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第2章~竜と少女たち~
7.5話「因果」
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時は遡り数時間前。レッテル村では大きな騒ぎが起きていた。
騒ぎの中心はメリーアの息のかかった者たち。原因は、一人の少女を逃してしまったことであった。
メリーアは、逃げ出したサエラを捕らえきれなかった部下に激しい叱咤をしていた。
「このノロマが!あんな小娘一人捕まえられないなんてどんなグズなんだい!!挙句には武器まで取られて!」
「わ、悪かった・・・だが、まさか足を射抜かれても逃げ切れるだなんて・・・」
「言い訳なんか聞きたくないね!サエラはどこに向かったんだい!?」
「・・・竜王の巣」
「ああああああ!!なんて事!」
部下の申し訳程度の情報に、メリーアはヒステリックな悲鳴をあげる。
その表情に、焦りの色が見える。
取り乱すメリーアに村長が、興奮を落ち着かせるようゆっくりと話しかけた。
「落ち着けメリーア。サエラが竜王の巣に向かった事の、何がそこまで問題なんだ」
「あの小娘が竜王に食い殺されるのが問題じゃないんだよ!問題なのは、あれが脱走して全部持って行ったことだ!」
「だから、何が言いたい?」
苛立ちのこもった村長の強い言葉に、一瞬だけ冷静になったメリーアは理由を詳しく説明した。
「サエラを閉じ込めていた牢屋・・・鉄格子で塞がれてる通気口があったろう?それが曲げられていた。アレは影操作のスキルでやったものだ」
メリーアの言葉に、村長や部下たちは驚きのあまり声が詰まった。ざわざわと小さいざわめきが、困惑の大きさを表していた。
「バカな・・・影操作のスキルなど、相当訓練しなければ習得できないハズだ。あれは、肉体強化で曲げたに違いないだろう」
村長が呟くと、周囲の老エルフたちも「そうだそうだ」と同調する。そう考えるのが普通だろう。
そもそも影操作を習得するのには長い訓練と魔法の素質、そして強いイメージ・・・想像力が求められる。
それ以外にも必要なことは多く、レッテル村では一人しか習得している者がいない。
「一人できる奴がいるんだよ!影操作なんて高度なスキルを一瞬で覚えさせる事のできる奴が!」
「そうだな。ワシだ」
メリーアがそう言った次の瞬間、背後から多くの足音と共に聞き慣れた老人の声が聞こえてきた。
驚き振り返ると、車椅子に乗せられ包帯巻きになっている、自分の夫の姿が見えた。
シオンとサエラの叔父である。
「グロータル!アンタかい!!」
「もう、終わりだメリーア。ワシもお前も、罪を背負い過ぎた」
そう言う叔父・・・グロータルの背後には、レッテルの自警団や狩人、正確には800年前から生きている老エルフではない若者たちが大量に並んでいた。
「カッサム・・・!」
村長がグロータルの隣に立つ若いエルフに向かってそう言う。カッサムと呼ばれたエルフは、村長を冷たい眼差しで睨んだ。
「お父上。こんな事になるなんて・・・残念です」
「な、何を言っている?」
「お父上・・・いや、レッテル老会議員の皆さん。アナタたちにはシオン・ドラグノフ殺人未遂、サエラ・ドラグノフ拉致監禁罪、そしてグロータル・レーゼンに対しの暴行罪の疑いが掛かっています。ご同行・・・お願いします」
カッサムの言葉に老エルフたちのざわめきが大きくなる。自警団の中には息子か孫がいるのだろう、自分の身内に縋り付いて弁解を始める者もいた。
そして当然、村長も罪を認めなかった。
「な、何を言っているカッサム。それは誤解だ!私達がそんな事するハズがないだろう!?」
「アナタ方が本当に罪を犯していないのなら、大人しく連行されてください。言い訳は、駐屯地で聞きましょう」
取り合うつもりはないと、カッサムは暗にそう言っている。そう察した村長は、自分の置かれた状況を再認識したのか膝から崩れ落ちる。
だがまだ諦めるつもりはないようで、村長は「何か逆転できる材料はないか」と周囲を見渡す。
そもそもなぜグロータルがここにいて、これだけの人を動員することが出来たのかが謎だった。
村長は知る由もないが、メリーアたちがシオンを生贄にすることを決めていた時点で、すでにグロータルは行動を始めていたのだ。
