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第3章~魔物の口~
22話「スプリガン2」
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「スプリガンとの戦闘にはサエラの「影操作」を利用します」
時は遡り数十分前、我らはスプリガンとオオイノシシが交戦しているのを発見し、急遽作戦会議を開いていたのだ。
作戦立案はシオンである。
「たぶんこのオオイノシシとスプリガンの戦闘ではスプリガンが勝利します。そこでウーロちゃんには、決着後を奇襲する形で接近して欲しいんです」
「がう」
「でもすぐには攻撃しないでください」
「・・・がう?」
奇襲というのは攻撃するのにかなり有効な手だ。致命傷を与えるのならこれ以上のやり方はないだろう。しかし意外にもシオンはすぐに攻撃するなと言う。
サエラもマーシーもそのことに不思議に思ったらしく、頭に「?」を浮かばせていた。
その訳を教えてもらう。
「スプリガンの巨人化魔法はすごく厄介です。どのタイミングでも巨大化できますし、発動してなくても常時という形で体の防御力も上昇します」
巨人の生命力と防御力はドラゴンに匹敵すると言われている。その巨人を模した魔法なら、ある程度その恩恵を受けていても不思議ではないか。
どうやらスプリガンは小柄の割にかなり高い物理的防御力を有しているようだ。シオンが言いたいのは、奇襲で我が仕掛けても仕留め切れる保証はないということだ。
それにできるだけきれいな状態でスプリガンを倒さねばならない。今回の目的はスプリガンの素材・・・言ってしまうとその血液である。
なので我が爪で切り裂いて大量出血させたり、ブレスで燃やし尽くすという戦法は使えない。
つまりダンジョンでウォリアーアントを倒すように打撃で仕留めなければならいのだ。
「スプリガンの防御力を考えると、奇襲といえど一撃で倒すのは困難です。それにオオイノシシとの戦いで疲弊したスプリガンがさらにダメージを受ければ、後先考えずに逃げ出す可能性もあります。そうなれば今日中に追いつくのは無理です」
ぬぅ、一理ある。戦う能力を持っているとはいえ、衛兵から逃亡しているのだから基本逃げ足の速さがメインのはずだ。
つまりビビりである。どこからともなく大ダメージを受ければ、馬鈴薯を捨ててでもその足の速さでどこかに逃げ出す恐れがある。
「なのでウーロちゃんは奇襲でも、スプリガンを消耗させる程度に留めてください。ある程度スプリガンに「自分の攻撃が通用する」と思わせることが重要です」
「がう」
了解の意味を込めて我はコクンと頷いた。知能高いスプリガン相手ならそういう戦法も通用するだろう。
「サエラは「影操作」で生き物を引っ張れるんですよね?木とか丸太は何かにぶつけるくらいには引けますか?」
「・・・根本を地面から外せば何とか」
「地面から抜いた状態なら大丈夫なんですね」
「それなら大丈夫。けど、どうやって?」
サエラがそう尋ねる。どうやらシオンは「影操作」で樹木を引っ張り、それをスプリガンにぶつけようとしているらしい。
しかし、いくら「影操作」のスキルでも木を地面から外すなんて芸当は無理だ。つまり誰かが代わりに引き抜かないといけない。
我が予め外しておこうか?と思っていたが。
「あ、それならあたしのゴーレムで何とかできるわ」
