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第3章~魔物の口~

15話「アイアンファウスト」

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「なんか今日は色んな意味で疲れた・・・」

 サエラの溜め息混じりの言葉に、我は肯定の意味を込めて頷く。
 初めてのダンジョンで無事に仕事を終え、やっと一日分の稼ぎを得たと思ったら次はSランカーから直々の依頼。
 肉体的にも精神的にも、サエラの疲労は溜まりに溜まっているのだろうな。
 石畳の道を歩く足取りは遅い。

「どうします?あの依頼・・・」

 我を抱えながらシオンが皆に尋ねる。
 悩むには理由があった。待遇が良すぎる。街で情報収集していれば、その日の宿代は出してもらえるというのは我らにとってはよだれものの条件である。
 だからこそ、裏があるのではないかと思ってしまうし、逆に良い仕事に入り込めるチャンスなのではと希望も持ってしまう。
 いずれにせよ、色々と相談したいので依頼を受けるかどうかは明日に報告したいと、シオンが頼んでくれた。

 ガルムは快く承諾してくれ、明日早朝の冒険者ギルドで落ち合う約束をしてきた。まぁどっちにしろ受けるにしても断るにしても、ダンジョンに行かないといけないからちょうどいい。
 姉妹は相談をするものの、結局宿に到着するまでに決定することはできなかった。

 初心者冒険者御用達の宿「鳥の濡れ羽亭」のドアを開くと、食事スペースにはそこそこの数の冒険者たちが飲み食いをしていた。
 夕食には良い時間、我らと同じようにひと仕事終えた者達だろう。
 装備から察するに、おそらくFランカーが大半を占め、Eランカーが僅かにいる程度。その中でも、特に異色を放っているのは女装している大男であった。
 宿屋の店主ゴンザレス・ゴードンである。

 ゴードンは我らが声を掛けるより先に気づいたのか、猛スピードでこちらに走ってきた。筋肉の重量によるものか、床の下は石の土台で出来ているはずなのに軽く地響きがしている気がする。
 ドスンドスン。

「あら、サエラちゃんにシオンちゃんね!それとウーロちゃん!ダンジョン探索はうまくいった?怪我とかしてなぁい?」

 ゴードンは力強い眼力のある目をぱちくりさせながら、心配そうにこちらに話しかけてくる。野太い声ながらも、その優しい口調にはゴードンの人柄が表れているような気がした。
 シオンはゴードンを気にいっているのか、まるで子犬のように元気な声で返事をする。

「はい!なんとかなりました。今日も泊まりたいんですけど」

「あら、もしかして2000G稼げたの!?すごいわねぇ・・・」

 シオンがゴールドを支払うと、ゴードンは驚きと感心の入り交じった声を出した。
 実は今朝挨拶した時に、もう無一文だからダンジョンで稼げないかもしれないので、そのままチェックアウトすることを伝えたのだ。
 朝食と昼飯をサービスでもらえる筈だったのだがな、どっちにしろダンジョンの中だったし。

「簡単じゃなかった」

「そりゃそうよぉ、危険だし。本当にお金に困ってるのならここで働いてもいいのよ?」

「あの、ゴードンさん。猛獣使いのガルムって知ってますか?」

 サエラの愚痴にゴードンがそう言っていると、シオンが被せるように尋ねた。

「んー?ガルムちゃん?もちろん知ってるわよぉ。昔ここに泊まってたし」

「え、そうなんですか?」

 シオンが驚きの声を上げる。こりゃいい、ガルムがどんな奴か教えてもらおうではないか。依頼を受けるか否かの判断材料にもなる。

「そうなのよぉ、あの子ったら初対面の時『も、モンスターだぁ!?』ってアタシを見て言ったのよぉ!ヒドくなぁい?」

 ・・・うん。

「あはは、ひどいですねー」

「でしょー!アタシ、思わずぶん殴っちゃったわよ」

 ゴードンが頰に手を添え、「ほぉっ」と困ったようにため息を吐く。
 この場合暴言を吐いたガルムが悪いのか、こんな格好をしているゴードンが悪いのか・・・人間の価値観ではどうなるのだ?
 するとサエラが気になった事を聞き始めた。

「ガルムさんとは長い仲?」

「えぇそうよ。あの子がまだFランカーだった時から知ってるわ」

 なんと、では知人というより友人に近いくらい親しいのだろうか。思わぬところで良い情報源が見つかったな。

「というかガルムさん・・て・・・まるで会ったみたいな呼び方ね?みんな異名の方を呼ぶのに」

 ご名答。
 ゴードンは中々察しが良い人物で助かった。

「実は今日、ガルムさんに依頼を受けないかって言われて」

「あ~ら・・・意外と早く接触してきたのね」

 サエラの言葉に、ゴードンが呆れたように深いため息を吐く。

「どうしてですか?わたしたち、ガルムさんとは関わりなんて無かったんですけど」

「ガルムちゃんにはね?従魔にディルス・ウルフっていう大っきい狼がいるのよ。そこから猛獣使いって呼ばれてるんだけど・・・あの子あるキッカケで相当な従魔マニアになっちゃって、小竜のウーロちゃんを連れてるあなた達に興味が出たのだと思うの」

