れる深さも増えるだろう」

 二人の実力は高い。しかし今までは装備が追いついていない状況であった。今回の件で戦力もだいぶ引き上げられることになるだろう。ほとぼりが冷めたら、スプリガンをパーティに追加するのも面白そうである。

「でも、ガルムさんにウーロさんがバレた。・・・大丈夫かな?」

 サエラが不安そうにそのことを口に出した。うむ・・・あの男が嘘を吐くとは思えんがな。我でも人の心の中は見えんし、内心彼がどう思っているのかを知ることはできんのだ。

「まぁなるようになるだろ。ガルムが敵対してきたとしても、我の実力では勝てんし」

 Sランカーはかつての勇者の実力と匹敵している。弱体化した我が敵うはずがないのは明白である。

「そこに私が入ってもダメ?」

「あ、わたしも追加で!」

「いや無理だろ」

 ハッキリとシオンとサエラに伝えると二人はしょぼんと肩を落とした。当然だろうに相手はアレでもSランカーだぞ。
 かばってくれるのは嬉しいのだが、万が一そういう状態になった時すぐに逃げてくれよ?これは我の問題なのだし。

 ・・・。

「すまん二人とも、スプリガンに用事があるのだ。また先に宿に戻ってもらえるか?」

「巨大化の魔法の練習ですか?」

「うむ」

「魚料理、早く食べたいから早めに戻って?」

「うむうむ、すまんな」

 二人にそう断りを入れ、我は森の中へ小さく羽ばたいていった。



 釣り場に戻ると、ガルムが釣り糸を垂らしながらフィンに寄りかかっている後ろ姿が見えた。すぐそばには、捨てられたのだろうゴミの山が積み上がっている。
 奴も、釣れぬ者か・・・。

「・・・来たか」

「うむ。予想していたようだな?」

「そりゃぁな」

 振り返ったガルムの顔にはいやらしいニヤついた表情が張り付いていた。すでに時刻は夕方で、赤く沈む夕日から逆光となっている。表情はニヤニヤ以外感じ取ることはできない。
 真横にゴミの山がある現状全くカッコついていないのが本音だ。

「ゴミしか釣れんか」

「・・・あれだよ、今魚が少ないから・・・」

 まぁガルムの言い訳などどうでもいい。我は二人に嘘をついてまでガルムに会いに来た理由を話すことにした。

「我の正体を感づいていたりするか?」

「ウロボロス」

 躊躇いなく言い放ったガルムに一瞬我は硬直するも、爪に魔力を通したりと臨戦態勢をとることはしなかった。なぜなら彼自身から殺意、悪意というものが感じられなかったからだ。
 ただ、関心はあるようである。

「うむ。なぜわかった?ドラゴンなのだから喋っても不思議ではないかもしれんぞ?ウロボロスだから喋るという理由はあるまい」

「正直初対面の時から怪しんでたよ。そもそもエルフにドラゴンっていう組み合わせで、アンタの伝承を知ってる俺からしたらもしかしたらって考えは出てきた」

 懸念していたが、やはりこの組み合わせはまずかったか。ただ、数百年前の伝承を未だに知っている者がいるとは驚きである。しかも人間が。
 ガルムは話を続ける。

「それにその体色、他のドラゴンにはない色だ。水竜か、ハーフ、あるいは子供だから変色前って言い訳できるけどな」

 マジか・・・考えもしなかった部分でウロボロスと仮定されていたのか我は・・・。これでは言い逃れはできぬか。

「なるほど・・・お主は我をどうするつもりだ?」

「どうもしねぇけど、強いて言えばこれからもいい関係を続けていきたいってことかな」

 何かしら要求されるかとは思っていたが、ガルムは予想外の返答をしてきた。
 それでいいのかお前は?それだけで?最低でも鱗の何枚かは欲しがられると思っていたのだが。

「無欲なのかお主」

「んなわけじゃねぇーよ。俺の場合、”余裕”があるだけだ。あんたを利用しなくても生きていける力もあるし、今の生活に満足してる。ただ、そういう奴ばかりじゃないから今後もバレないように隠した方がいいけどな」

 なるほどな。言ってみれば、納得のいく理由である。すると今度はガルムが我に問いかけてきた。

「今度はこっちからの質問だ。なんでアンタはエルフと連んでる?人間を憎んでいないのか?」

 何を聞いてくるかと思えばそんなことか。我は肩透かしを食らった気分で口を開く。

「憎んではいるぞ?」

「やっぱり?」

「あぁムカつくし、富を得るために家族を捨てる奴もいるのは腹立たしい。ただあの娘たちとは関係ないし、当時の関係者などすでにこの世を去っているだろう?」

 我を直接殺した、あるいは間接的に協力していた者たちはすでにその命が尽きているだろう。怒りを向けるべき者共がいないのだ。
 だからと言って今いる全ての人間を恨むのは違うと思う。怒りの矛先をその子孫たちに向けても我はすっきりしない。

 せめてできるのは、奴らが死んだ後地獄に行けばいいなと思うくらいだろうか?それくらいの死者への冒涜は許されるだろう。
 するとガルムは呆気にとられた様子でこう呟いた。

「でもそれは理屈だろ?感情ではどう思ってんだ?それがアンタの本心っつーなら・・・アンタの方こそ無欲なんじゃないか?」

 何をバカなことを。

「そんなわけなかろう。美味しいものは食べたいし、カッコいい物を見れば欲しくなるし、あの娘たちと過ごす時間は楽しい。いつまでも続けばなと思っておる」

 そんなことできるわけもないだろうとは思ってるがな。

「お主の言った言葉を借りるなら、我は満足している。十分だ。友がいるというのは、それだけで今は十分な幸せである」

「・・・」

 ガルムは小さく口を開いたまま固まり、最後はほっぺをカリカリと掻いてこう言ってきた。

「参ったな、困るなその返答。でもわかるわ、その気持ち」

 「だろう?共感してもらえて嬉しいぞ」

 いつの間にか、夕焼けは静かに沈んでいった。また明日、同じように見る時まで。


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