マーシーがそう言って提案してくれたのだ。シオンは「いいんですか?」と聞いてみたが、マーシーは何の問題もないと言わんばかりの表情で「連続で動かさなければ大丈夫」と言った。
ふむ、ゴーレムの怪力なら地に根を張る木を引き抜くことも可能だろう。
ゴーレムの変形シーンを見れないのは残念だが、仕方あるまい。また今度の機会に期待しようか。
結果作戦は「スプリガンとオオイノシシの決着後、スプリガンの牽制するため我が登場。スプリガンをできるだけ消耗させ、その隙を見計らって我が合図しサエラの「影操作」で丸太をスプリガンにぶつける」というもので決まった。もちろんそれで仕留め切れるとは思っていないが、少なくともダメージで逃げにくくはなると思う。
作戦も大方が決まると、マーシーが我の方をジッと見てこう言った。
「それにしてもウーロちゃんって賢いのね。言葉を理解してるみたい」
あー、それは、あー、あー、あー・・・
「ほ、ほら!ウーロちゃんはドラゴンですから!」
「トテモ、カシコイ・・・」
我が固まりなんの反応もできずにいると、シオンとサエラが慌ててフォローしてくれた。マーシーもそれで納得したのか「やっぱりドラゴンってすごいのね」と感心している。あ、危なかった・・・。
ぐぬぬ・・・やはり小竜ではコミュニケーションが取りづらいである。
★★★★★
「キィ・・・キィ・・・」
丸太によるダメージを受けたスプリガンはだいぶ弱っている様子である。
我が一歩進んで近づくが、反撃する意思すらないのか体をフラフラさせるだけで何もしない。おそらく戦意喪失したのだろう。スプリガンの魔力もスタミナも底をついたのかもしれんな。
「ガオォ」
我はゆっくりとスプリガンに歩み寄っていく。ここまで弱らせたなら十分である。もっとも、大怪我を負わせて行動不能にしたというより、過度な疲労による弱りではあるが。
ともあれ作戦成功である。丸太一本で動けなくさせられたのは幸運だった。予定ではもう少し戦う事を想定していたのだから。
「・・・今です」
離れた草陰から、シオンがそう呟いているのが聞こえた。うむ、彼女たちは初めから討伐する気であるからな。我の思惑は知らないはずだ。
と、言いつつ我も仕留める気ではいるのだがな。確かに仕留めるのなら今である。だが・・・
「・・・ふむ」
木が引っ張られた方を向いてみると、そこには弓を構えているサエラがいた。万が一スプリガンが反撃してきた時の援護をするつもりだろう。
しかし、その額には汗がにじんでいた。木を一本引っ張るのは大変だったのだろうな。それでも矢がブレずにスプリガンを狙えているのは流石といえよう。
状態は万全であるな。・・・うむ。
「・・・ウーロさん?」
「・・・?」
我がいつまで経ってもスプリガンにトドメを刺さないのに違和感を感じたのだろう二人の声が聞こえてくる。すまんな、もう少し時間をくれ。
スプリガンの真正面に立ち、その瞳を覗き込む。そこにあるのは怯え・・・ではない。諦めである。なぜか、不思議と共感できた感情であった。
「・・・」
どこまでコヤツは追い詰められていたのだろうか?考えてみれば、ドワーフ族と共存できるほど賢い知能を持ったスプリガンがなぜ人里で盗みを働いていたのかも疑問だった。
戦闘のセンスはあるし、隠れやすい住処や追っ手を振り切る隠密能力もある。自然界で十分通用する技能だ。なぜわざわざ敵を作る行動に出た?
