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第1章~我、目覚める~

3話「空腹ドラゴンへの貢物①」

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 おっす、我、我。
 突然だが、ついに我はこの飢餓状態を脱する事に成功したのだ。
 我の目の前には、栄養価の高そうな瑞々しく様々な種類の果実と、豚であろう動物の足を丸ごと燻製にしたたくさんの肉の塊、飲み物、チーズ、野菜が盛り盛りと積まれている。
 すばらしいの一言である。まさに今、この洞窟が楽園と化したのだ。
 ・・・一つの予想外な事態を覗いて、だがな。

「・・・」

「・・・」

 食料が積まれた台車に、巨大な樽が混じっていたのだ。最初は酒かと思っていたが、まさかニンゲン・・・いや、エルフか。その少女が出てくるなど思ってもみなかったのだ。
 その少女は、緊張した様子で我を直視している。

 気まずい。



☆☆☆☆☆



「どういうこと!メリーア叔母さん!!」

 調査隊を派遣してから2日後。村長や巫女姫、村の重鎮たちといった身分の高い者たちが集まる集会所で、サエラは今までにないほどの怒号で叔母、メリーアに食ってかかっていた。
 その理由は単純明快、メリーアが竜の巫女姫であるシオンを、ウロボロスの怒りを鎮めるための生贄として送り出すなどと言い出したからだ。
 そんなことを、サエラが黙っているはずもない。どこからか聞き出したのかサエラは怒り心頭で集会所のドアを蹴り飛ばし、入り込んできたのだ。

「叔母さん!姉さんを生贄にするって、気でも狂ったの!?何の意味があってそんなこと!!」

 普段は物静かであることで有名なサエラの怒りに、重鎮たちは息を飲み込み萎縮するが、先代巫女姫であるメリーアは違った。メリーアはサエラを見ても、ただ面倒くさそうにため息を吐くのみだったのだ。
 生贄としてシオンを送り出すことになんの問題がある?といった雰囲気で、メリーアはゆっくりとサエラに答えた。

「はぁ、わからないのかい?竜王ウロボロスが蘇ったんだよ。勇者の要請はしたがすぐには来ることはできない。それで、勇者が到着するまでの間に竜王がこの村を襲ったらどんなことになるか・・・だから巫女姫を生贄として差し出し、勇者が来るまでの間を時間稼ぎするのさ」

 至極当然のように、そのすまし顔には姪を犠牲にすることに対しての悲しみも絶望もなかった。
 サエラは納得できない。できるはずもないし、するつもりも無かった。

「叔ばっ・・・あなた・・・は!姉さんをなんだと思ってるんですか!?まるで、姉さんがドラゴンの餌になるのは当然みたいなことをっ!!」

「そうさ、巫女姫は、竜王の怒りを静めることも役目なんだよ」

「馬鹿げてる!ドラゴンに巫女姫を差し出したとして、この村を襲わないっていう保証はないじゃないですか!!それに、巫女姫はあくまで予言するだけで生贄になるだなんてしきたりは存在しない!」

「そりゃ、あんたが知らないだけさね。800年前は、昔からしていたのさ」

 メリーアが至極当然といった表情でサエラの言葉を軽く流した。もちろんそんなしきたりは存在しない。
 しかし、メリーアはレッテルの中で屈指の古参巫女姫だ。性格はともかく、巫女姫としての能力は皆に認められている。
 そのメリーアが生贄が必要だと言えば、それは必要・・になるのだ。実際、何人かの若いルフたちがその言葉を信じてしまったりしている。
 だが、ウロボロスの存在すら否定していたサエラはそんな言葉に惑わされない。たとえいたとしても、それはあくまで魔物としてのドラゴンだと考えているからだ。
 神や、怪物などではない。ただの生き物。

「もうやめて!!あんなおとぎ話のドラゴンを本気で信じてるの!?ウロボロスはあくまでただのドラゴン、魔物なの!!生贄だなんて理解するはずないじゃない!!姉さんを差し出しても、きっと無駄死させるだけ!」

 現実的な考え方。メリーアの伝承的な言葉よりは説得力があったのだろう、主にウロボロスが当然のように復活していた時代に生まれていないエルフたちにとっては。
 ウロボロスが姿を消したのは800年前の出来事だ。その間に新しいエルフが産まれていないはずがない。彼らは当時のウロボロスの恐ろしさや強大さ、そして素材がもたらす巨万の富を知らない。
 何より数少ない村の子供であるシオンを、伝説やら言い伝えなどという曖昧なことで危険に晒すことに納得がいかない者たちもいた。
 そういった面々は、サエラの言葉で目が覚めたように話し始めた。

「確かに・・・少々特殊ではあるが所詮は魔物。贄を差し出したからと言って我々を襲わない保証はないな」
「それに、下手にそんなことをしたらドラゴンが私たちの味を覚えて、むしろ危険ではないか?」
「肉食動物も、こちらから手を出さなければ襲っては来ぬのだし、干渉しない方が・・・」
「第一!あのような幼子を獣の餌にするなどありえんわ!襲ってくるのならば戦えばよかろう!!狩人も戦士も、この村には沢山いる!」