グロータルはあらかじめ、村の若い衆(この場合、メリーア派ではなくカッサム派と言った方がいいだろう。)に裏で何が起こっているのか報告していたのだ。タイミングは、サエラの言っていた森の異変を伝える時にしていた。
最初はカッサムも信じていなかったが、巫女姫のシオンが突然消え、サエラとグロータルもあらぬ罪で投獄された事で本格的に動き始めたのだ。
そして簡単に証拠は集まった。サエラに魔法を喰らわせたメリーアや、シオンを生贄として送り出した事を知っていた反対派がカッサム達の味方についてくれたのだから。
つまり、逃げ場はないのだ。
「・・・頼むカッサム、信じてくれ・・これは村の為なんだ・・・」
「村の為!?幼い子供を躊躇いもなく犠牲にし、目的の為なら隣人や親戚、家族すら裏切る事が!こんな事が村の為になると!?ふざけるな!!」
村長の言い分に、カッサムは抑えきれなかった怒りを爆発し憤慨する。
カッサムは村長としての父をとても尊敬していた。そしていつかは、自分も父のような村長になるのだと努力してきた。
尊敬できる自慢の父が犯罪に手を染めていた事に、息子ながらにショックを受けたのだろう。
そんな息子の思いを知ってか知らずか、村長はまだカッサムに縋り付く。
「村の発展に、犠牲はつきものだ・・・」
「村の発展、はっ!全部聞きましたよ!アナタ達は堕落するための金が欲しいだけでしょうに!それをぬけぬけと・・・!!」
「お前はわからないのか!働かなくても、命をかけて狩りをしなくても生きていける村になるのだぞ!?かつてはレッテルでも王都の貴族以上の暮らしができた!これが村の為じゃなく何になる!?」
自分の言葉を信じて疑わない様子だ。確かに金があれば、子供たちを安全に育てることも可能だろう。
だがそれが正しい形なのか?カッサムは思う。この肥え太り、懸命に生きる努力もせず、寄生するような暮らしが正しいあり方なのか?と。
カッサムは納得できなかった。自然と共に生き、友や隣人と協力していくのが、エルフだと思うからだ。
「・・・どうやら、私とあなたは住むべき世界が違ったようですね・・・おい、連れて行け」
カッサムがそう言うと、二人の屈強な体格の兵士が村長に掴みかかる。村長は抵抗するが、魔法も戦う力も身に付けてこなかった老人が敵うはずもなく、連行されていった。
父の本性を知ったカッサムは、悲しげな表情で尊敬していた父の背中を見送った。
勝ち目がないのは明白だった。村長とカッサムのやり取りを見ていた老エルフたちは、何も言わずただ無言で、大人しく捕縛されていく。
しかし一人だけ、たった一人だけまだ諦めていない者がいた。メリーアだ。
「・・・!よくも裏切ってくれたねグロータルッ!!」
「裏切る・・・?裏切ってなどない。ワシは最初からあの子達の味方だ」
メリーアの突き刺すような憎悪の瞳に、グロータルは涼しげな表情で言い返す。
「もう終わりだメリーア。継承魔法も、すでにサエラに託した。もう竜の巫女姫を増やすことはできんぞ」
「ッ!?」
グロータルの言葉にメリーアは、悪い予想が的中したと思った。継承魔法・・・それこそが、竜の巫女姫にとってはなくてはならない魔法だったからだ。
「竜の巫女姫に必要なスキルは「竜探知」。近場のドラゴンのみを探知する索敵スキルだが、これを習得すれば竜王ウロボロスの復活を感じ取れる。・・・これが巫女姫の予言の正体だ」
「知ってて当然だろう・・・アンタも、シオンを巫女姫にする儀式に参加したじゃないか」
ま、そうだけどな。とグロータルは苦笑を浮かべた。
儀式の日、まだシオンとサエラに親がいた頃・・・物心のついたばかりのシオンに、自分の継承魔法を使い、先代巫女姫のスキルをシオンに移し替えた過去がある。
レッテルでは代々この儀式が行われ、巫女姫と継承魔法を持つ2つの血筋は、絶やしてはいけない決まりがあった。
「100年単位で蘇るウロボロスに対して、探知のできる巫女姫を増やすには、この継承魔法は絶対に必要だろう?だが、もうこの村に継承魔法を持つ者はいない。ワシが、使えるスキルまとめてサエラにプレゼントしたからな」
「・・・グロータル・・・ッ!!」
「終わりだメリーア。これで全て」
「グゥロォォォォォォォォタルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
発狂したメリーアは、車椅子に座り大怪我を負っているグロータルに魔法を打ち込もうとする。
巨大な氷の杭が、グロータルの体を貫かんとその身に迫っていく。
が、結末は悲劇とはならなかった。