あるいはそうせざるおえない理由があったのでは?まるでこうなる事が分かっていたような、そんな疲れた目をしているコヤツを見ていると、どこか自分と重ねてしまう。
「・・・ガウ」
「キィ?」
目の前に立つだけで何もしない我にいよいよスプリガンも不審に感じてきたのか、怪訝そうな表情で我を見上げている。
うむ・・・考えている間に体力を回復されても困る。少々手荒であるが、一時的に従属させてみるか。
我はスプリガンに顔を近づけ、その首元まで接近し噛もうと口を開けた。生物にとって致命的な弱点となる首にだ。
「・・・!」
スプリガンはそれを見てビクリと体を震わした・・・が、逃げられないと感じたのか耐えるように目をつむる。達観しているものの、死は恐れているようだ。
匂いを嗅いでみると皮脂の匂いがし、耳をすませば心拍数が高まっているのか鼓動がハッキリと聞こえてきた。
怖がっているのは明白であるが、それでもスプリガンは抵抗的な反応は示さない。
恐怖と疲労という要因もあるが、これは敗者となった魔物の最後のチャンスでもあるからだ。すぐに殺されないということは従属として生き残れる可能性もあるので、機嫌を損ねないように動きを止めるのである。
魔物の中には自分とは違う種族の魔物を従えていることがある。人のように言葉がなく、意思疎通が困難なモノ同士がなぜ共存できるのか?それは互いに強い信頼関係を築いているからだ。
この理由は様々である。幼少期から共に過ごした、死闘の果てに互いの力を認め合う、生活する上で互いに協力することが便利と気付いたモノなど。
能力として信頼して協力し合っているモノもいるし、あるいは感情的に信頼している場合もあるということだ。どんな形であれ、言語はなくとも方法によっては絆を結ぶことも可能である。
人だって同じことをするぞ?一般的に知られているのはテイムだな。魔物を従魔にして共に戦い、生きるのだ。
今回我はそれを応用してみようと思う。つまり対等な仲間というより強者として我がスプリガンを従わせるといった感じであるな。用が済んだら森に帰せるので比較的対象の魔物にとっても気が楽だろう。
「グルルルゥ・・・」
我はスプリガンの首元を噛み、少し皮膚を押さえるくらいの力を出す。まずはこれ以上危害を加えないという意思を示さなければならぬ。弱点を触りつつも、あまり刺激を与えない。
この時点で反撃してきたら決裂だ。触られた側が触った側を信用できないということだからな。しかし運の良いことにスプリガンはジッとしている。
よしよし、我を格上として認識しているようだ。反撃しても無駄だと先ほどの戦闘で理解したのだな。
さて、今度は噛む場所を顎の下に変えてみようか。そこは皮が薄く、我の牙では力を入れると出血してしまうほどに弱い位置だ。
できるだけ優しく、である。下手に傷つけたら印象を悪くしてしまうしな。ので、舌を使ってぺろりと舐めることにした。
舐めてみるとくすぐったかったのか、スプリガンはブルリと体を震わした。しかし抵抗してこないので我はもう一度スプリガンのあご下を舐める。ちょうど汚れいたので、それを拭き取るような感じにだ。
「・・・キュゥー、キュー」
む、流石にスプリガンが緊張してきたようである。弱々しい鳴き声から察するに、精一杯の抵抗なのだろう。だがここで止めてはならぬ。力だけではなく、感情面でも支配しなければいつ裏切られるか分からぬのだから。
我は逃げられないように両手でスプリガンの背中を押さえ、体の自由を制限した。スプリガンは触碗を使って我の腕に絡めてくるが、力は入っていないようだ。
表面上抵抗はしてるものの、本気で嫌がっているのではないらしい。スプリガンは足の力を抜いて我の抑えている両腕の重さに身を任せる。
ゆっくりと寝転がるように横たわるスプリガン。相変わらず鼓動は早いが、さっきまでの恐怖による心拍上昇とは違うな。なぜだか知らんが、興奮しているようにも感じる。
ふーむ、とりあえず敵対の意思はないのだな?なら続けよう。次第に無抵抗になっていくスプリガンに比例して、舐める舌の動きも少しずつ早くしていく。
「きゅぅ、きゅぅ・・・くぅぅ・・・」
「グウゥゥゥ・・・フウ、フゥ」
スプリガンの目に潤みが出てきた。極度の緊張から解放され、全身の力が抜けてきている証拠だ。いいぞ。我は首を舐めつつ、スプリガンに自身の匂いを感じさせるために頬を軽く擦る。
これは我がドラゴンであると再認識させるためだ。元々種族的に優位に立っているのだから、あとはどちらが上かと確実に埋め込めばいけるはずである。
案の定スプリガンは匂いを嗅ぎとるとゾクリと振わせ、弱々しく瞳が半分閉じた目で我を見上げた。よし、あと少しである・・・と、そこに。
「ウ、ウーロちゃん・・・な、な、な、何してるんですかぁぁぁ・・・・!?」
我にくらいしか聞こえないであろう小さな小声が耳に入った。発信源の方に視線を向けると、顔を真っ赤にしたシオンがこちらを見ていた。おいおい、そんな顔を赤くしたら茂みに隠れているカモフラージュの意味がないだろう。
てかなんで赤くなっているのだ?もしかしてスプリガンを仕留めないから怒っているのか?いやでもシオンがそれで怒るとは思えんしなぁ・・・prpr。
我は呑気にそんなことを考えていると、なぜかサエラから冷たい視線を感じた。
「・・・ぬ?」
スプリガンをペロペロしながら振り抜くと、木々の奥ではサエラがゴミを見るような眼差しで我を見つめていた。マーシーも、なぜか微妙そうな顔をしておる。えー・・・なぜ?