 決してシオンは幼子ではないのだが・・・長い年月を生きるエルフにとっては100歳でも子供のようなものだ。そう考えれば妥当だろう。
 シオンを犠牲にせずとも、いざとなれば戦えばいい。過剰に躍起になってる者が数名いるが・・・。
  何不自由なく生活してきた老エルフ達とは違い、レッテルが貧しくなってから生まれたエルフ達は、生き残るために魔法を会得し、それなりの戦闘力を持ってたりする。それが脳筋的な思考になってしまう原因であった。

 しかしそんな話の流れは、初めの内に仕方ないのかと諦めていたエルフたちの考えを改めることに繋がった。段々とシオンを生贄にするという事に反対するエルフたちが増えてきたのだ。


 この流れを見て拙いと感じたのは、レッテル村の巫女姫の秘密を知る老エルフ達だ。
 彼らはウロボロスを知り、さらにはその利益で甘い汁をすすっていた。当然かつての暮らしに戻りたいと思うのは当然だろう。たとえ、孫のように可愛がっていた子供を犠牲にしてでも。


☆☆☆☆☆


 そもそも、シオンを生贄にしようと提案したのが、メリーアであったのだ。

「竜の巫女姫、シオンを生贄にする。ウロボロスの巣まで連れてって、餌にするんだ」

 調査隊も帰還し、ウロボロス復活が間違いないという事実を確認した時、レッテルの上層部が集まり秘密の会議をしていたのだ。
 議題は、どうやってウロボロスの情報を売るか・・・だ。

「な、何を言っておる!お主気でも触れたか!?」

 提案は、姪を殺すという事に他ならない。流石の上層部のエルフ達も意味もなく子供を殺そうなどとは思わないからだ。
 そもそも殺す理由がない。
 しかし、メリーアは必要事項のように、姪の殺害計画を段々と説明した。

「落ち着きな。あたしだってあの子を犠牲にするのは心苦しいさ。だけどこうでもしなきゃぁ他国が財布を開いちゃくれないのさ」

 はじめに関心を示したのは、村長だった。

「ふむ、いいだろう。話せ」

「そ、村長!?」

「一体何を考えているのですか!?」

「まぁ落ち着け。話を聞くだけなら問題なかろうて」

 メリーアは内心ほくそ笑んでいた。この村で最も権力がある村長に興味を持ってもらえれば、確実に計画を成功させ、大金の風呂に飛び込む事も夢ではなくなるからだ。

「感謝するよ村長。さて、あの子娘を生贄という事にして殺すには理由がある。まず、今の現状じゃ国にこの報告を送ったとしてもまたデタラメと思われるのがオチだ。だから、まず情報を明け渡すのは国じゃない。勇者の方だよ。」

「ほぅ?国はともかく、勇者なら信じると?」

「そうさ。前々から調べてたがね?今世の勇者は正義感の強い・・・甘ちゃんなのさ。1人の子供を救うために単騎で砦に乗り込んだりするくらいの」

 勇者とは、時代によってその正体は変わる。国民から選ばれた英雄であったり、異世界から召喚し突然変異させたミュータントであったり様々である。
 今世は、「日本」と呼ばる国から召喚された勇者だという。

「そこにつけ込む。人々を襲う怪物ウロボロス、村に犠牲を出したくない心優しい巫女姫は、自らの命を生贄として捧げ、竜王を再び封印しようとしている・・・それを救いに来るのが」

 そこまで言ったところで、村長はメリーアの言いたい事を理解した。
 要は、茶番劇である。

「なるほど、そこで勇者が竜王を倒して巫女姫を救い、めでたしめでたし・・・というわけか。よくある英雄譚を再現しようとでも?だが、それが我らに金が入る事とどう繋がるのだ?まさか勇者が支払うなんて事はないぞ?」

 村長は怪訝そうな表情でメリーアに問いかける。確かに、メリーアの策では仮に勇者が来てくれたとしても竜王と対決してそれっきりだ。重要な金儲けの方法がない。
 しかし村長はメリーアに厳しい視線を送るわけでもなく、ただ次の作戦を言うように無言で促した。
 メリーアはにやりと小さく笑う。

「もちろん、これで終わりじゃないさ。勇者を呼んで竜王と戦わせるのは、あくまで各国から支援金を貰うため・・・また竜王の素材が取れるようになった・・・・・・・・・・・・・・・・・という事実を世に知らしめることが目的さね」

 つまり宣伝をすると、メリーアは言った。
 効果的といえば効果的だろう。1つあれば国力を揺るがすほどの性能を誇るウロボロスの素材、それを求める連中はいくらでも大金を積んで情報を欲しがるはずだ。
 そして世界にはすでに一つもウロボロスの装備は残っていない。これは世界中の国がまず一番に、どの勢力が素材を手に入れるかという大規模な競争に発展することになるだろう。
 しかしその情報を入手できるのは竜の巫女姫のみ・・・これ以上は、言葉にしなくとも誰もが理解することができた。
 上手くいけばかつての・・・否、過去以上の生活ができるようになる。そのことを聞かされたエルフたちは、たちまちに目の色を変えていった。金に飢えた、欲望に濁った瞳に。
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