 悲報。我のせい。

「なるほど」

「まだ仕事があるからゆっくり話せないけど、終わったあとならあの子のこと教えてあげるわよ?あの子悪い子じゃないんだけど格好とか性格が怪しいから信用できないでしょ?」

「そうですね」

「うん」

「ぎゃお」

「あらやっぱり」

 満場一致の意見に、ゴードンはクスリと小さく笑った。
 とりあえず良かった。あの男がどういう人物なのかがわかるのは非常に助かる。
 しかし、うーん。早速厄介ごとを引き起こしてしまったな。この件が良い方向に向けば良いのだが。
 シオンが仕事終わりにゴードンと会う約束をしてから、我らは改めて部屋の鍵を頂いた。
 そしてそのまま部屋に向かおうとしたその時。

「おぃおいー、お前らエルフダロぉ?ちょっとこっち来いよぉ」

 酔っ払った、若い男の声が聞こえてきた。
 この宿で今エルフはシオンとサエラしかいない。思わずと言った様子で二人が声の方へ振り向く。
 そこには大量の酒を飲み、顔を真っ赤にした酔っ払い冒険者が、こちらに手招きしていた。

「そうだぁお前らだお前ら。ちょっとよぉ、こっち来て酌でもしろぉ」

「おいやめろって」

 ニタニタといやらしい笑みを浮かべて言う男を、仲間であろうもう一人が軽く諌める。しかし酔っ払った冒険者は、逆にその行動が発火材になったかのように大声で怒鳴り始めた。
 立ち上がり、机にドンッと思いっきりコップを叩きつける。

「うるせぇ!!命張って迷宮で稼いだんだ!女の一人や二人買って何が悪ぃ!?」

 うーむ、これは大分酔っているな。興奮しすぎて鼻血が出そうな勢いである。
 だが、言っていい事と悪いことがあるのだ。少女という年頃の娘に対しそのような口の利き方は如何なものかと思うのだが?
 魔物である我ですら、女勇者が攻めて来た時は紳士的に対応してやったのだぞ?脳天をカチ割られたが。

「・・・うわっ」

 自分たちより年上の態度を見て、サエラがドン引きしておる。そりゃ大の大人が駄々っ子のように喚き散らしていてはなぁ・・・。
 すると後ろからドスンドスンと豪快な足音を鳴らし、ある人物が酔っぱらいの元に向かっていった。

「あらぁお客さん。他所の娘達にそう言うのはやめなさい?ほら、お酌ならアタシがするわ」

 語尾に「うっふん(ハート)」を付け足して言ったのはゴードンであった。服装とセクシーポーズのコンボで破壊力抜群である。
 流石に酔っぱらいも一瞬顔を青ざめるが、すぐに持ち直すと威勢良くゴードンに吠えて掛かった。

「う、うるせぇぞゴリラ野郎!てめぇみてぇなバケモンに酒注いでもらっても旨くもなんともねぇわ!」

 プッチン・・・

 男の言葉の後に、宿の中で静かに何かが千切れるような音が聞こえてきた。
 発生源は硬直したゴードンである。明かりはあるのに、なぜか顔が影に隠れて見ることができない。ついでにゴリラという言葉にシオンがピクっと反応した。

「誰が・・・」

 ゴードンが掠れるくらい小さな言葉で呟く。・・・・我このあとの流れが大体予想できたのだが・・・。

「誰が野郎・・だこのガキァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

 え、そっち!?とおそらくこの場にいる皆が心の中でツッコミを入れた時には、ドォンッ!と爆風の音とともに酔っぱらいが殴り飛ばされた後であった。
 シュゥゥゥ・・・と酔っぱらいを殴ったであろう突き出された拳から煙が吹き出ている。その先には酔っぱらいが白目をむき、呆けた顔で気絶しているのが見えた。
 壁に叩きつけられ、胴体の軽鎧にクレーター状の傷痕が出来た状態で。おそらく自分でも何が起きたのかわからなかったであろうな・・・。

「・・・」

「・・・すげぇ」

 シオンは無言で絶句し、サエラも思いっきり目を見開き呟く。
 ゴードンは般若のごとく恐ろしき形相を、一瞬で営業スマイルに戻す。そして両手を軽くパンッと叩き、驚きで動きを止めていた我らを正気に戻した。

「はいはーい、ウチでナンパはしちゃだめよぉ?そ・れ・と、レディに対して野郎なんて言っちゃだめだからね?」

 ・・・レディ?そんな疑問が頭に浮かぶが、誰も否定の声を上げる客はいなかった。
 後に彼は「鉄拳のゴードン」という元異名持ちのAランカー冒険者だと、我らは知ることになるのであった・・・。
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