「・・・変態」
「あたし、なんでこんなの見せられてるの・・・?」
解せぬ。我は悪いことをしていないはずだが。
「きゅぅー、きゅぅぅ」
しばし固まっていると、スプリガンが我に額を擦りつけて続きを促してきた。あーはいはいわかったである。我はお望み通りスプリガンを舐めることを再開する。
最終的に腹部を見せてきたことから、上手くテイムは成功したと言えよう。それもその筈だ。
原因は分からぬが、我以外の何かに追い詰められていたスプリガンは「安心感」を求めていたのだと思う。そこに自分を圧倒する魔物が現れ、殺されるのではなく支配下に加わえられることに安堵を得れたのだろう。
ふむ、意思疎通が可能となれば色々と情報を聞き出させばならないな。なにか嫌な予感がしてならぬのだ・・・。
「じいぃ~~~」
「・・・失望した」
おや、身近に嫌な予感がするぞ?よくわからんが、なんとか弁解しなければまずい気がする・・・と、我は寒気を感じているのであった。
時は遡り数十分前、我らはスプリガンとオオイノシシが交戦しているのを発見し、急遽作戦会議を開いていたのだ。
作戦立案はシオンである。
「たぶんこのオオイノシシとスプリガンの戦闘ではスプリガンが勝利します。そこでウーロちゃんには、決着後を奇襲する形で接近して欲しいんです」
「がう」
「でもすぐには攻撃しないでください」
「・・・がう?」
奇襲というのは攻撃するのにかなり有効な手だ。致命傷を与えるのならこれ以上のやり方はないだろう。しかし意外にもシオンはすぐに攻撃するなと言う。
サエラもマーシーもそのことに不思議に思ったらしく、頭に「?」を浮かばせていた。
その訳を教えてもらう。
「スプリガンの巨人化魔法はすごく厄介です。どのタイミングでも巨大化できますし、発動してなくても常時という形で体の防御力も上昇します」
巨人の生命力と防御力はドラゴンに匹敵すると言われている。その巨人を模した魔法なら、ある程度その恩恵を受けていても不思議ではないか。
どうやらスプリガンは小柄の割にかなり高い物理的防御力を有しているようだ。シオンが言いたいのは、奇襲で我が仕掛けても仕留め切れる保証はないということだ。
それにできるだけきれいな状態でスプリガンを倒さねばならない。今回の目的はスプリガンの素材・・・言ってしまうとその血液である。
なので我が爪で切り裂いて大量出血させたり、ブレスで燃やし尽くすという戦法は使えない。
つまりダンジョンでウォリアーアントを倒すように打撃で仕留めなければならいのだ。
「スプリガンの防御力を考えると、奇襲といえど一撃で倒すのは困難です。それにオオイノシシとの戦いで疲弊したスプリガンがさらにダメージを受ければ、後先考えずに逃げ出す可能性もあります。そうなれば今日中に追いつくのは無理です」
ぬぅ、一理ある。戦う能力を持っているとはいえ、衛兵から逃亡しているのだから基本逃げ足の速さがメインのはずだ。
つまりビビりである。どこからともなく大ダメージを受ければ、馬鈴薯を捨ててでもその足の速さでどこかに逃げ出す恐れがある。
「なのでウーロちゃんは奇襲でも、スプリガンを消耗させる程度に留めてください。ある程度スプリガンに「自分の攻撃が通用する」と思わせることが重要です」
「がう」
了解の意味を込めて我はコクンと頷いた。知能高いスプリガン相手ならそういう戦法も通用するだろう。
「サエラは「影操作」で生き物を引っ張れるんですよね?木とか丸太は何かにぶつけるくらいには引けますか?」
「・・・根本を地面から外せば何とか」
「地面から抜いた状態なら大丈夫なんですね」
「それなら大丈夫。けど、どうやって?」
