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第2章~竜と少女たち~

7話「脱出②」

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 ここから離れるのに、我も連れて行ってくれないか?そう頼んだ時、二人は互いに顔を見合わせてアイコンタクトをとる。
 我に頼み事に最初に答えたのは、サエラだった。

「私は構いません。・・・むしろありがたいんですが」

 サエラがそう言うと、なぜかワクワク顔をしたシオンがトランプというカードの入った箱を片手に持ち、笑顔で言った。

「ということは、ウロボロス様も来るんですね!やりましたねサエラ。これでトランプを二人でやるという寂しい事態にならずにすみます!!」

「姉さん話聞いてる?そう言えばなんでトランプなんて持ってるの」

「む?ばばぬき・・・・とやらは二人でやるものではないのか?」

「ウロボロス様も乗らないでください」

「ふひょー!」

「姉さん走らないで!!」

「あ、二人とも我のこと様付けしなくても良いのだぞ?」

「今?今それを言います!?」

「じゃぁわたし、ウーロちゃんって呼びます!」

「姉さん!!」

「ちゃん・・・?ちゃんとはメスにつける言葉ではないか?」

「ウロボロス様!真面目に考えなくていいですから!」

 だんだんとヒートアップしてきた我とシオンに、サエラのツッコミも熱くなる。

「あたしウーロっていうの。うっふん」

「うるさいトカゲ!!」

「「!?」」

 真面目な雰囲気から一変してワイワイとした空気に変わった。というか調子に乗って騒ぎすぎてサエラに怒られた。
 我はこの時、生まれて初めて正座というものをしたのである。シオンは土下座というものをしていたな。あとトランプは没収されていた。・・・ムゥ

「姉さんははしゃぎ過ぎ。私がいない間ウロボロスさん・・遊んでもらって懐いたんだろうけど、もう少し落ち着きを持って」

「・・・トランプ」

「・・・」

「あーごめんなさい!ジョーカー以外捨てようとしないでください!」

 足を治癒してもまだ痺れているのか座ったままのサエラだが、目には見えない力関係ではシオンより強いのだろう。姉が妹に対し土下座を繰り返す。
 シオンは手慣れているな、いつも怒られているのだろうか?土下座するときの体のキレが良い。

「あとウロボロスさん。私たちの仲間・・・いえ、友人になってくれて嬉しい。これは本心」

「う、うむ」

 我の希望した通り敬語も様付けもなくなったサエラがそう言ってくる。ここで友人と言ってくれたのは我も嬉しい・・・が、なぜだ。怖い。

「だけど山を降りて街に入ったら、今みたいに大声で喋ったりするのはやめて。どんなに嬉しいことがあっても」

 サエラの言う通りだ。一般人が喋る我を見てウロボロスだと思うことはないだろうが、人語を話す子竜というだけで珍しいものだ。

「世の中には、他人の従魔を盗んで売り飛ばす人もいる。ドラゴンってだけでも珍しいから、変に注目を浴びるようなことはしちゃダメ。いい?」

「わかった。承知したぞ」

 サエラの鋭い目つきに萎縮しながら、我は同意する。まぁサエラの言いたいこともわかるからな。
 棒読み気味で無表情なサエラだが、なんとなく身を案じてくれているのが伝わってくる。わかりづらいが、優しい少女なのだ。
 ヤサシイショウジョナノダ。

「それで、出発はいつにしますか?」

 シオンが話を逸らすように聞いてきた。ぐっじょぶ。

「うーん・・・メリーア叔母さんのことだから、多分もう色んな国に何かしらの報告を出してる・・・と思う」

 サエラはそう答えた。つまり、あまり時間は掛けられないということだな。主に我にとって。

「でも最後に勇者さんが来たのが800年前なんですよね?そんなすぐに来るんですかね・・・ってイター!!」

 疑問を口に出しながらシオンは没収されたトランプに手を伸ばすが、サエラに速攻で見抜かれたせいで叩かれている。くっ

「我もそれが気になるのう。800年も経ったのだし、今までのようにすぐには対応できないはずだが・・・痛っ」

 会議をしつつ我がトランプの元に手を忍ばせるが、アッサリと看破されて叩かれた。
 ぐぬぬ・・・サエラめぇ。

「二人共、真面目に話す気ある?」

「あ、ありますよ」

「も・・・ちろんである」

 ジト目で我らを睨むサエラにタジタジになりつつも答える。今後の計画を決めるのに巫山戯ているつもりはないが・・・どうしてもトランプが近場にないと不安になってしまうのだ。
 我にとっては初めての娯楽とも言えるしの。