「ファイアーボール」
グロータルが小さく魔法の言葉を唱えると、直径3メートルはあろう巨大な火炎の塊が出現し、迫ってくる氷の杭を気化させた。
「くそっ!」
「無駄だメリーア。お前じゃワシには勝てん」
冷たく突き放すようにグロータルが言うと、今度は「マジックバインド」と呟いた。
次の瞬間無数の半透明な紐が地面から飛び出て、メリーアの全身を拘束する。縄で口も抑えられ、手足も縛られた。
メリーアはモゾモゾとかろうじて動こうとするが、それはほとんど意味を持たないだろう。
口を押さえたので魔法を唱えることはできない。
そんなメリーアの状態を視認し、グロータルは周りの自警団に連れて行くよう命じた。
「・・・大丈夫ですか?グロータル氏」
ある程度の片付けが終わると、自警団や狩人たちに命令を下していたカッサムが、グロータルに近づいてきた。
「あぁ、大丈夫だ。ワシこそ、君に辛い思いをさせたな・・・すまない」
「いえ、問題ありません・・・必要なことでしたので」
そう言うカッサムだが、表情には僅かに影が差していた。肉親に対してのある程度の情を捨てきれなかったのだろう。エルフとしてはまだまだ若いカッサムには、辛い経験でもあった。
「ふぅ、ともあれ、明日からは君がこのレッテルを仕切ることになる。ワシも微力ながら協力するが」
「それはありがたい申し出ですね。・・・そうか、明日から私が・・・」
緊張しているのか、少し目を細めるカッサムには少し冷や汗が流れていた。
「あぁ、サエラとシオンも無事、ウロボロス様と合流したようだ。あとは、あの子達なら上手くやれるだろう・・・」
「また妙なスキルを・・・遠くに居る人物の様子が分かるなんて、どんな反則スキルですか」
多彩な才能を持つグロータルに、カッサムは呆れた表情で言う。そんな様子のカッサムに、グロータルは肩をすくめて答えた。
「そんな便利でもないぞ?一人しか見ることはできないし、効果範囲はここからギリギリ竜王の巣までだ」
「当たり前です。それ以上の効果があっては堪ったもんじゃありません」
「まぁまぁ、悪用してるわけじゃないんだからいいだろう?」
「・・・はぁ、ま、これからも働いてもらいますからね。老後でゆっくりできると思わないでくださいね?・・・元勇者グロータル・レーゼン氏」
カッサムの言葉に、グロータルは深い溜息を吐いたのだった。
騒ぎの中心はメリーアの息のかかった者たち。原因は、一人の少女を逃してしまったことであった。
メリーアは、逃げ出したサエラを捕らえきれなかった部下に激しい叱咤をしていた。
「このノロマが!あんな小娘一人捕まえられないなんてどんなグズなんだい!!挙句には武器まで取られて!」
「わ、悪かった・・・だが、まさか足を射抜かれても逃げ切れるだなんて・・・」
「言い訳なんか聞きたくないね!サエラはどこに向かったんだい!?」
「・・・竜王の巣」
「ああああああ!!なんて事!」
部下の申し訳程度の情報に、メリーアはヒステリックな悲鳴をあげる。
その表情に、焦りの色が見える。
取り乱すメリーアに村長が、興奮を落ち着かせるようゆっくりと話しかけた。
「落ち着けメリーア。サエラが竜王の巣に向かった事の、何がそこまで問題なんだ」
「あの小娘が竜王に食い殺されるのが問題じゃないんだよ!問題なのは、あれが脱走して全部持って行ったことだ!」
「だから、何が言いたい?」
苛立ちのこもった村長の強い言葉に、一瞬だけ冷静になったメリーアは理由を詳しく説明した。
「サエラを閉じ込めていた牢屋・・・鉄格子で塞がれてる通気口があったろう?それが曲げられていた。アレは影操作のスキルでやったものだ」
メリーアの言葉に、村長や部下たちは驚きのあまり声が詰まった。ざわざわと小さいざわめきが、困惑の大きさを表していた。
「バカな・・・影操作のスキルなど、相当訓練しなければ習得できないハズだ。あれは、肉体強化で曲げたに違いないだろう」
村長が呟くと、周囲の老エルフたちも「そうだそうだ」と同調する。そう考えるのが普通だろう。
そもそも影操作を習得するのには長い訓練と魔法の素質、そして強いイメージ・・・想像力が求められる。
それ以外にも必要なことは多く、レッテル村では一人しか習得している者がいない。
「一人できる奴がいるんだよ!影操作なんて高度なスキルを一瞬で覚えさせる事のできる奴が!」
「そうだな。ワシだ」
メリーアがそう言った次の瞬間、背後から多くの足音と共に聞き慣れた老人の声が聞こえてきた。