サエラがそう尋ねる。どうやらシオンは「影操作」で樹木を引っ張り、それをスプリガンにぶつけようとしているらしい。
しかし、いくら「影操作」のスキルでも木を地面から外すなんて芸当は無理だ。つまり誰かが代わりに引き抜かないといけない。
我が予め外しておこうか?と思っていたが。
「あ、それならあたしのゴーレムで何とかできるわ」
マーシーがそう言って提案してくれたのだ。シオンは「いいんですか?」と聞いてみたが、マーシーは何の問題もないと言わんばかりの表情で「連続で動かさなければ大丈夫」と言った。
ふむ、ゴーレムの怪力なら地に根を張る木を引き抜くことも可能だろう。
ゴーレムの変形シーンを見れないのは残念だが、仕方あるまい。また今度の機会に期待しようか。
結果作戦は「スプリガンとオオイノシシの決着後、スプリガンの牽制するため我が登場。スプリガンをできるだけ消耗させ、その隙を見計らって我が合図しサエラの「影操作」で丸太をスプリガンにぶつける」というもので決まった。もちろんそれで仕留め切れるとは思っていないが、少なくともダメージで逃げにくくはなると思う。
作戦も大方が決まると、マーシーが我の方をジッと見てこう言った。
「それにしてもウーロちゃんって賢いのね。言葉を理解してるみたい」
あー、それは、あー、あー、あー・・・
「ほ、ほら!ウーロちゃんはドラゴンですから!」
「トテモ、カシコイ・・・」
我が固まりなんの反応もできずにいると、シオンとサエラが慌ててフォローしてくれた。マーシーもそれで納得したのか「やっぱりドラゴンってすごいのね」と感心している。あ、危なかった・・・。
ぐぬぬ・・・やはり小竜ではコミュニケーションが取りづらいである。
★★★★★
「キィ・・・キィ・・・」
丸太によるダメージを受けたスプリガンはだいぶ弱っている様子である。
我が一歩進んで近づくが、反撃する意思すらないのか体をフラフラさせるだけで何もしない。おそらく戦意喪失したのだろう。スプリガンの魔力もスタミナも底をついたのかもしれんな。
「ガオォ」
我はゆっくりとスプリガンに歩み寄っていく。ここまで弱らせたなら十分である。もっとも、大怪我を負わせて行動不能にしたというより、過度な疲労による弱りではあるが。
ともあれ作戦成功である。丸太一本で動けなくさせられたのは幸運だった。予定ではもう少し戦う事を想定していたのだから。
「・・・今です」
離れた草陰から、シオンがそう呟いているのが聞こえた。うむ、彼女たちは初めから討伐する気であるからな。我の思惑は知らないはずだ。
と、言いつつ我も仕留める気ではいるのだがな。確かに仕留めるのなら今である。だが・・・
「・・・ふむ」
木が引っ張られた方を向いてみると、そこには弓を構えているサエラがいた。万が一スプリガンが反撃してきた時の援護をするつもりだろう。
しかし、その額には汗がにじんでいた。木を一本引っ張るのは大変だったのだろうな。それでも矢がブレずにスプリガンを狙えているのは流石といえよう。
状態は万全であるな。・・・うむ。
「・・・ウーロさん?」
「・・・?」
我がいつまで経ってもスプリガンにトドメを刺さないのに違和感を感じたのだろう二人の声が聞こえてくる。すまんな、もう少し時間をくれ。
スプリガンの真正面に立ち、その瞳を覗き込む。そこにあるのは怯え・・・ではない。諦めである。なぜか、不思議と共感できた感情であった。
「・・・」
どこまでコヤツは追い詰められていたのだろうか?考えてみれば、ドワーフ族と共存できるほど賢い知能を持ったスプリガンがなぜ人里で盗みを働いていたのかも疑問だった。
戦闘のセンスはあるし、隠れやすい住処や追っ手を振り切る隠密能力もある。自然界で十分通用する技能だ。なぜわざわざ敵を作る行動に出た?