 「・・・はぁ、計画立てたらしっかり返すよ」

 サエラの言葉に、我とシオンは互いに顔を見合わせ、納得した。
 そうだな、我らも遊びすぎたのぅ。

「うむ・・・ならぶっちゃけ、明日にでも出発したらどうだ?そもそもここに滞在する理由もないだろう」

 キッパリと言った。実際それしか考えられんしな。この姉妹は村に帰れぬのだからほとんど荷物はない。我も竜王だの言われてきてはいたが、手持ちの財宝など都合よく持っているはずもない。
 ならばさっさと都市に向かって生活基盤を整えるのが先決だと思う。

「まぁ・・・そうなりますよね」

 シオンも同じことを考えていたらしい。シオンは生贄でここに来る前に色々持ってきたらしいのである程度の物資に余裕があるのだろう。

「私は・・・せめて服だけでも取り戻したかったけど・・・」

 麻で出来た粗末な服を着ているサエラは、身を隠すようにボロ布で体を覆った。まぁその格好は恥ずかしいだろうな。見る人が見れば奴隷と勘違いしそうだし。
 それに・・・あー、うん。

「露出度高いですもんねー」

 コラ!シオン駄目だろう。我も言わないようにしてたのに。
 しかしシオンの言い分もあるのか、サエラは少し頬を赤く染めコクコクと無言で頷いた。
 うむ・・・まぁ最低限隠すところだけ隠しているという感じだからなぁ。

「これだけは・・・なんとかしたい・・・です」

 この話題が相当恥ずかしいのか、また敬語になっておるぞ。

「と言っても、我は服などもっておらぬしのぅ」

「いやウーロさんの場合着る必要がないじゃいですか」

 シオンが肩をすくめて言う。が、お主その「ウーロ」という呼び方は既に固定なのか?確定なのか?ちゃん付けからさん付けに変わっているが・・・構わんけど。

「わたしはお金も一応持ってきてますし、リメットで買うしかないですね」

「ぁぁぁ・・・」

 シオンの言葉にサエラはか細い声で悲鳴を上げる。というかシオンめ本当に色々持ってきているのであるな。
 我は用意周到な少女に少しだけ感心するのだった。

「では明日の早朝に出発するとしよう。目的地はリメット。第一目標は冒険者登録と宿屋の確保。そして サ エ ラ の 服 であるな!」

「そうですね、その三つです。食べ物は私の持ってきた貢物を食べれば良いですし。冒険者になることと、出来るだけ安く泊まれる宿屋。そして サ エ ラ の 服 ですね!」

「・・・」

 悪ふざけをする我とシオンに、顔を赤くしながらも睨んでくるサエラ。無言で睨まれるとこちらも辛いが、からかっていて面白いなこやつ。
 初対面では随分と大人びていると感じたものだが、こうして見てみると年相応の恥らいを持った少女なのだな。この娘も。

「いやいや冗談が過ぎたな。侘びにこれをやろう」

 我は喉元にある一枚のを剥がし、それをサエラに手渡した。
 いきなり鱗を渡されたサエラは困惑した表情を浮かべる。

「あの、これは?」

「見ての通り我の鱗だ。いわゆる「逆鱗」というやつだな」

 我が鱗の正体を言うと、二人は思わずと行った様子で「ブゥッ」と吹き出したのだ。ばっちいである。

「ちょ、逆鱗て!これにどれほどの価値があると思っているんですか!?」

 取り乱したサエラがそう言ってくる。また敬語になっとるし・・・。
 うむ、まぁ気持ちはわかる。確かに我の鱗でなくとも竜の逆鱗はかなりの希少価値を誇るしな。なんせ一匹のドラゴンから一つだけしかとれないから。

「もちろん知っている。だが気にするな。我の場合逆鱗などまた直ぐに生える」

「で、でも・・・」

「良いかサエラ。我の逆鱗はそこまですごい能力が宿っているわけではない。あくまで強度が凄まじく高いだけ」

「・・・」

「あくまでそれはお守りだ。お主が万が一怪我するとき、それが身代わりになってくれる可能性があるだけ。願掛けに過ぎん」

 価値があるから渡したわけではない。戦闘分野が得意なサエラは、必然的に前線に立つ事になるだろう。その逆鱗は、サエラが下手な怪我をしないようにという思いなのだ。

「改めて、よろしく頼むぞ。サエラ。我も出来るだけ力を貸そう」

「・・・うん、任せて」

 サエラは真っ直ぐと我を見て、覚悟を表すように頷いた。だがそれは上下関係や他人に対しての形だけの表しではない。
 それは、柔らかくなった口調が物語っていた。

「・・・時々起こるこのシリアスシーンについていけないわたし、シオンです」

 なるほどなるほど、お主はそう言う奴か。空気を破壊する行為は、800年前のあの勇者を思い出す。
 あとでババ抜きでいじめてやる。
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