驚き振り返ると、車椅子に乗せられ包帯巻きになっている、自分の夫の姿が見えた。
シオンとサエラの叔父である。
「グロータル!アンタかい!!」
「もう、終わりだメリーア。ワシもお前も、罪を背負い過ぎた」
そう言う叔父・・・グロータルの背後には、レッテルの自警団や狩人、正確には800年前から生きている老エルフではない若者たちが大量に並んでいた。
「カッサム・・・!」
村長がグロータルの隣に立つ若いエルフに向かってそう言う。カッサムと呼ばれたエルフは、村長を冷たい眼差しで睨んだ。
「お父上。こんな事になるなんて・・・残念です」
「な、何を言っている?」
「お父上・・・いや、レッテル老会議員の皆さん。アナタたちにはシオン・ドラグノフ殺人未遂、サエラ・ドラグノフ拉致監禁罪、そしてグロータル・レーゼンに対しの暴行罪の疑いが掛かっています。ご同行・・・お願いします」
カッサムの言葉に老エルフたちのざわめきが大きくなる。自警団の中には息子か孫がいるのだろう、自分の身内に縋り付いて弁解を始める者もいた。
そして当然、村長も罪を認めなかった。
「な、何を言っているカッサム。それは誤解だ!私達がそんな事するハズがないだろう!?」
「アナタ方が本当に罪を犯していないのなら、大人しく連行されてください。言い訳は、駐屯地で聞きましょう」
取り合うつもりはないと、カッサムは暗にそう言っている。そう察した村長は、自分の置かれた状況を再認識したのか膝から崩れ落ちる。
だがまだ諦めるつもりはないようで、村長は「何か逆転できる材料はないか」と周囲を見渡す。
そもそもなぜグロータルがここにいて、これだけの人を動員することが出来たのかが謎だった。
村長は知る由もないが、メリーアたちがシオンを生贄にすることを決めていた時点で、すでにグロータルは行動を始めていたのだ。
グロータルはあらかじめ、村の若い衆(この場合、メリーア派ではなくカッサム派と言った方がいいだろう。)に裏で何が起こっているのか報告していたのだ。タイミングは、サエラの言っていた森の異変を伝える時にしていた。
最初はカッサムも信じていなかったが、巫女姫のシオンが突然消え、サエラとグロータルもあらぬ罪で投獄された事で本格的に動き始めたのだ。
そして簡単に証拠は集まった。サエラに魔法を喰らわせたメリーアや、シオンを生贄として送り出した事を知っていた反対派がカッサム達の味方についてくれたのだから。
つまり、逃げ場はないのだ。
「・・・頼むカッサム、信じてくれ・・これは村の為なんだ・・・」
「村の為!?幼い子供を躊躇いもなく犠牲にし、目的の為なら隣人や親戚、家族すら裏切る事が!こんな事が村の為になると!?ふざけるな!!」
村長の言い分に、カッサムは抑えきれなかった怒りを爆発し憤慨する。
カッサムは村長としての父をとても尊敬していた。そしていつかは、自分も父のような村長になるのだと努力してきた。
尊敬できる自慢の父が犯罪に手を染めていた事に、息子ながらにショックを受けたのだろう。
そんな息子の思いを知ってか知らずか、村長はまだカッサムに縋り付く。
「村の発展に、犠牲はつきものだ・・・」
「村の発展、はっ!全部聞きましたよ!アナタ達は堕落するための金が欲しいだけでしょうに!それをぬけぬけと・・・!!」
「お前はわからないのか!働かなくても、命をかけて狩りをしなくても生きていける村になるのだぞ!?かつてはレッテルでも王都の貴族以上の暮らしができた!これが村の為じゃなく何になる!?」
自分の言葉を信じて疑わない様子だ。確かに金があれば、子供たちを安全に育てることも可能だろう。
だがそれが正しい形なのか?カッサムは思う。この肥え太り、懸命に生きる努力もせず、寄生するような暮らしが正しいあり方なのか?と。
カッサムは納得できなかった。自然と共に生き、友や隣人と協力していくのが、エルフだと思うからだ。
「・・・どうやら、私とあなたは住むべき世界が違ったようですね・・・おい、連れて行け」
カッサムがそう言うと、二人の屈強な体格の兵士が村長に掴みかかる。村長は抵抗するが、魔法も戦う力も身に付けてこなかった老人が敵うはずもなく、連行されていった。
父の本性を知ったカッサムは、悲しげな表情で尊敬していた父の背中を見送った。
勝ち目がないのは明白だった。村長とカッサムのやり取りを見ていた老エルフたちは、何も言わずただ無言で、大人しく捕縛されていく。