あるいはそうせざるおえない理由があったのでは?まるでこうなる事が分かっていたような、そんな疲れた目をしているコヤツを見ていると、どこか自分と重ねてしまう。
「・・・ガウ」
「キィ?」
目の前に立つだけで何もしない我にいよいよスプリガンも不審に感じてきたのか、怪訝そうな表情で我を見上げている。
うむ・・・考えている間に体力を回復されても困る。少々手荒であるが、一時的に従属させてみるか。
我はスプリガンに顔を近づけ、その首元まで接近し噛もうと口を開けた。生物にとって致命的な弱点となる首にだ。
「・・・!」
スプリガンはそれを見てビクリと体を震わした・・・が、逃げられないと感じたのか耐えるように目をつむる。達観しているものの、死は恐れているようだ。
匂いを嗅いでみると皮脂の匂いがし、耳をすませば心拍数が高まっているのか鼓動がハッキリと聞こえてきた。
怖がっているのは明白であるが、それでもスプリガンは抵抗的な反応は示さない。
恐怖と疲労という要因もあるが、これは敗者となった魔物の最後のチャンスでもあるからだ。すぐに殺されないということは従属として生き残れる可能性もあるので、機嫌を損ねないように動きを止めるのである。
魔物の中には自分とは違う種族の魔物を従えていることがある。人のように言葉がなく、意思疎通が困難なモノ同士がなぜ共存できるのか?それは互いに強い信頼関係を築いているからだ。
この理由は様々である。幼少期から共に過ごした、死闘の果てに互いの力を認め合う、生活する上で互いに協力することが便利と気付いたモノなど。
能力として信頼して協力し合っているモノもいるし、あるいは感情的に信頼している場合もあるということだ。どんな形であれ、言語はなくとも方法によっては絆を結ぶことも可能である。
人だって同じことをするぞ?一般的に知られているのはテイムだな。魔物を従魔にして共に戦い、生きるのだ。
今回我はそれを応用してみようと思う。つまり対等な仲間というより強者として我がスプリガンを従わせるといった感じであるな。用が済んだら森に帰せるので比較的対象の魔物にとっても気が楽だろう。
「グルルルゥ・・・」
我はスプリガンの首元を噛み、少し皮膚を押さえるくらいの力を出す。まずはこれ以上危害を加えないという意思を示さなければならぬ。弱点を触りつつも、あまり刺激を与えない。
この時点で反撃してきたら決裂だ。触られた側が触った側を信用できないということだからな。しかし運の良いことにスプリガンはジッとしている。
よしよし、我を格上として認識しているようだ。反撃しても無駄だと先ほどの戦闘で理解したのだな。
さて、今度は噛む場所を顎の下に変えてみようか。そこは皮が薄く、我の牙では力を入れると出血してしまうほどに弱い位置だ。
できるだけ優しく、である。下手に傷つけたら印象を悪くしてしまうしな。ので、舌を使ってぺろりと舐めることにした。
舐めてみるとくすぐったかったのか、スプリガンはブルリと体を震わした。しかし抵抗してこないので我はもう一度スプリガンのあご下を舐める。ちょうど汚れいたので、それを拭き取るような感じにだ。
「・・・キュゥー、キュー」
む、流石にスプリガンが緊張してきたようである。弱々しい鳴き声から察するに、精一杯の抵抗なのだろう。だがここで止めてはならぬ。力だけではなく、感情面でも支配しなければいつ裏切られるか分からぬのだから。
我は逃げられないように両手でスプリガンの背中を押さえ、体の自由を制限した。スプリガンは触碗を使って我の腕に絡めてくるが、力は入っていないようだ。
表面上抵抗はしてるものの、本気で嫌がっているのではないらしい。スプリガンは足の力を抜いて我の抑えている両腕の重さに身を任せる。
ゆっくりと寝転がるように横たわるスプリガン。相変わらず鼓動は早いが、さっきまでの恐怖による心拍上昇とは違うな。なぜだか知らんが、興奮しているようにも感じる。
ふーむ、とりあえず敵対の意思はないのだな?なら続けよう。次第に無抵抗になっていくスプリガンに比例して、舐める舌の動きも少しずつ早くしていく。
「きゅぅ、きゅぅ・・・くぅぅ・・・」
「グウゥゥゥ・・・フウ、フゥ」
スプリガンの目に潤みが出てきた。極度の緊張から解放され、全身の力が抜けてきている証拠だ。いいぞ。我は首を舐めつつ、スプリガンに自身の匂いを感じさせるために頬を軽く擦る。
これは我がドラゴンであると再認識させるためだ。元々種族的に優位に立っているのだから、あとはどちらが上かと確実に埋め込めばいけるはずである。
案の定スプリガンは匂いを嗅ぎとるとゾクリと振わせ、弱々しく瞳が半分閉じた目で我を見上げた。よし、あと少しである・・・と、そこに。
「ウ、ウーロちゃん・・・な、な、な、何してるんですかぁぁぁ・・・・!?」
我にくらいしか聞こえないであろう小さな小声が耳に入った。発信源の方に視線を向けると、顔を真っ赤にしたシオンがこちらを見ていた。おいおい、そんな顔を赤くしたら茂みに隠れているカモフラージュの意味がないだろう。
てかなんで赤くなっているのだ?もしかしてスプリガンを仕留めないから怒っているのか?いやでもシオンがそれで怒るとは思えんしなぁ・・・prpr。
我は呑気にそんなことを考えていると、なぜかサエラから冷たい視線を感じた。
「・・・ぬ?」
スプリガンをペロペロしながら振り抜くと、木々の奥ではサエラがゴミを見るような眼差しで我を見つめていた。マーシーも、なぜか微妙そうな顔をしておる。えー・・・なぜ?
「・・・変態」
「あたし、なんでこんなの見せられてるの・・・?」
解せぬ。我は悪いことをしていないはずだが。
「きゅぅー、きゅぅぅ」
しばし固まっていると、スプリガンが我に額を擦りつけて続きを促してきた。あーはいはいわかったである。我はお望み通りスプリガンを舐めることを再開する。
最終的に腹部を見せてきたことから、上手くテイムは成功したと言えよう。それもその筈だ。
原因は分からぬが、我以外の何かに追い詰められていたスプリガンは「安心感」を求めていたのだと思う。そこに自分を圧倒する魔物が現れ、殺されるのではなく支配下に加わえられることに安堵を得れたのだろう。
ふむ、意思疎通が可能となれば色々と情報を聞き出させばならないな。なにか嫌な予感がしてならぬのだ・・・。
「じいぃ~~~」
「・・・失望した」
おや、身近に嫌な予感がするぞ?よくわからんが、なんとか弁解しなければまずい気がする・・・と、我は寒気を感じているのであった。
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