しかし一人だけ、たった一人だけまだ諦めていない者がいた。メリーアだ。
「・・・!よくも裏切ってくれたねグロータルッ!!」
「裏切る・・・?裏切ってなどない。ワシは最初からあの子達の味方だ」
メリーアの突き刺すような憎悪の瞳に、グロータルは涼しげな表情で言い返す。
「もう終わりだメリーア。継承魔法も、すでにサエラに託した。もう竜の巫女姫を増やすことはできんぞ」
「ッ!?」
グロータルの言葉にメリーアは、悪い予想が的中したと思った。継承魔法・・・それこそが、竜の巫女姫にとってはなくてはならない魔法だったからだ。
「竜の巫女姫に必要なスキルは「竜探知」。近場のドラゴンのみを探知する索敵スキルだが、これを習得すれば竜王ウロボロスの復活を感じ取れる。・・・これが巫女姫の予言の正体だ」
「知ってて当然だろう・・・アンタも、シオンを巫女姫にする儀式に参加したじゃないか」
ま、そうだけどな。とグロータルは苦笑を浮かべた。
儀式の日、まだシオンとサエラに親がいた頃・・・物心のついたばかりのシオンに、自分の継承魔法を使い、先代巫女姫のスキルをシオンに移し替えた過去がある。
レッテルでは代々この儀式が行われ、巫女姫と継承魔法を持つ2つの血筋は、絶やしてはいけない決まりがあった。
「100年単位で蘇るウロボロスに対して、探知のできる巫女姫を増やすには、この継承魔法は絶対に必要だろう?だが、もうこの村に継承魔法を持つ者はいない。ワシが、使えるスキルまとめてサエラにプレゼントしたからな」
「・・・グロータル・・・ッ!!」
「終わりだメリーア。これで全て」
「グゥロォォォォォォォォタルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
発狂したメリーアは、車椅子に座り大怪我を負っているグロータルに魔法を打ち込もうとする。
巨大な氷の杭が、グロータルの体を貫かんとその身に迫っていく。
が、結末は悲劇とはならなかった。
「ファイアーボール」
グロータルが小さく魔法の言葉を唱えると、直径3メートルはあろう巨大な火炎の塊が出現し、迫ってくる氷の杭を気化させた。
「くそっ!」
「無駄だメリーア。お前じゃワシには勝てん」
冷たく突き放すようにグロータルが言うと、今度は「マジックバインド」と呟いた。
次の瞬間無数の半透明な紐が地面から飛び出て、メリーアの全身を拘束する。縄で口も抑えられ、手足も縛られた。
メリーアはモゾモゾとかろうじて動こうとするが、それはほとんど意味を持たないだろう。
口を押さえたので魔法を唱えることはできない。
そんなメリーアの状態を視認し、グロータルは周りの自警団に連れて行くよう命じた。
「・・・大丈夫ですか?グロータル氏」
ある程度の片付けが終わると、自警団や狩人たちに命令を下していたカッサムが、グロータルに近づいてきた。
「あぁ、大丈夫だ。ワシこそ、君に辛い思いをさせたな・・・すまない」
「いえ、問題ありません・・・必要なことでしたので」
そう言うカッサムだが、表情には僅かに影が差していた。肉親に対してのある程度の情を捨てきれなかったのだろう。エルフとしてはまだまだ若いカッサムには、辛い経験でもあった。
「ふぅ、ともあれ、明日からは君がこのレッテルを仕切ることになる。ワシも微力ながら協力するが」
「それはありがたい申し出ですね。・・・そうか、明日から私が・・・」
緊張しているのか、少し目を細めるカッサムには少し冷や汗が流れていた。
「あぁ、サエラとシオンも無事、ウロボロス様と合流したようだ。あとは、あの子達なら上手くやれるだろう・・・」
「また妙なスキルを・・・遠くに居る人物の様子が分かるなんて、どんな反則スキルですか」
多彩な才能を持つグロータルに、カッサムは呆れた表情で言う。そんな様子のカッサムに、グロータルは肩をすくめて答えた。
「そんな便利でもないぞ?一人しか見ることはできないし、効果範囲はここからギリギリ竜王の巣までだ」
「当たり前です。それ以上の効果があっては堪ったもんじゃありません」
「まぁまぁ、悪用してるわけじゃないんだからいいだろう?」
「・・・はぁ、ま、これからも働いてもらいますからね。老後でゆっくりできると思わないでくださいね?・・・元勇者グロータル・レーゼン氏」
カッサムの言葉に、グロータルは深い溜息を吐いたのだった。
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